ライバルとの競争が生んだニューフェイス 「ワゴンRスマイル」の投入に見るスズキの狙い
2021.09.17 デイリーコラムとにかくスライドドアが欲しい!
「スズキ・ワゴンRスマイル」は全高が1695mmの軽乗用車だが、後席側のドアをスライド式にした。今のスライドドアを備える軽乗用車は、大半が全高1700mm以上となっている。1700mmを下回るのは1655mmの「ダイハツ・ムーヴ キャンバス」だけで、そのライバル車としてワゴンRスマイルが加わった。
販売店は「以前から、スズキにはムーヴ キャンバスみたいなクルマはないのか? と尋ねられることがあった」という。またワゴンRスマイルの開発者は「『ワゴンR』のお客さまの40%が、スライドドアを希望していた」という。
スズキにはスライドドアを備える軽自動車として、「スペーシア」と軽商用車ベースの「エブリイワゴン」があった。スペーシアの売れ行きは、「ホンダN-BOX」に続いて軽自動車の2位だが、全高は1700mmを超えてスーパーハイトワゴンになる。スーパーハイトワゴンはN-BOXを含めて人気のカテゴリーだが、すべてのユーザーが背の高いボディーを求めるわけではない。「スライドドアは欲しいが、全高は1700mm以下で十分」という意見もある。
このニーズはメーカーを問わず共通しており、まずはムーヴ キャンバスが開発された。2016年に登場して以来、人気の商品になっている。今でもムーヴシリーズの販売総数の約60%はキャンバスが占めており、1カ月で5000~6000台が届け出されている。同様のニーズに基づいて、全高が1700mm以下でスライドドアを備えるワゴンRスマイルが2021年9月に発売された格好だ。
若いユーザーにとっては必須の装備
「スライドドアはそこまで魅力的か?」と思う人もいるだろうが、今の30歳以下の層では、スライドドアが“クルマの基本形”になっている人も多い。「日産セレナ」や「ホンダ・ステップワゴン」など、スライドドアを備えるミニバンが1990年代の中盤以降に売れ行きを急増させ、幼い頃からスライドドアに親しんで育ったからだ。スライドドアには「開閉時にドアパネルが外側へ張り出さず、狭い場所でも使いやすい」「電動開閉機能を装着すれば子供を抱えた状態でも乗り降りしやすい」といったメリットがあるが、それ以前に、彼らにとってはスライドドアが当たり前の装備になっているのだ。
そうなると、軽乗用車でもスライドドアを装備するのがスーパーハイトワゴンだけでは物足りない。スライドドアにはレールも必要で、全高が1600mm以下だと開口部が狭まって使い勝手が悪化するが、1650~1700mmなら商品として成立する。
このニーズは、スライドドアで育った若年層を前提にするので、今後さらに強まるだろう。つまり、ワゴンRスマイルは売れ行きを伸ばせる。目標販売台数は1カ月あたり5000台で、既存のワゴンRの2021年1月~8月における販売台数は1カ月当たり約4800台だ。この数字からもスズキの強気な姿勢がうかがえるが、同時にスマイルの追加により、ワゴンRの販売を大幅に上乗せする狙いも見て取れる。
もちろん背景には、スズキとダイハツの軽自動車販売合戦があるのだろう。2021年1月~8月の軽自動車販売累計台数は、スズキが35万9842台、ダイハツは38万1587台だ。その差は約2万2000台だから、ワゴンRスマイルの売れ行き次第では、2021年度(2021年4月から2022年3月)の軽自動車販売1位はスズキになるかもしれない。このようにワゴンRスマイルの商品化には、さまざまな狙いがあるのだ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
なんでもつくれば売れるわけではない
ただし、スライドドアを装着すればなんでも売れるわけではない。2代目「三菱ekワゴン/ekスポーツ」は左後部のドアを電動スライド式にするグレードも用意したが、全高と機能が中途半端で低迷した。全高が1800mmを超える「ダイハツ・ウェイク」も「車内の広さは『タント』で十分」と判断されて伸び悩む。逆に、「ホンダN-BOXスラッシュ」「ダイハツ・タントエグゼ」のように、スーパーハイトワゴンからスライドドアを省いた派生型も売れなかった。
結局のところ堅調に販売できる商品のパターンは限られており、「ホンダN-BOX」「スズキ・スペーシア」「ダイハツ・タント」「日産ルークス/三菱eKスペース」「スズキ・ワゴンRスマイル」「ダイハツ・ムーヴ キャンバス」はそれぞれ似通っている。
そうしたなかでも、各社は違いを出そうと工夫を凝らしており、それが機能性の違いを生んでいる。そこでワゴンRスマイルとムーヴ キャンバスの違いにも触れておきたい。
ムーヴ キャンバスは、後席の下に引き出し状の収納設備を備えている。引き出した状態で中敷きを持ち上げるとバスケット状になり、この部分に買い物袋を収めると、走行中に倒れにくい。この機能の特徴は電動スライドドアとの親和性が高いことだ。買い物を終えて駐車場の車両に近づいたら、右側のスライドドアを電動で開く。バスケット部分に荷物を置いたら、電動スライドドアを閉めながら運転席に乗り込む。このスムーズな導線がムーヴ キャンバスの特徴だ。
機能の差に見るスズキとダイハツの違い
その代わり、シート下に収納設備があるから、後席を小さく畳むことはできない。後席の背もたれを倒しても、拡張された荷室の床には段差と傾斜ができる。後席の収納設備やバスケットが不要なユーザーにとっては「考えすぎ」の機能になる。
その点で、ワゴンRスマイルは機能が単純だ。シートアレンジはワゴンRやスペーシアと共通で、背もたれを前側に倒すと、座面も連動して下がる。平らで広い床面を得ることが可能なのだ。スペーシアの機能性を1700mm以下の車高に収めた格好で、特別なセリングポイントはないが、後席および荷室のアレンジは、ワゴンRやスペーシアと同様に扱いやすい。
ここには、スズキとダイハツの“背の高い軽自動車”の車種数も関係している。ダイハツには「キャスト スタイル」やウェイクもあり、とにかく背の高い軽自動車が豊富だ。ダイハツ車同士の競争を避ける目的もあり、以前から車種ごとの特徴を明確にしている。
その点でスズキは、ダイハツほど車種の数が多くない。前輪駆動で背の高い軽乗用車は、以前はワゴンR、スペーシア、「ハスラー」のみだった。そのためにシートアレンジは実用重視で共通化され、ルーフの高さやデザインで特徴を表現している。以上のようにワゴンRスマイルとムーヴ キャンバスの違いには、両社の販売合戦まで含めて、メーカーのいろいろな事情が絡んでいるのだ。
(文=渡辺陽一郎/写真=スズキ、ダイハツ工業、日産自動車、本田技研工業、三菱自動車、webCG/編集=堀田剛資)

渡辺 陽一郎
1961年生まれ。自動車月刊誌の編集長を約10年間務めた後、フリーランスのカーライフ・ジャーナリストに転向した。「読者の皆さまにけがを負わせない、損をさせないこと」が最も重要なテーマと考え、クルマを使う人の視点から、問題提起のある執筆を心がけている。特にクルマには、交通事故を発生させる甚大な欠点がある。今はボディーが大きく、後方視界の悪い車種も増えており、必ずしも安全性が向上したとは限らない。常にメーカーや行政と対峙(たいじ)する心を忘れず、お客さまの不利益になることは、迅速かつ正確に報道せねばならない。 従って執筆の対象も、試乗記をはじめとする車両の紹介、メカニズムや装備の解説、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、取り締まりなど、カーライフに関する全般の事柄に及ぶ。 1985年に出版社に入社して、担当した雑誌が自動車の購入ガイド誌であった。そのために、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、車買取、カーリースなどの取材・編集経験は、約40年間に及ぶ。また編集長を約10年間務めた自動車雑誌も、購入ガイド誌であった。その過程では新車販売店、中古車販売店などの取材も行っており、新車、中古車を問わず、自動車販売に関する沿革も把握している。 クルマ好きの視点から、ヒストリー関連の執筆も手がけている。
-
ミドシップ化で運動性能はどう変わる? 「GRヤリスMコンセプト」の現時点での完成度を体感NEW 2026.6.3 「GRヤリス」をベースとしたミドシップ4WDとして市販化を目指す「GRヤリスMコンセプト」。現在もスーパー耐久に投入されるなどして鍛えられているが、その開発車両をドライブできた。普通のGRヤリスとの運動性能の違いや、新開発エンジンの印象などをリポートする。
-
新生アルピナは成功するか? その将来とBMWとの関係について考える 2026.6.1 具体的なデザインスタディーも公開され、いよいよ市場展開が見えてきた新生アルピナ。将来的な成功の“確度”やいかに? BMWによる新たなアルピナ像について、両ブランドに詳しい西川 淳が詳しく解説する。
-
つまずきを糧に成功をつかみ取れ! 新型「CX-5」に宿るマツダの変革と覚悟 2026.5.29 既存のマツダ車とは一線を画す乗り味で、メディアをおどろかせた新型「マツダCX-5」。マツダの最量販車種は、なぜ3代目で大転換を迫られたのか? 賛否両論を巻き起こした“あのクルマ”との関係は? 新しくなったCX-5に宿る、マツダの覚悟と変革に迫る。
-
「日産テラノ」がPHEVで復活 往年のビッグネームを継承するSUVの特徴を分析する 2026.5.28 日産自動車が「北京モーターショー2026」で、往年のビッグネームを継承する新型SUV「テラノPHEVコンセプト」を世界初公開した。初代「テラノ」で採用された「3スロット」を想起させる車両のデザインに加え、日産が新型テラノで狙うグローバル戦略に迫る。
-
まさしく桁違いの1169PS&2000N・m 新型「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」が搭載する数々の新機軸 2026.5.27 2025年発表のコンセプトカー「メルセデスAMG GT XX」が新型「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」として正式にデビューした。その中身は100%電気自動車であり、上位グレードは最高出力1169PSという途方もないスペックを誇る。技術的ハイライトを解説する。
-
NEW
どうしてピアノブラックの内装材は多用されるのか?
2026.6.2あの多田哲哉のクルマQ&Aよく目にするピアノブラックの内装材は、「キズや脂汚れが目立つ」などネガティブな評価もしばしば。それでも多用されているのはなぜか? 車両開発者の多田哲哉さんに聞いてみた。 -
NEW
BSAゴールドスター650(5MT)【レビュー】
2026.6.2試乗記かつて一世を風靡(ふうび)した英国の名門、BSAが復活! 新生第1号モデルである「ゴールドスター650」は、クラシックで優雅なお散歩バイク……と思いきや、ツインカムの大排気量シングルで、ライディングも前のめりに楽しめるマシンに仕上がっていた。 -
レストモッドがイメージ 特別なオニツカタイガーの魅力に迫る
2026.6.1オニツカタイガーの新作ドライビングシューズを知る<AD>オニツカタイガーが、“レストモッド”と呼ばれるクルマのレストア&カスタム手法に着想を得たドライビングシューズを発表。4タイプ製作された、「MEXICO 66 DRIVING」のスペシャルバージョンの魅力に迫る。 -
新生アルピナは成功するか? その将来とBMWとの関係について考える
2026.6.1デイリーコラム具体的なデザインスタディーも公開され、いよいよ市場展開が見えてきた新生アルピナ。将来的な成功の“確度”やいかに? BMWによる新たなアルピナ像について、両ブランドに詳しい西川 淳が詳しく解説する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション(4WD)【試乗記】
2026.6.1試乗記「ホンダCR-V」がフルモデルチェンジ。新型は適切なボディーサイズと高品質な内外装を持ち、乗れば最新のホンダ車らしい気持ちよさが味わえる。ただし、その月販目標は400台。ちょっと弱気ではあるものの、周辺事情にも考えを巡らせると極めて妥当な数字にも思えてくる。 -
日産リーフB7 G(前編)
2026.5.31思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「日産リーフ」に試乗。初代のデビューから15年余りを経て生まれた3代目はスタイリングも中身も刷新。苦境にある日産を立て直す重責を担っている。箱根のワインディングロードでの印象を聞いた。












































