第716回:盗難車の回収率90%超! イタリア発の車両管理用スペシャルデバイスに注目
2021.07.29 マッキナ あらモーダ!EVのピンチを救う
今回は、先日出会ったイタリア人のIT企業経営者と、彼の企業が手がける興味深いサービスのお話を。
2021年6月中旬、あるツーリング会が開催された。
「eレイド」と名づけられたそれは、電気自動車(EV)に特化した走行会で、イタリア半島北部から中部の合計1000kmを5日間かけて巡るという企画だった。
ルートには筆者が住むシエナ旧市街も含まれていた。当日昼、街の中心であるピアッツァ・デル・カンポで待ち構えていると、「フォード・マスタング マッハE」「テスラ・モデル3」といったEVが続々と到着し始めた。
やがて主催者グループの動きが慌ただしくなった。
何が起きたのか尋ねると「バッテリー残量が極端に減少している参加車がいるんだ」と教えてくれた。
彼らが情報源にしていたのは、ラップトップPCだった。
ディスプレイをのぞかせてもらうと、地図上に参加全車の現在位置が表示されている。同時に、各車のバッテリー残量も詳細に示されていた。
当日は日曜日。頼りにしていたスーパーマーケットの急速充電設備が休業日のために使えないなど、サプライズが相次いだらしい。さらに、ある参加者によると、イタリアの充電設備検索アプリは「急速充電設備」と表示されていても、実際に行ってみると「普通充電設備」だったということがあるという。苦労がしのばれる。
主催者グループは、バッテリー切れを起こしそうになった車両のドライバーに連絡をとる。そしてクルマを普通充電器がある場所に数時間置いておき、他の参加車のクルマでシエナ観光に来るようアドバイスした。
感心して見ていると、スタッフのひとりが「もうすぐ、このデバイスをつくっている人がやってきますよ」と教えてくれた。
レンタカーの見張り番
やがて「ジャガーIペース」に乗って長身の紳士がやってきた。アドリアーノ・スカルデッラート氏は、IT企業タルガ・テレマティクスのCEOである。
例のリアルタイム地図について聞くと「今回の参加車にはすべて、私の会社が開発したデバイスが装着されています」と胸を張った。
スカルデッラート氏は1979年にパドヴァ大学工学部を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で工学修士号を取得した生粋のエンジニアである。
2000年にデータ分析の研究所を発足。2003年にインターネットによるフリート車両マネジメント事業を開始した。3年後には当時存在したフィアット系のインフォモビリティー企業を買収。携帯情報端末「BlackBerry(ブラックベリー)」などを対象にした、GPSを用いたモバイル用オンライン地図アプリも開発した。
今日では人工知能やマシンラーニング、ビッグデータ解析など、IT領域を広く手がけている。
本社はイタリア北部トレヴィーゾにあり、従業員は130名を数える。
デバイスに話を戻せば、その名を「タルガ・プレクサー」という。GPS連動型の多機能端末だ。サイズはポータブルHDDドライブ程度で、車両診断用コネクターに接続して、運転席側ダッシュボードの奥に設置する。
今回はEVのイベントに用いられたが、「もちろん、内燃機関車にも装着可能です」とスカルデッラート氏は説明する。
実際、すでにレンタカーやリース用車両に装着が開始されており、各種データ収集のほか、以下のような機能も備えている。
- GPSによる盗難防止
- エンジンの遠隔停止
- 緊急コール
- エンジン診断
800以上の市販車種に対応可能で、装着時間は5分から30分という。
収集した走行状況や整備記録、各営業所への配車状況をはじめとする各種データは、レンタカー/リース会社など、各クライアントのためにカスタムメイドされたソフトウエアと連動させる。そして適切な経営・運営に役立たせる。
今回のように車両がEVの場合は、より詳細なデータ収集が可能になる。
タルガ・プレクサーが装着された車両は累計60万台にも上る。顧客リストにはハーツやシクスト、ユーロップカーをはじめとした世界的なレンタカー会社の名前が並ぶ。
リース会社と契約してカンパニーカーを社員に提供している企業にもメリットは大きい。
本欄でもたびたび記してきたが、ヨーロッパでは企業が社員に通勤用の自動車を貸与するカンパニーカーの市場が大きい。2021年1月から5月、イタリアでカンパニーカー市場の指標となる長期リース車の登録台数は約12万4000台を記録した(データ出典:UNRAE)。
デバイスは従業員による運転マナーの分析にも役立てられるほか、日々の運用コストはどの程度か、勤務時間外にどのくらい使ったか、といったことも分析できる。
イタリアの会社員との雑談では、時折「カンパニーカーの車格が下がっちゃった」といった話が飛び出す。もちろん会社の業績もあるだろう。だが同時に、これは筆者の予想だが、こうしたデバイスがあるということは、各社員が適切な使用法をしているかどうかも会社は査定できる、ということを意味している。
バラされる前に救える
イタリアで特に威力を発揮しているのは「GPSによる盗難防止」だ。
スカルデッラート氏は「盗難被害に遭ったレンタカー/リース車両の高い回収率には注目すべきものがあります」と強調する。例えば2020年のイタリアのデータを見てみると、いったん盗まれてから無事に回収されたタルガ・プレクサ―装着車両の割合は、ハーツの場合が95%、シクストの場合は90%にも上る。もちろん、タルガ・テレマティクスのデバイスの効果によるものである。
イタリア内務省の資料をもとにしたあるデータによると、イタリア全国では2020年に個人・法人所有を合わせて計約7万5000台が盗難に遭っている。日本が7143件(出典:警察庁)だったから、その10倍以上ということになる。
2020年にイタリアで盗まれたクルマのなかで発見されたのは2万8000台。3台盗まれたうちの2台は持ち主のもとに返ってこないことなる。南部モリーゼ州に至っては、発見率はわずか17%にすぎない。
盗まれたクルマの多くは分解され、主に東欧や北アフリカに運ばれてしまうというから、捜索は時間との勝負だ。
そうしたなかでタルガ・テレマティクスのデバイスは、警察組織と連携しながら、盗難車をいち早く発見するのに役立っているというわけである。
加えて、記録されたデータの分析は、交通事故を装った保険金詐欺の抑止にも役立つ。
払い下げ時のバリューも向上
ところで、レンタカーやリース車両としての役目を終えたクルマの多くは、市場に中古車として放出される。
したがってヨーロッパでは払い下げ中古車のマーケットも大きい。ネット検索すれば、数々のそうしたウェブサイトがヒットする。筆者が現在乗っているクルマも、走行2万km程度だった元カンパニーカーを中古で購入したものである。
スカルデッラート氏の説明によれば、レンタカーもリースカーも、払い下げ時にデバイスは基本的に取り外さないという。管理用サーバーからデータが消去され、接続も切断されることで端末はまったく用をなさなくなるのだ。
さながら運用を終えて通信が途絶えたあとも軌道をぐるぐると回り続ける人工衛星、といったところだ。
それでも「私たちのシステムは、メリットを提供し続けているのです」とスカルデッラート氏は解説する。どういうことか?
「レンタカー/リースカー時代にデバイスを装着していた車両は、適切に管理されてきたことに加え、オドメーターの不正などがないことを証明できます。つまり、適正な払い下げ中古車であることを証明するのです」
EVのイベントで偶然知ったデバイスは、ユーズドカー市場の信頼性向上にかくも役立っていたのだった。
わが家の周囲には、「もしや盗難車では?」と思われるクルマが散在している。
「お前、そんなところに住んでいて大丈夫か?」と思われるだろうが、シエナなどはましなほうだ。
それらがもともとレンタカー/リースカーだったのか個人所有車だったのかは不明である。だが、そうしたクルマを発見するたび「スカルデッラート氏のデバイスが装着されていれば、こんな目に遭わなくて済んだのに」と哀れむ今日このごろである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=タルガ・テレマティクス、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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