メルセデス・マイバッハS680 4MATIC(4WD/9AT)
これもまた内燃機のロマン 2023.05.13 試乗記 「メルセデス・マイバッハS680 4MATIC」は内外装の仕立ても見事だが、真に味わうべきはフロントに収められたV12エンジンだ。内燃機関全体の先行きは分からないものの、こうした大排気量のマルチシリンダーユニットに残された時間は少ない。右肩上がりの超高額ブランド
2010年代、メルセデス・ベンツの新たなブランディングによって設けられた2つのサブブランドはスポーツとラグジュアリーという2大要素を端的に際立てたものだった。一方がメルセデスAMGで、それとは正対的に据えられたもう一方がメルセデス・マイバッハとなる。
メルセデス・マイバッハが担うのはもちろんラグジュアリーの側だ。独立ブランドとして2002年から2013年までの10年余にわたって展開されたマイバッハを一度畳み、メルセデス軸に取り込んだうえで再始動したのは2015年のこと。W222型「Sクラス」を基に「ロング」モデルよりもさらに200mm長いスーパーロングホイールベースに設定。スクエアな開口面を持つ大きなリアドアと6ライトを組み合わせたキャビンを組み合わせてストレッチリムジン的な存在感と快適性を盛り込んだ。このモデルが世界的に成功といえる実績を積んだ。
現行のW223型Sクラスをベースとした2代目の登場は2021年のこと。同年には「GLS」をベースとしたSUVモデルの追加もあり、直近2年のメルセデス・マイバッハの販売は前年比3割増だの5割増だのと驚きの数字をマークしている。ちなみに2022年の年間販売台数は2万1600台。とりわけ中国での伸びは強烈で、直近では月1000台ペースで推移しているという。ともあれ、日本価格でほぼ3000万円からのブランドと位置づければ他とは一線を画する規模感だ。当然ながら財政面での貢献度も相当なものだろう。先がけて電気自動車専用アーキテクチャーをためらいなく展開できる理由も察せられる。と、そんなひとり勝ちは許すまじとばかりに、アウディも「A8」ベースのスーパーロングバージョンを「ホルヒ」と銘打って中国市場で展開している。
走るというより滑る
日本でもマイバッハSクラスの人気は高く、東京や大阪の都心部では見かける機会も少なくない。オーナーのお心持ちは察することしかできないが、「ロールス・ロイス・ゴースト」や「ベントレー・フライングスパー」あたりでは平日昼間の移動体としては華やかすぎるという向きにとっては、このSクラスは最上のビジネスフォーマルとして収まりがいいのではないだろうか。見る角度が変われば明らかにやんごとなきものに見えながら、一瞥(いちべつ)するに並のSクラスと見まがいそうなところも、必要以上に目立ちたくない方々にとってはかえって好都合なのだと思う。
今回試乗したのはS680 4MATIC。メルセデスの場合、ダウンサイジングに電動化も絡まって、もはや数字は排気量の示唆というよりも力量的なヒエラルキーを示すものでしかないが、搭載するのはエレキアシスト抜きの純然たる内燃機、6リッターV型12気筒ツインターボのM279M型だ。メルセデスの12気筒搭載モデルはもはやAMG銘柄でさえラインナップになく、残るはこのマイバッハSクラスのみ。1991年のW140系Sクラスへの搭載に端を発し、「CLK-GTR」やパガーニの「ゾンダ」と「ウアイラ」への搭載なども経て今に至る、30年余にわたったメルセデス12気筒の歴史の幕引きを担うのは、このS680になると目されている。
爆発間隔の小さな多気筒ならではの軽快なセル音からシュワーンと目を覚ますV12ユニット。S680は始動の儀からして他とは違う恭しさがにじみ出る。ちょっと重めにしつけられたペダルに足をのせて指先に力を込めればじわりじわりと、それは走るというより滑るという形容のほうが的を射ていると思う。
滑らかさをもたらすSOHC
ともあれ900N・mを擁するトルクの粒立ちが段違いにきめ細かい。豆腐ではないが絹でこしたかのような滑らかさだ。そのトルクのあしらいに気難しさはなく、ペダルの踏み加減で思い描いたとおりの推進力を自在に得られる。スロットルマップに著しい着色の必要がないほどの余剰で、この巨体をはうような速度から従順に振る舞わせるそのフィーリングは、やはり物量のなせるところだなぁとほれぼれする。
街なかから高速巡航と、およそS680が頻繁に遭遇しそうなシチュエーションを走らせていて伝わるのは、やはりエンジンの応答の柔らかさだ。最高出力612PSという額面のとげとげしさは一切感じさせず、またシフトダウンのビジーさもなく、そして前後Gの大きな変移もなきままに、お望みの間合いへと地面を蹴る、というよりも空気に乗るかのようにすうっと移動する。
エンジンの回転感にフリクションの断片も感じない理由のひとつは、摺動部品の少なさだろう。M279M型は直噴化されているものの、その基本設計は2000年代のSOHC 3バルブ世代を踏襲しており、現在の可変機構満載のDOHCヘッドに比べると構造がシンプルだ。SOHCには搭載性などを勘案しての採用という一面もあったと思うが、ラグジュアリーユースの12気筒のように、下から真ん中が一番おいしければいいというキャラクターにおいてはかえって好都合なのだと思う。それゆえ、S680も回して高回転域がノリノリなんてことはない。こういうクルマゆえ、特殊架装を施したうえでの逃げ足の速さも求められるかもしれないが、そこはメルセデス。応えるだけのパフォーマンスはしっかり担保している。後輪操舵も奏功してだろう、街なかでの取り回しだけでなく、首都高の都心環状線のようなシチュエーションでも望外にクルマが小さく感じられるのはW222系のマイバッハSクラスからの大きな進化といえる。
迷っている時間はない
現行のマイバッハモデルにはドライブセレクトに「マイバッハ」モードが設定されており、メーターパネル上にはダイヤのアイコンが現れるとともに、サスやトランスミッション、エンジンなどのマネジメントがショーファードリブン用に最適化される。マイバッハのサスはエアバネで文字どおり上屋は空気に乗っているわけだが、これがマイバッハモードになるとさらにぬめりを帯びて、ハイドロリックのクルマに乗っているかのような有機的なタッチへと変わる。後席のためのあつらえだというのに、これが運転している側にもたまらなく心地よい。S680は「S580」と違って「E-ABC(イーアクティブボディーコントロール)」は選択できないが、往年の油圧による「ABC」をほうふつとさせるぬるぬるのライドフィールが味わえる。
マイバッハSクラスのさらに上にはストレッチリムジンの「プルマン」も用意されるが、オーナードリブンの可能性を一片でも想定したものとしては、恐らくこれを上回るものはない。と、そもそも12気筒エンジンの目指す究極の性能像がそこにあるわけで、S680のパワートレインがゆくゆくは内燃機からモーターへと置き換わることは自明だろう。既に先日の上海ショーでは「メルセデス・マイバッハEQS SUV」も発表されている。
S680は内装のしつらえや機能うんぬんは置いたとしても、スーパーカー群とはまったく異なる内燃機ロマンをたたえるクルマだ。それに触れられる時間は限られている。ちなみに貧乏くさい話をすれば、V8のS580との価格差は約550万円だ。嗜好(しこう)品としてクルマに接する富裕層の方々においては、一寸も迷いなきところだろう。
(文=渡辺敏史/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
メルセデス・マイバッハS680 4MATIC
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5470×1930×1510mm
ホイールベース:3395mm
車重:2410kg
駆動方式:4WD
エンジン:6リッターV12 SOHC 36バルブ ツインターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:612PS(450kW)/5250-5500rpm
最大トルク:900N・m(91.8kgf・m)/2000-4000rpm
タイヤ:(前)265/35R21 101Y XL/(後)265/35R21 101Y XL(ピレリPゼロ)
燃費:14.3-13.4リッター/100km(約7.0-7.5km/リッター、WLTPモード)
価格:3450万円/テスト車=3938万9000円
オプション装備:ファーストクラスパッケージ(143万8000円)/メルセデス・マイバッハ専用21インチマルチスポークアルミホイール<鍛造>(21万9000円)/Burmesterハイエンド4Dサラウンドサウンドシステム(86万4000円)/ブラックインテリアトリム<シルバーメタリック入り>(13万円)/ボディーカラー<ノーティックブルー×ハイテックシルバー>(223万8000円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:592km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:143.7km
使用燃料:38.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:3.8km/リッター(満タン法)/4.4km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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