第752回:【Movie】息子はファンジオ&ヌヴォラーリ イタリアのある板金工場の物語
2022.04.14 マッキナ あらモーダ!約20年ぶりの再会と父が残した言葉
2021年秋のことである。シエナ市内を運転していたら、自動車リペアショップの屋外広告が目に入った。2人の男性の写真の脇には、彼らの名前が記されていた。それを読んだ筆者の記憶は、たちまち20年前に巻き戻された。
それは街から10kmほどの郊外にある小さな板金工場だった。イタリアによくある家族経営で、マヌエルとタツィオという若い兄弟が働いていた。もしやと思って、ある時、彼らの父親で工場の主でもあった1939年生まれのブルーノさんに聞いてみた。昭和の漫談師のような風貌の彼は、いずれも伝説のドライバーであるファン=マヌエル・ファンジオとタツィオ・ヌヴォラーリにちなんだものであることを誇らしげに教えてくれた。
家族写真を撮りたいと筆者が言うと、ブルーノさんは「マヌエル~、タツィオ~」と叫んだ。彼らの名前が本名であることを、あらためて認識したものだ。
先日、例の屋外広告の、兄弟による新ショップを訪ねてみることにした。そこは、かつての家族経営時代とはまったく趣が異なる近代的な装いだった。レセプションおよびラウンジのブースなどの建物をタイヤ専門店と共有することで、より広い顧客層の獲得を目指している。当日応対してくれた兄マヌエルさんも、かつてとは違い、もはや親方の貫禄を備えていた。今や12ブランドの指定板金サービス工場となり、従業員も20人を数えるという。「サラリーマンが出勤前にクルマを預け、退社後に引き取れるよう、クイックなサービスを目指しています」と彼は説明する。バール風のカウンターには、業務用の本格エスプレッソマシンも導入した。
家業の成長を父ブルーノさんはさぞ喜んでいるだろうと思って聞けば、惜しいことに3年前に他界していた。
マヌエルさんの回想によれば、現役時代の父親は、板金作業に次々と新手法を取り入れては、時に息子たちを混乱させたという。
「企業としてすべての工程が標準化されている今日、あの頃のような現場での試行錯誤は許されません」とマヌエルさんは笑う。
しかし、マヌエル&タツィオ兄弟は先行き不透明な時代に、あえて従来型の工場を脱し、新たなサービス形態を模索した。
それは、父が常に口にしていた言葉「より良い方法があるかもしれないから、あえて違う手段を試すのだ。その勇気を忘れてはいけない」を、無言のうちに実践しているのに違いない。
今回お届けする動画は、彼ら一家の物語である。
【20年ぶりに訪問したブフェラウト】
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/動画=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/写真=Akio Lorenzo OYA、Buferauto/編集=藤沢 勝)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
最終回:人それぞれに「最後のアルファ・ロメオ」 2026.8.27 イタリア・シエナで開催された「アルファ・ロメオ・スパイダー/GTV」のささやかなオーナーミーティングを、地元在住の大矢アキオが取材。あなたにとって最後で最高のアルファ・ロメオは、いつの世代のどのモデルですか?
-
第975回:ホンダ&スバルのTシャツがイタリアを席巻中 2026.8.20 イタリアで、ホンダやスバルをモチーフにした“日本車Tシャツ”が人気に。自動車をモチーフにしたアパレルの世界で、日本車や日本のブランドがもてはやされる理由とは? 素直に喜べないその背景を、現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第974回:「民生用」と「軍用」をまたぐクルマたち――ルノーの最新戦術車両に思う 2026.8.13 ルノーのクロスオーバーSUV「ラファール」がまさかの軍用車に? ルノーと軍需との第1次大戦にまでさかのぼるつながりと、彼らが今ふたたび防衛産業と距離を詰め始めた理由、世界的に見られる軍用と民生用の垣根を超えたクルマの歴史を、大矢アキオが解説する。
-
第973回:静かになりすぎたクルマと「聴かせて、聴かせて隊」に思うこと 2026.8.6 最近イタリアでよく見かけるという、道行くスポーツカーやスーパーカーのドライバーに、豪快なエキゾーストサウンドをせがむ若者の姿。彼らの存在は静かになりすぎた四輪車に対するアンチテーゼか? 現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第972回:黒船来襲も! イタリア自動車販売店は戦国時代 2026.7.30 イタリアで急速に進む、自動車販売店の統廃合と巨大グループの伸長。その背景にはどんな理由があり、私たちにどんな変化をもたらすのか? 現地在住の大矢アキオが、変わりゆく自動車販売のあり方を考察するとともに、消えゆく街かど自動車文化に思いをはせた。
-
NEW
思わずなでたくなってくる 丸いデザインのクルマ特集
2026.11.1日刊!名車列伝最近のクルマのデザインは、シャープなラインが特徴だったり、造形そのものが複雑だったり……。今月は、つるりと丸い、シンプルなエクステリアが印象的な世界の名車を日替わりで紹介します。 -
NEW
ベントレー・コンチネンタルGT S(4WD/8AT)【試乗記】
2026.10.31試乗記ベントレーのラグジュアリークーペ「コンチネンタルGT」にハイパフォーマンスバージョンの「S」が登場。すでにトップパフォーマンスモデルの「スピード」が存在するなかで、果たしてSはどんなポジションを担うのだろうか。試乗を通じて検証した。 -
「BYDラッコ」がアジアにはばたく!? ニッポンの軽自動車規格が海外勢に奪われる日
2026.10.30デイリーコラム中国のBYDが、軽BEVの「ラッコ」を日本以外でも販売すると発表! 日本独自のスモールカー規格は、はたして海外でも受け入れられるのか? 本家・日本のメーカーが、海外展開に及び腰だった理由とは? BYDが食指を動かす、軽自動車の秘めた可能性を探る。 -
メルセデスのトップからのまさかの転身 BMW日本法人の上野金太郎社長にインタビュー
2026.10.29デイリーコラムメルセデス・ベンツ日本からビー・エム・ダブリューのトップへ。いわば巨人の四番から阪神の四番のような異例の転身を遂げた上野金太郎社長。両ブランドの文化や製品の違い、今後の販売戦略などについて話を聞いた。 -
ボルボEX90ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(後編)
2026.10.29あの多田哲哉の自動車放談ボルボの新世代EV「EX90」に、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんが試乗。ちょっと気になったところと、クルマとしての魅力を感じたポイントについて熱く語る。 -
写真で解説する「メルセデス・ベンツ・エレクトリックGLC」
2026.10.28画像・写真メルセデス・ベンツの新たなフル電動SUV「エレクトリックGLC」がデビュー。2026年10月28日に国内での注文受け付けがスタートした。一体どんなクルマなのか、その見どころを写真とともに解説する。






