メルセデス・ベンツEQS450+(RWD)
ラグジュアリーEVの新基準 2022.11.07 試乗記 メルセデス・ベンツのフラッグシップ電気自動車(EV)「EQS」が上陸。新開発のEV専用プラットフォームや斬新な内外装デザイン、一充電あたり700kmを誇る走行距離など、自動車大変革時代の嚆矢(こうし)たる存在の仕上がりやいかに。![]() |
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眼前に広がる新しい世界
メルセデス・ベンツのEVにおける最高峰、EQSと初対面して、こりゃ新しいと思った。新しいといってもヘッドランプの形とかルーフラインがどうこうという表面的な新しさではなく、フロントのオーバーハングがぎゅっと詰められた、全体のフォルムが新しい。
ご存じのとおりクルマは馬車の後継で、馬車というのは4頭仕立て、8頭仕立てと、馬の数が多くなるほど高級だった。つまり先っちょが長くなるほどエラかったわけで、それはクルマにも引き継がれた。8気筒、12気筒と、先っちょが長くなるほどエラかったのだ。
けれどもEQSは、そうした文脈とお別れをした。メルセデス・ベンツのEVとしてすでに世に出ている「EQA」「EQB」「EQC」は、エンジン車の基本骨格を使いまわしてつくったEVだった。けれどもEQSは、EV専用の基本骨格で開発されている。つまりボンネットの下にエンジンがあるというこれまでの常識から離れて、ゼロから設計したのがこのEQSというわけで、これが先っちょの短い新しいフォルムが生まれた理由だ。
独立したトランクのある3ボックスのオーセンティックなセダンではなく、ハッチバックのスタイルを採っていることも、新しさを強調している。
エンジン車の父であるメルセデス・ベンツが、ついにエンジンがないことを前提にしたクルマをつくるようになった……、と、新しい時代を迎えるワクワク感が半分、エンジンにサヨナラする感傷的な気分が半分、といった心持ちでドアを開けようとすると、ドアと一体化していたドアノブが、ドライバーを手招きするようにポップアップした。ドアノブを引いて運転席に座ると、眼前にはこれまた新しい世界が広がっていた。
全長を抑えても室内は広々
何が新しいかというと、運転席から助手席まで、3つのディスプレイをガラスのカバーが覆っているインパネだ。資料によれば、ガラスの幅は141cm。もうひとつ資料によれば、このMBUXハイパースクリーンはデジタルインテリアパッケージというオプションに含まれていて、そのオプション価格は、なななんと105万円(!)。
このオプションを選ばなければ、インパネのレイアウトは基本的にエンジン車の「Sクラス」と同じになるとのことだけれど、これを選ぶと助手席に座る方も目の前のディスプレイでカーナビを確認したり、動画コンテンツなどを楽しむことができる。
新しさにびっくりしたあまり、グレードを紹介するのをすっかり失念していましたが、日本に入ってくるEQSは、今回試乗した後輪駆動のEQS450+と、4駆の高性能版「AMG EQS53 4MATIC+」の2つのグレードになる。前者のシステム最高出力が333PSで、後者が658PS。
運転席に座って前を見ると先進的なデジタルデバイスに驚くけれど、振り返ると後席が遠いことに驚く。EQSのホイールベースは3210mmで、これはSクラス セダンのロングホイールベース版とほぼ同じ。一方、5225mmの全長はSクラスのロングホイールベース版の5320mmより短い。EV専用の基本骨格を用いたことで、全長を抑えながら広々とした室内を実現することができたのだ。
で、この長いホイールベースは、後席居住性の向上とともに、床下にたくさんのバッテリーを積み込むことにも寄与している。EQSが搭載するバッテリーの容量は107.8kWh。EQAが同66.5kWhだったことと比べると、そのスケール感がわかる。これは如実に航続距離に影響して、EQSが700km、発売当初のEQAが422km(ともにWLTC値)と、かなりの違いになる。
ちなみに今回は、御殿場まで往復して、箱根周辺で撮影を行って帰京しても、航続距離は300km近く残っていて、電欠の心配は一切感じなかった。
インパネの斬新さに目を奪われがちであるけれど、シートやステアリングホイールなど、体に触れる部分に用いられた素材のよさはさすがSクラス。また、シート位置の調整スイッチやシフトセレクターをはじめ、クルマを走らせるためのインターフェイスはエンジン搭載のメルセデスと変わらないから、EVに初めて乗るという方でも戸惑うことはないはずだ。
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良好な乗り心地と正確な操縦性を両立
スタートボタンをプッシュしてシステムを起動。試乗を続けるにつれ、「さすがはEVのSクラスだわ」と感心するのと、「こりゃクルマ業界は大変だわ」と不安になるという、ふたつの相反する感情が湧き上がってくる。まずは、感心したほうから。
感心したのは、圧倒的な乗り心地のよさと、ドライバーの狙いどおりに動いてくれる正確な操縦性が両立している点。もちろん後席に座られる方もいらっしゃるでしょうが、後ろの席でディスプレイに映る動画コンテンツに目を凝らすよりは、運転席に座って迫りくる高速コーナーに目を凝らしたい。
路面の凸凹を突破するときにはふんわりとかわし、かわした後には車体の揺れをしっかり収める、という一連の流れがスムーズなのは、エンジン版Sクラスと共通。エアサスペンションと連続可変ダンパーの連携が、漫才コンビのミキのボケと突っ込みのように巧みだ。片方が緩めると、もう片方が引き締める。片方が踏ん張ると、もう片方が和らげる。このよどみのない連続で、気分よく快適に走る。
エンジン版のSクラスよりいいんじゃないかと思えたのは、ワインディングロードに入ってからだ。「ふんわり」と「しっかり」がシームレスに連携するのは変わらないけれど、コーナリングで旋回態勢に入るとき、外側のタイヤが沈み込んでいくフィーリングがしっとりとしているように感じるのだ。湿度とぬくもりを感じさせる、知的な生き物に乗っているような感覚だ。床下にバッテリーを敷き詰めることを前提としたEV専用設計のこのクルマには、重心の低さを最大限に生かすチューニングが施されているのではないか、と推察する。
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課題は“高級EV”としての差別化?
一方で、「こりゃクルマ業界は大変だわ」と感じたのは、EQS450+を試乗する数日前に乗った中国製のEV、「BYD ATTO3(アットスリー)」と、加速感やモーターのフィールにそれほどの差がなかったからだ。
誤解なきよう付け加えたい。もちろんEQS450+のほうが圧倒的にパワフルだし、アクセルペダルの踏み加減に応じてじわじわとパワーを絞り出すセッティングや強度が3段階で切り替えられる回生ブレーキの妥当性など、EQS450+のモーターの制御は実に繊細につくり込まれている。アクセルペダルのオン/オフに応じてEQS450+が発生する電子サウンドも、音がいかに運転の助けとなっているかを気づかせてくれた。
でも、そうは言っても、である。1リッター直3エンジンと4リッターV8ツインターボエンジンが月とスッポンほど違うとすれば、アットスリーとEQSは月と星ぐらいの違いだ。0.66リッター直3ターボエンジンと5リッターV12自然吸気エンジンに雲泥の差があるとするならば、雲と霧ぐらいの差だ。実用EVと高級EVのパワートレインは、エンジンほどの差がつかない。
といったわけで、これまでの主役だったエンジンがなくなると、特に高級車と呼ばれるEVはどこで違いを出すのか。いままでは、デザイン、エンジン、快適性の3本柱で差別化を図ることができたけれど、三種の神器のうちのひとつがなくなってしまった。
例えばアウディは、電動化と自動運転の時代を見据えて、乗員を取り巻くスフィア(球体)を最高の環境にすべく設計して、最後に外観をデザインすると発表している。つまり、クルマづくりを根底から変える必要がある。「こりゃクルマ業界は大変だわ」と思いながらEQS450+のフロントグリルを見ると、小さなスリーポインテッドスターが無数に描かれていて、メルセデス・ベンツもどこで自社の優位性やブランド力をアピールするのか、悩んでいるように思えた。
(文=サトータケシ/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
メルセデス・ベンツEQS450+
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5225×1925×1520mm
ホイールベース:3210mm
車重:2560kg
駆動方式:RWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:333PS(245kW)
最大トルク:568N・m(57.9kgf・m)
タイヤ:(前)265/40R21 105H/(後)265/40R21 105H(グッドイヤー・イーグルF1アシンメトリック5)
一充電走行距離:700km(WLTCモード)
交流電力量消費率:182kWh/km(WLTCモード)
価格:1578万円/テスト車=1730万1000円
オプション装備:リアコンフォートパッケージ(34万8000円)/エクスクルーシブパッケージ(12万3000円)/デジタルインテリアパッケージ(105万円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:140km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:392.9km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:5.4km/kWh

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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