曲線美の誘惑~1970年代前半の日産車に見る独特のデザイン
2023.07.12 デイリーコラム日産デザインの新時代
自動車界では毎年、いくつものアニバーサリーが祝われている。メーカーが自ら音頭をとった盛大なものから、愛好家が自主的に祝うささやかなものまで数多くあるが、今年のメジャーなところといえば、日産の創立90周年や「ポルシェ911」の生誕60周年あたりだろうか。
個人的には毎年、生誕50周年のモデルを調べるのが習慣になっている。区切りのいい数字でネタにしやすいから、と言ってしまっては身もふたもないのだが、今年の該当車両をリストアップしていて気になるモデルがあった。日産の初代「バイオレット」(型式名710)と3代目「サニー」(B210)である。
バイオレットは、傑作といわれる3代目「ブルーバード」(510)の実質的な後継モデル。1967年にデビューした510ブルーバードは、1971年に上級モデルの「ブルーバードU」(610)がリリースされた後も車種を絞って継続販売されていたのだが、その後釜がバイオレットという新たな名を冠して登場したのである。
いっぽうサニーは、「トヨタ・カローラ」と並ぶ大衆車の代表格にして日産の最量販車種。2代目B110型は平凡な設計ながら性能と経済性がバランスした好ましいモデルだったが、セールスではライバルであるカローラの後塵(こうじん)を拝し続けている状況を打開すべく、3年4カ月という短いインターバルでフルモデルチェンジが敢行されたのだった。
2台とも基本設計は先代にあたる510ブルーバードとB110サニーから受け継いでおり、目新しいものはなかったが、それを包むボディーにはいささか驚かされた。1960年代後半のアメリカ車に端を発する、曲線、曲面を多用した抑揚の大きいスタイリング。それは当時の日本車のトレンドのひとつではあったが、「ここまでやるか」という感じだったのだ。510ブルーバードとB110サニーが直線的でクリーンなフォルムだったから、いっそうその傾向が強く感じられたのかもしれない。とはいえ、この種のスタイリングが突然現れたわけではない。それに至る伏線があったのである。
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緩やかな曲面と曲線を多用
1970年代前半の日産車特有のデザイン。その流れを感じさせた最初のモデルは、1971年に登場したブルーバードU(610)である。ブルーバードといえば、日本初の量産小型車だった戦前の「ダットサン」から歴史が続く日産の看板車種。610のデビュー前は先代510に代わる新型と思われていたが、実際に登場したのは510よりひとまわり大きくやや車格を上げたモデルで、「U」のサブネームが加えられていた。ライバルだった「トヨペット・コロナ」に対する「コロナ マークII」のような感じだが、コロナとコロナ マークIIよりも車格の差は小さかった。
この通称“ブルU”は、やわらかなラインで構成されたスタイリングを持っていた。ボディーの種類は4ドアセダン、2ドアハードトップ、5ドアワゴンだが、セダンとハードトップのサイドウィンドウのグラフィックは、当時流行していた後端に向かって切れ上がっていくデザイン。アルファベットの“J”のように見えることから自ら“Jライン”と称していた。
翌1972年には「ローレル」と「スカイライン」がフルモデルチェンジ。基本設計を共有することになった2代目ローレル(C130)と通称“ケンメリ”こと4代目スカイライン(C110)も流行を採り入れ、先代より曲線的なデザインとなった。しかし双方ともアメリカンなテイストが強いこと、またスカイラインにはサーフィンラインなどプリンス特有のディテールが含まれていることもあって、ブルーバードUほどソフトな印象は受けなかった。
そして1973年、冒頭に記した初代バイオレット(710)が登場する。ブルーバードU(610)と併売されていた510ブルーバードの市場を受け継ぎ、「トヨタ・カリーナ」などに対抗するモデルである。フロントからリアにかけてプレスラインが弧を描く、緩やかな曲面と曲線を多用したそのスタイリングは、610よりさらにアクが強くなった。
バリエーションは2ドアセダン、4ドアセダンと2ドアハードトップだが、セダンもハードトップとあまり変わらない、ファストバック風のルーフを持っていた。これが後に問題となるのだが、企画段階ではそんなことは思いもかけなかったのではないだろうか。加えてエクステリアのみならず、インパネなどインテリアデザインにも曲線が多用されていることが目新しかった。
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先端からは遅れつつあった
バイオレットに続いて、1973年にはサニーも3代目に進化する。商用バンを除くボディーバリエーションは従来どおり2ドアセダン、4ドアセダンとクーペ。スタイリングはブルーバードUやバイオレットの延長線上にあるものだが、クーペには新たにテールゲートが設けられた。そのクーペのリアクオーターには、斜め後方視界を改善すべくスモーク風のウィンドウが設けられていた。それ自体は歓迎すべきことだが、そのいっぽうで後端が切れ上がったリアサイドウィンドウを持つ2ドアセダンに後方視界を妨げる幅広いCピラーがあることは、どうも釈然としなかった。
ちなみにこの年、日産の前にそそり立つ壁だったトヨタは、ブルーバードUのライバルだったコロナをフルモデルチェンジしている。その新型コロナは開発コンセプトのひとつに“予防安全”を掲げており、ルックス優先のセミファストバックから後方視界を重視した直線基調のノッチバックスタイルに回帰していた。それを考えると、好き嫌いは別として、日産のデザインは先端トレンドからは遅れつつあったと言わざるを得ない。
翌1974年には、日産初のFF車として、そしてサニーより下位の末弟として1970年に誕生した「チェリー」がフルモデルチェンジ。「チェリーF-II」(F10)を名乗る2代目はFF方式をはじめ中身は先代から踏襲するが、ひとまわり大きくなったボディーはサニーと似たような雰囲気で、先代が持っていた個性は薄れた。
話は前後するが、こうしたデザイン手法は乗用車のみならず商用車にも導入された。1972年にフルモデルチェンジした通称“ダットラ”こと「ダットサン・トラック」(620)である。もともとダットラは「ダットサン・セダン」からブルーバードに続く日産の主力乗用車に準じたデザインを持っていたが、この620もブルーバードUやバイオレットに通じる抑揚の強いスタイリングを持っていた。
そして1975年、こうした曲線、曲面基調の日産デザインの集大成、究極の一台ともいえるモデルがデビューする。1960年代に存在した高級パーソナルカーの名を受け継いだスペシャルティーカーである。
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ほかの何物にも似ていない
1975年に登場した2代目「シルビア」(S10)は、もともと日産が開発していたロータリーエンジン搭載車として企画されたモデルだった。だが1973年秋に第1次石油危機が勃発(ぼっぱつ)し、大食いの高性能車に対する世間の風当たりが強くなったためデビューが凍結された。そしてレシプロエンジン搭載に仕切り直され、本来の予定より遅れて1975年に発売されたのである。
S10シルビアのスタイリングは、610ブルーバードUに始まり、710バイオレット、B210サニーへと続いてきた曲線、曲面を多用したスタイリングの集大成といえるもの。ボディーサイドの前端からリアホイールアーチにかけて斜めにプレスラインが走る、抑揚の強いデザインは、「わが道をゆく。シルビア。」というデビュー時のキャッチフレーズのとおり、たしかにほかの何者にも似ていなかった。
不思議な印象を強調していたのが、シャシーとの不安定なバランス。ボディーサイズは710バイオレットとほぼ等しいのに、シャシーはB210サニーがベースだったから、ホイールベースが短く前後のオーバーハングが長い。そしてトレッドが狭いためタイヤが奥に引っ込んで見える。ハイパワーなロータリーエンジン搭載が前提だったのに、なぜこんなシャシーを使ったのか疑問といえば疑問なのだが、それはともかくとして、下まわりが貧弱で上屋が大きい、後ろから眺めると電車のようなプロポーションは筆者の目には奇妙に映った。個性的ではあるし、デザインは好みなので、否定するつもりはないのだが。
この2代目シルビアを最後に、この種のデザインをまとったモデルが日産から登場することはなかった。そして翌1976年には、既存のモデルに手が入れられてしまう。“クーペ風のフォルム”をうたっていた710バイオレットの4ドアセダンが、後方視界が悪いという声に押されてルーフを整形。セミファストバックからノッチバックに改められたのである。
同年には610ブルーバードUもフルモデルチェンジ、車名から“U”がとれてブルーバードに戻った。710バイオレットを挟んで810型となる新型は、ライバルのコロナほどではないが直線的なスタイリングとなり、610の特徴だった“Jライン”は消えた。また後方視界確保のために2ドアハードトップのCピラーにはオペラウィンドウと呼ばれる小窓が設けられた。
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一周回って「カッコイイ!」
翌1977年にはバイオレットとサニーが相次いで世代交代を果たすが、どちらもブルーバード(810)よりさらに直線的なデザインに回帰し、セダンは完全なノッチバックとなった。特に2代目バイオレット(A10)のセダンはブルーバード510をほうふつとさせる姿で、実際に北米市場では“New 510(ニューファイブテン)”を名乗って販売されたほど。バイオレットもサニーも先代モデルは黒歴史で、あたかも存在しなかったようにふるまっているとさえ思えた。なお1979年にフルモデルチェンジしたシルビアも、先代とは似ても似つかないウエッジシェイプをまとっていた。
いまさら言うことでもないが、クルマのデザインには流行がある。曲線的なデザインは1970年代初頭のトレンドで、なにも日産だけが採用していたわけではない。例えばトヨタは前衛的ともいえる姿の通称“クジラ”こと4代目「クラウン」(1971年)や2代目コロナ マークII(1972年)などがソフトなラインを持っていたが、前述したように1973年に登場した5代目コロナでは直線基調に戻っていた。そうした状況に加えて、日産各車のデザインが他社に比べてクセが強かったことから目立ってしまうのだろう。
新車当時は当然ながら賛否両論で、どちらかといえば否が強かったこうした日産のデザイン。誕生から約半世紀を経た現在も評価は割れるだろうが、この時代ならではの徒花(あだばな)のような魅力があるのは事実。加えてリアルタイムで知らない世代には好評のように思える。旧車イベントで、これらを見た若者が「カッコイイ!」と口にしているのを耳にしたことがあるが、ほかとは違うルックスが新鮮に映るのだろう。
かく言う筆者もノーマルでは心を動かされることはないが、その姿をさらに引き立たせるアメリカンな感じのモディファイが施されていたりすると「おおっ!」と思うことがある。その昔、フュージョングループの「THE SQUARE」(後の「T-SQUARE」)の『脚線美の誘惑』というナンバー(アルバム)があったが、これら日産車の場合はさしずめ『曲線美の誘惑』といったところだろうか? お後がよろしいようで。
(文=沼田 亨/写真=日産自動車、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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