第265回:頑張れ引きこもり! レースに勝つためにゲームをやろう
『グランツーリスモ』
2023.09.14
読んでますカー、観てますカー
GTアカデミー出身のドライバー
《奇跡の実話》――『グランツーリスモ』のキャッチコピーである。ドライビングゲーム「グランツーリスモ」の達人だった少年が、リアルなレースで活躍する物語だ。とっぴな話のようだが、実際に2008年に始まった「GTアカデミー」というプロジェクトをもとにしている。欧州日産とゲームを開発したポリフォニー・デジタル、ソニー・コンピュータエンタテインメントヨーロッパがコラボしたドライバー発掘プログラムだ。日本でも2015年に開催され、選出された6人がレースキャンプに参加した(参照)。
映画の主人公は、ヤン・マーデンボロー。2011年にGTアカデミーのチャンピオンとなり、プロのレーシングドライバーとして今も現役だ。ブリティッシュGTチャンピオンシップ、ヨーロッパF3などを戦いの場とし、耐久レースの経験も多い。2016年から日本のF3やSUPER GTに参戦していたこともある。
イギリス北部の地方都市ダーリントンで暮らすヤン(アーチー・マデクウィ)は、さえない毎日を送っていた。元サッカー選手の父は家に引きこもっている彼を快く思っておらず、いつも小言ばかり。好きな女の子にはなかなか声をかけられずにいる。ふさぎ込んでいたところに、バイト代をためて購入したゲーム用レーシングコックピットが届いた。ドライビングゲームなら誰にも負けない。早速自慢の腕を披露するが、父は「レーサーにでもなるつもりか、現実を見ろ」と冷淡だ。
一方、横浜の日産グローバル本社では1人の男が役員や社員を相手にプレゼンを行っていた。イギリスからやって来たダニー・ムーア(オーランド・ブルーム)である。彼は世界中で人気になっているeスポーツに着目し、多くの熱狂的なファンを持つグランツーリスモのトッププレイヤーを育成するプロジェクトを提案した。若者たちの目をクルマに向けさせるマーケティングとしても役立つという主張である。
ニュルブルクリンクの悲劇も描く
ダニーはかつて名ドライバーだったジャック・ソルター(デヴィッド・ハーバー)をチーフエンジニアに据えてGTアカデミーを開設。ヤンはオンラインで開催されたイギリス予選で1位となり、実車の「日産GT-R」を使ったトレーニング合宿に参加する。最終試験でトップとなった彼はレースに参戦し、ゲーマー上がりとバカにされて妨害を受けつつも徐々に実力を見せていく。そして、ルマン24時間レースという晴れ舞台にたどり着くのだ。
お気づきだと思うが、これは完全な実話ではない。いろいろとアレンジや改変が加えられている。グランツーリスモがシミュレーターとして優れているのは確かだが、実際のレースとの間には違いも多い。すぐに第一線で活躍できるほど甘い世界ではないのだ。ルマンには2013年に参戦しているが、グリーヴスモータースポーツというチームからだった。2015年にNISMOチームで出場しているものの、映画で描かれたようなアカデミー出身者だけの編成ではない。
忠実に再現された事実もある。2015年にニュルブルクリンクで起きた悲劇が扱われているのだ。マシンが宙に浮き上がってフェンスを越え、観客席にルーフから落下するという大事故である。死傷者が出るという最悪の事態で、レースは中止され、以後はレギュレーションの変更を余儀なくされた。
この場面を含めて、CGがふんだんに使われている。部屋でグランツーリスモをプレイしているところからサーキットにそのまま移行する描写もあった。高度なテクノロジーが駆使されているが、そのベースとなっているのは実際のサーキットで撮影された迫力ある映像だ。GT-Rのほか、「アウディR8 LMS GT3」「フェラーリ488 GT3 EVO」「マクラーレン720S GT3」などが爆走し、リジェのプロトタイプも登場する。主人公のスタントはヤン・マーデンボロー自身が務めた。
ハンガロリンクがルマンに
スロバキアリンク、ドバイのオートドローム、ニュルブルクリンク、オーストリアのレッドブルリンク、ハンガロリンクで実際にレースカーを走らせている。多数のドローンを使ってハイスピードで走行するマシンをとらえ、ダイナミックな走行シーンをスクリーンに映し出した。驚くのは、ルマンでは撮影していないことだ。映像を見る限りではサルトサーキットのようだが、実際にはハンガロリンクなのだという。どんなマジックを使ったのか、まったくわからない。
監督を務めたのは、ニール・ブロムカンプ。SFエビ映画『第9地区』で世界を驚かせたことで知られる。『エリジウム』『チャッピー』と続いたのでSF専門なのかと思っていたら、今回は異なるジャンルに挑戦した。監督はクルマ好きでもあり、GT-Rを3台所有するマニアなのだ。ヒット作を連発したことで、この映画では大金をかけて思うとおりの撮影ができたのだろう。
はるかに低予算で、同じようなストーリーの映画があった。2022年6月に紹介した『ALIVEHOON アライブフーン』である。グランツーリスモの日本チャンピオンになった青年が、D1グランプリでドリフト王になるという展開だった。いろいろチープな点はあったが、映像の迫力では負けていない。金がなくても工夫によって面白い映画をつくることができることを証明していた。
もっと言えば、映画でなくたっていい。日本では、現在進行系のドラマを見ることができるのだ。「eスポーツレーサー兼リアルレーサー」として活動している冨林勇佑である。2016年にグランツーリスモ世界大会で優勝し、2018年からは実車レースに進出した。2022年にはスーパー耐久AT-3クラスでチャンピオンになるなどの実績を持ちながら、バーチャルでも活動を続けている。映画を超える実話があるというのは困ったものだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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