第246回:S15、GT-R、86――本物が見せるリアルな迫力!
『ALIVEHOON アライブフーン』
2022.06.09
読んでますカー、観てますカー
ドリキン監修のドリフト映画
「ドリフトは日本発祥のモータースポーツで世界に誇るべき文化ですが、正直なところ、最近は盛り下がっているんです……」
試写会の上映前に、プロデューサーがあいさつにやってきて発言した。異例のことである。『ALIVEHOON アライブフーン』はドリフトをテーマにした映画で、シーンの再活性化に貢献したいと願っているのだ。
お膳立ては整っている。主演は野村周平。連続ドラマや映画で主演を張る人気イケメン俳優だ。D1グランプリで活躍するトップ選手が華麗な走りを披露し、監修はドリキンこと土屋圭市。実況中継の解説者役で出演もしている。日本ドリフト界が全面的に協力しているのだ。
eスポーツを取り入れているのが新しい要素だ。野村が演じる大羽紘一は、オンラインゲームのグランツーリスモで全日本チャンピオンになった男。リサイクル工場で黙々と働く内向的な青年で、他人とコミュニケーションをとるのが苦手だ。友達もおらず自分の殻に閉じこもっているが、ゲームの世界では水を得た魚のように才能を発揮する。
彼のもとに、突然スカウトがやってくる。ぜひチームに入ってほしいという。大羽は当然eスポーツのことだと考えるが、「トヨタ・チェイサー」に乗せられて着いたのはドリフトコース。スカウトは貧乏ドリフトチームオーナーの娘・武藤夏美(吉川 愛)だったのだ。彼女がお手本を見せると、大羽は初めての走行で見事なドリフトを見せる。eスポーツで培った技術を、リアルな運転でも生かしたのだ。
シンプルな展開に派手なアクション
夏美の父はチームアライブを率いて自らが選手も務めていた。しかし、レース中の事故で足を骨折し、出場は不可能に。代わりのドライバーを探し、大羽にオファーしたのだ。しかし、これは彼女の独断だった。事情を知った父は、「ゲーム野郎に本物のドリフトができるか!」と激怒する。テストすることになり、大羽はアグレッシブなドライビングで彼を驚かせた。「ゲームでもリアルでも、運転の仕方は変わらないんで」と、これもお約束のセリフである。
わかりやすいし、ありがちなストーリーだ。これ以降も予想外の展開はないから、安心して見ていられる。チームの本体は自動車整備工場で、借金まみれのどん底状態。対する金満チームには天才的だが性格の悪いドライバーがいて、勝利のためには汚い手を使うこともいとわない。追い詰められた主人公は、仲間との絆と信頼の大切さに気づき、立ち直っていく。
勝ち気な娘とは恋愛未満な関係というのも定石どおり。キャスティングも明快だ。頑固だが人情味のあるオヤジは陣内孝則。腕利きの老メカニックは本田博太郎。金満チームの女性オーナーは土屋アンナ。ひと目見て役割がはっきりとわかる。
こういう娯楽作品では、わかりやすさこそが大切だ。物語が破綻なく流れていけば、それでいい。手の込んだ展開は、むしろ雑音になる。ドラマ部分はシンプルでいい。大ヒット上映中の『トップガン マーヴェリック』も、ストーリーは誰もが予測する方向に進んでいく。そのうえで戦闘機のド派手なスカイアクションを見せれば観客は大満足なのだ。『ALIVEHOON アライブフーン』も構造は同じで、見せ場がドリフトバトルである。
カメラカーもD1マシン
ドリフトの映像は、驚異的だ。GoProやドローンを使っての撮影が、多彩なアングルのビジュアルを見せることに成功している。そして何より、カメラカーが本物なのだ。リアルなD1マシンを本職ドライバーが運転しているから、超絶接近映像が撮れた。一度に20台ものカメラを投入していることで、レースの中継をはるかに上回る迫力を獲得している。クラッシュも発生したというが、そのぐらいギリギリの撮影だったらしい。
日本では公道でのカーチェイス撮影がほぼ不可能だ。昭和30年代には首都高速でゲリラ撮影をしていたこともあるが、今やったら大変なことになるだろう。規制が厳しいせいで、ハリウッドはもちろん、韓国などのアジア映画にも後れをとっている。だから、日本発祥のドリフトをエビスサーキットや日光サーキットで撮影するというのはナイスなアイデアだ。この映画の撮影手法は、現在では最良のソリューションである。しかも、今回は一般国道を閉鎖して撮影することもできた。やればできるのだ。
カーチェイスはCGが当たり前になり、『ブリット』のようなリアルな撮影はほとんど見られなくなった。クラッシュするクルマの数がどんどんエスカレートしているが、絵空事を見せられても鼻白むだけである。この映画には、「日産シルビア」「日産GT-R 」「トヨタ86」などのレースカーが多数登場し、川畑真人、齋藤太吾といった現役ドライバーが運転している。まさに本物の迫力なのだ。
野村周平は、撮影時にドリフトの練習をして魅了されたそうだ。さすがに本番で運転することはできなかったが、スノーボードの名手でスポーツ万能で知られる彼なら、上達は早いはず。実際にD1に参戦し、盛り上げてくれることを期待してしまう。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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