第247回:アジア最強のコンビが送る赤ちゃんロードムービー
『ベイビー・ブローカー』
2022.06.24
読んでますカー、観てますカー
ソン・ガンホがカンヌ男優賞
2018年に『万引き家族』でカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞した是枝裕和監督と、2019年にパルムドールとアカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』に主演したソン・ガンホ。アジア最強のコンビで作った映画が『ベイビー・ブローカー』である。今年(2022年)のカンヌでは、この作品で男優賞を獲得した。世界的に高い評価を受けているだけでなく、エンターテインメントとしても一級品である。
タイトルでわかるように、赤ちゃんの養子縁組をめぐる物語である。冒頭のシーンでは、雨の降るなかを黒い服を着た若い女が急な階段を上っていく。坂の上に着くと、彼女は「Baby Box」と書かれた場所に赤ん坊を置いた。いわゆる赤ちゃんポストである。近くに駐車している「ヒョンデ・ソナタ」の中から、女性2人が見張っている。不機嫌な顔で、「捨てるなら産むなよ」とつぶやいた。
ポストの設置されている建物の中では、ビデオカメラでその様子を見ている男が2人。教会が運営する施設なのだ。女が立ち去ると、彼らは赤ん坊を引き取りに行く。上司に連絡する様子はない。正規のルートではなく、自分たちで養子縁組先を探すのだ。もちろん違法である。うまくいけば、あっせん料が手に入る。
赤ん坊を連れ去った先は、クリーニング店だった。ソン・ガンホが演じるサンヒョンの店である。半地下でこそないが、古くてボロい家だ。もうひとりの男はドンス(カン・ドンウォン)。施設で働いているが、サンヒョンの商売に協力している。店に明らかにヤクザとわかる男がやってきて、血まみれのシャツを洗えと横柄に命令する。逆らえないサンヒョンは、弱みがあるのだろう。彼は借金まみれなのだ。
クリーニング店の営業車をソナタが追う
早速赤ちゃんを希望する親を探すが、問題が発生する。赤ちゃんポストに来た若い女が戻ってきたのだ。警察に通報されては困るので、彼らは仕方なく赤ちゃん取引の現場に彼女を同行させることにした。その女ソヨン(イ・ジウン)は、なぜ赤ちゃんを手放そうとしたのかを話さない。
移動に使うのは、クリーニング店の営業車である。商用ワンボックスカーの「サンヨン・イスタナ」で、車両後部にはレールに仕上がった服がつり下げてある。2003年に生産終了になっているから、中古のオンボロだ。テールゲートは1回では閉まらない。コツが必要なのだ。走行中に開いてしまうこともあるので、運転席まで伸ばされたひもを引っ張って閉じることもある。
イスタナの後を、ソナタが追ってくる。乗っているのはスジン刑事(ペ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)。赤ちゃん取引を捜査していて、現場を押さえようと尾行しているのだ。目を離すことはできないから、2人は車中で食事する。スジンの夫がドイツ料理を差し入れてくれたこともあるが、だいたいはファストフードだ。辛ラーメンのカップ麺ならまだいいほうで、パックに入ったミニトマトをそのまま食べることもあった。
違法な養子縁組の商売は、あまりもうかりそうには思えない。最初のオファーは1000万ウォンで、実際に会うと400万ウォンに値切ってきた。一番いいオファーでも4000万ウォンである。リスクを考えると、とてもじゃないが割に合わない。
洗車機がもたらした幸福感
世界初の赤ちゃんポストはドイツで設置されたそうだ。何らかの事情で育てられない赤ちゃんを匿名で預け、里親を探すシステムだ。日本でも2007年に「こうのとりのゆりかご」が始まり、2021年度までに預けられた赤ちゃんは161人になる。韓国では2009年に開設され、2019年までに1802人が預けられた。法律の改定で匿名の養子縁組ができなくなり、困り果ててしまう母親が急増したのだという。
社会的なテーマを扱っているわけだが、問題を告発することを目的にした映画ではない。是枝監督は、「祈りのような、願いのような、そんな作品である」と語っている。描かれるのは、血がつながっていなくても家族となる関係だ。いわゆる疑似家族を取り上げた映画は多くなっていて、トレンドともいえる。つまらない作品も量産されているが、是枝監督の映画は安っぽいヒューマニズムを押し付けることはない。
撮影にはほとんど照明を使っていないようで、クリント・イーストウッドばりの自然光原理主義だ。室内のシーンでは表情がよく見えないこともあった。人工的な見せ方をしないことで、俳優たちの自然な演技が生きる。ソン・ガンホはもちろん、全員が名演だった。子役が生き生きとしているのは当然である。『誰も知らない』で柳楽優弥がカンヌの男優賞に輝いたことでもわかるように、是枝監督は子役使いの名手なのだ。赤ん坊までがいい演技をしていたのは、どういうマジックなのだろう。
バラバラの思いを抱いていた彼らが、一気に距離を縮める瞬間が訪れる。イスタナを洗車機にかけた時、ちょっとしたアクシデントが起きた。不意打ちの出来事が、予期せぬ幸福感をもたらしたのだ。鮮烈な感情が心に刻まれ、言葉では表せないつながりが生まれる。
別の話ではあるが、『万引き家族』の前日譚(たん)のようにも感じられる。『パラサイト 半地下の家族』との共鳴も明らかだ。残響は日本のクルド人難民を描いた『マイスモールランド』へとつながる。この映画がデビュー作となる川和田恵真監督は、是枝監督が率いる映像制作者集団「分福」のメンバーなのだ。社会に受け入れられない者たちへの温かいまなざしは、国や世代を超えて広がっている。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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