第238回:地味な輸入車ワゴンの車内で男女の思惑が交錯する
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』
2021.09.09
読んでますカー、観てますカー
マンガ家夫婦の不倫映画
みんな不倫が大好きだ。週刊誌には毎週のように有名人の不倫記事が載る。『週刊女性』のウェブサイト『週刊女性Prime』で検索すると、2021年の不倫記事はすでに100件以上。歌手、俳優、声優などの芸能人だけでなく、政治家、ボクシング選手、元卓球選手、映画コメンテーター、レーシングチーム監督と、顔ぶれは幅広い。今はスマホを持った一般人もパパラッチ予備軍であり、LINEなどの証拠が残ることも多いから、すぐバレてしまうのだ。
「不倫はダメ、ゼッタイ!」と怒り顔を作ってみるものの、実際には娯楽として消費している。1983年には『金曜日の妻たちへ』が大人気となったし、2014年には『昼顔』でセクシー演技を披露した斎藤 工がブレイク。不倫が文化なのかどうかは知らないが、不倫が文化の源泉になっているのは事実だろう。『ボヴァリー夫人』『肉体の悪魔』『アンナ・カレーニナ』『グレート・ギャツビー』と並べれば、不倫が文学にとっていかに重要なテーマになっているかがわかる。日本に目を転じれば、ノーベル文学賞作家の川端康成という超大物がいた。『千羽鶴』『雪国』『舞姫』『山の音』はすべて不倫を扱っている。
映画だって事情は同じだ。『恋におちて』『マディソン郡の橋』といった落涙必至の純愛不倫ものがあり、『危険な情事』『ゴーン・ガール』『ガール・オン・ザ・トレイン』といった恐怖で背筋が凍るタイプの作品もつくられている。新たに不倫映画のラインナップに加わったのが『先生、私の隣に座っていただけませんか?』だ。「その不倫、ぜんぶ描く。」というキャッチコピーが付けられているのだから間違いない。
主人公はマンガ家夫婦。夫の俊夫はかつて気鋭の新人だったが、スランプに陥って5年以上ずっと作品を描いていない。売れっ子の妻・佐和子を手伝うだけのヒモ状態である。彼は、2人を担当する女性編集者と不倫しているらしい。
教習所で運転と恋心を学ぶ
こういう映画では、危なっかしい役者を使うわけにはいかない。公開後に現実の不倫が発覚したら、雑音になってしまうからだ。その点、今回のキャスティングは安心である。俊夫は柄本 佑、佐和子は黒木 華が演じている。柄本は安藤サクラと仲良し夫婦だし、黒木は独身でゴシップとは無縁。どちらも役者バカと呼ばれるほどの真面目な演技派である。
連載が終わって一息ついていると、佐和子の母(風吹ジュン)が事故で足をケガしたという知らせが届く。一人暮らしで松葉づえ生活は不自由だろうというので、2人はしばらく彼女の家に住んで手伝うことにする。茨城県笠間市だから、クルマがなければ生活は不便だ。移動には夫婦の愛車を使う。佐和子は免許を持っていないので、運転はもっぱら俊夫が担当。それでは何かあった時に困るというので、佐和子は自動車教習所に通うことにした。
送り迎えは俊夫である。教習所から家に戻ると、妻のデスクの上に新作マンガのネームが置かれていた。つい盗み読みしたら、そこに描かれていたのはマンガ家夫婦が主人公のストーリー。夫は担当編集者と不倫している。バレていたのだ。しかも、そのマンガでは妻が教習所のイケメン教官に一目ぼれ。これは……ノンフィクションなのか。マンガと実写が交錯するかたちで物語が進められていく。実際に何が起きているのかは判然としない。信頼できる語り手はどこにもいないのだ。
教習所のシーンでは、教習車のダブルルームミラーが巧みに使われる。運転席の佐和子と助手席の教官が二重写しになるのだ。映画らしい効果的な手法である。最初はアクセルを踏めなかった佐和子が、教官のアドバイスで運転の喜びに目覚めていく。感情や性的衝動の高まりが重ねられているのは明らかだ。
「私、先生の隣だとアクセルが踏めるみたいです」
地味な「ゴルフ」とファニーな「500」
仮免許を取得すると、いよいよ路上教習へ。教習所の中では移動の快感はないが、外の世界に出ることでいよいよドラマが展開する。この映画では、クルマでどこに行くかが主題となることはない。コックピットの閉鎖空間としての役割が強調されている。男女が同じクルマの中にいれば、どうしたって生々しい思惑が行き交うのだ。一緒に前を見ているのに、親密さよりも不穏な空気が感じられる。
俳優陣が見事に映画の仕掛けを支えている。黒木 華のつかみどころのなさは、ヒロインの行動の裏にある感情を押し隠す。柄本 佑は、もともと小心者のだらしない男が得意技だ。『火口のふたり』では性の野獣という要素が加わっていたが、今回は欲望を持たない男に見える。 後ろめたさという感情を欠いた不倫相手を奈緒が演じたのもいい。記号としての草食系メガネ男子がハマっていた金子大地は、この夏最高の青春映画『サマーフィルムにのって』で気弱な未来人を熱演した注目の若手である。
登場するクルマも、キャラクターに合わせた的確なセレクトだった。俊夫が運転しているのは、シルバーの「フォルクスワーゲン・ゴルフヴァリアント」。いかにも地味である。輸入車でありながらも華やかなイメージはなく、実用に優れるクルマだ。夫婦はとうの昔に男女の関係であることをやめ、日常に埋もれている。あっけらかんと不倫を楽しんでいる女性編集者は、「フィアット500」に乗ってやってくる。こちらは生活臭のしないファニーなクルマだ。意図的に違いを出している。
教習車は究極の質実剛健車「トヨタ・クラウンコンフォート」である。この映画には、マニア向けのモデルは登場しない。それでも、ツボを押さえたセレクトであれば、クルマ好きも得心する。ディテールをおろそかにしていないから、説得力が生じるのだ。トンチンカンなクルマが出てくる映画が例外なく駄作なのは、理由のあることなのである。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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