ピニンファリーナにミケロッティ? スタイリッシュな小型トラックが競い合った時代
2024.01.17 デイリーコラム平日はビジネスに、休日はレジャーに
2023年秋のジャパンモビリティショーで日本初公開され、この2月に12年ぶりの国内販売が始まる「三菱トライトン」。このトライトンのほか、現時点で国内販売されている国内メーカーのピックアップトラックは「トヨタ・ハイラックス」だけで、トライトンともどもダブルキャブの4WDのみである。それもあって今日ではSUVの印象が強いが、これらは1ナンバー登録の貨物車。元をたどればシングルキャブの貨物運搬用トラック、すなわち仕事グルマである。
今ではピックアップトラックと呼ばれているこの種のモデルは、かつては小型ボンネットトラックと呼ばれており、ボントラと略すこともあった。また、これは日本特有のものだが、トラックとピックアップは区別されていた。原則として荷台がキャビンと別体になっているものをトラック、一体になっているものをピックアップと呼んでいたのである。もっともこれは原則であって、通称“サニトラ”こと「日産サニートラック」のように、荷台がキャビンと一体になっていてもトラックと称するものもあるが。
それはともかくとして、かつての小型ボンネットトラックの代表格といえば通称“ダットラ”こと日産の「ダットサン・トラック」。なにしろ2023年に創立90周年を迎えた日産の、前身であるダット自動車製造の時代からラインナップされていたという歴史を持つベストセラーだったが、国内販売は2002年に終了した。
1968年に初代が誕生とダットラに比べれば歴史は浅いが、市場ではライバルだったトヨタ・ハイラックスもやはり2004年で国内販売を終了。その後2017年に復活したが、前述したようにダブルキャブのみで、貨物運搬用トラックとは言いがたかった。
それらがなぜ国内販売を終了したかといえば、需要の減少にほかならない。ユーザーがより積載効率に優れたキャブオーバートラックを選択したからである。それまで軽貨物運搬の主役だった三輪トラックから低価格を武器に市場を奪い、「トラックの国民車」とうたったトヨタの「トヨエース」をはじめ、1950年代から小型のキャブオーバートラックも存在していた。だが、庶民にとっては乗用車など夢で、商用車のカタログや広告に「平日はビジネスに、休日はレジャーに」といったキャッチコピーが踊っていた時代には、運転感覚がより乗用車に近いボンネット型の需要も根強かったのだ。しかし乗用車が普及するにつれて、そうしたボンネット型のメリットは薄れてしまったのだった。
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セダンと共通設計だったダットラ
筆者が思うに、小型ボンネットトラックの全盛期は1960年代。当時、4ナンバーの小型ボンネットトラックには本流となるふたつのクラスがあった。ひとつは1.2~1.5リッターエンジン搭載の1~1.25t積み、もうひとつは2リッター前後のエンジンを搭載した1.75~2t積みである。1965年の時点では、前者には日産、トヨタ、プリンス、いすゞ、マツダ、ダイハツ、日野の7社が、後者には日産、トヨタ、プリンス、いすゞ、ダイハツの5社がモデルをラインナップしていた。というと市場が大変な活況を示していたと思われるかもしれないが、そういうわけでもない。今日のように合理化が徹底しておらず、少量生産モデルが存続できる余裕があったのである。
そんな市場でダントツのベストセラーだったのは、1t積みのダットラことダットサン・トラック。前述したようにその誕生は1930年代なので、1960年代でもすでに30年以上の歴史に裏打ちされた信頼のブランドとしての強みを存分に発揮していた。
そのダットラだが、そもそもはトラック専用設計というわけではなかった。戦前から1957年に登場した乗用車(セダン)である「210型」とトラックの「220型」までは基本的に共通設計。ラダーフレームに前後リジッドの足まわりを持つシャシーに同じエンジンを持っていた。だが1959年にセミモノコックボディーを持つ初代「ダットサン・ブルーバード」(310型)が登場して以降、乗用車とトラック(商用車)は別設計となった。とはいうものの約2年遅れて1961年に登場したダットサン・トラック(320型)のキャビン部分のデザインはブルーバードに倣っており、エンジンは共通だった。
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花開くイタリアンデザイン
小型ボンネットトラックが全盛だった1960年代は、イタリアンデザインが日本の自動車界を席巻した時代でもあった。1960年のトリノショーでデビューしたミケロッティデザインの「プリンス・スカイラインスポーツ」を皮切りに、ダイハツはヴィニャーレ、マツダはベルトーネ、日野はミケロッティ、いすゞはギア、スズキはイタルデザインといった具合に続々とトリノのカロッツェリアを詣でてデザインを依頼した。
日産は最大手のピニンファリーナと契約。当時は公表されなかったが、1963年に登場した2代目ブルーバード(410型)と1965年にフルモデルチェンジした2代目「セドリック」(130型)のスタイリングを託した。その410ブルーバードのデビューから2年近く遅れてダットサン・トラックもフルモデルチェンジして520型となった。410ブルーバードのボディーがフルモノコックになったのに対して520型は別体フレーム式を堅持していたが、先代と同様、キャビン部分のデザインはブルーバードに準じており、すなわちピニンファリーナ風だった。
410ブルーバードは、テールに向かってなだらかに弧を描くサイドビューが「尻下がり」と呼ばれて不評だったが、トラックである520型には当然ながらその不安はなかった。また410ブルーバードは全幅1.5m以内という当時の小型タクシー規格に収めるべくピニンファリーナのオリジナルよりも車幅を切り詰め、全幅1490mmとしたために伸びやかさに欠ける印象があった。それに対して520型はそうした法規にとらわれることなく、またシートを3人掛けにするために全幅を1575mmまで広げていたためプロポーションは安定感があった。
当初はヘッドライトが2灯式だった520型だが、1966年のマイナーチェンジで4灯式となると、ルックスはますます410ブルーバードに近づいた。それでいて前述したように車幅はブルーバードより広かったため、よりスタイリッシュな印象となったのである。
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ハイラックスのルーツは日野にあり
今では中・大型車専門メーカーである日野が1961年に発売した小型ボンネットトラックが「ブリスカ」。同年にデビューした日野初のオリジナル乗用車だった「コンテッサ」から900ccのエンジンを流用した1t積みだった。
コンテッサは1964年にひと回り大きいミケロッティデザインのボディーをまとった「コンテッサ1300」に進化するが、翌1965年にそのエンジンを流用した「ブリスカ1300」が登場した。この年に世代交代を果たした、同じく1.3リッターエンジン搭載のダットサン・トラック(520型)のガチンコのライバルとして名乗りを挙げたのだ。
そのブリスカ1300のキャビンのスタイリングは、ダットラがブルーバードに準じたピニンファリーナ風だったのと同様に、コンテッサ1300に倣ったミケロッティ風。しかも全幅はダットラはもちろん乗用車を含めた当時の同級車のなかで最もワイドな1640mm。そのため2灯式ヘッドライトの初期型では顔つきがいささか間延びした印象もあった。だが1966年のフェイスリフトでダットラもそうしたように4灯式になるとますますコンテッサに近づき、よりシャープな印象となった。
この年、日野はトヨタと業務提携を結びその傘下となるが、これによってブリスカの運命も変わることになる。当時、トヨタには「ライトスタウト」と名乗る1t積みのボンネットトラックがあったが、これは2t積みの「スタウト」のエンジンを1.9リッターから1.5リッターに換装するなどした仕様で、ベストセラーのダットラに正面からブツかるモデルは存在しなかったのだ。
そこでトヨタが目をつけたのがブリスカ。1967年に再びマイナーチェンジを実施して「トヨタ・ブリスカ」に改名、トヨタの販売網から再デビューさせたのだ。この際に日野時代よりコストダウンが進められたが、1.3リッター直4エンジンを従来の55PSからダットラの62PSをわずか1PSながら上回る63PSにパワーアップしたのは、いかにもトヨタらしい。
だが翌1968年には純トヨタブランドの後継モデルとなる初代ハイラックスがデビューし、つなぎ役としてのブリスカの運命は1年弱で終わった。しかし、ブリスカとは方向性は異なるが、アップデートされたデザインのボディーをまとったハイラックスは引き続き日野の羽村工場で生産されたので、実質的には3代目ブリスカと見ることもできるだろう。
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消えゆくカッコいいトラック
いわばイタリアンスタイルをまとっていたダットサン・トラック(520型)や日野ブリスカ1300だが、スタイリッシュな1t積みのボンネットトラックという意味では、それらより先輩がいる。それが何かといえば、1962年に誕生した「ダイハツ・ハイライン」である。
「シボレー・コルベア」が初めて採用し、世界中で流行した、クロームのモールがボディーをぐるりと囲む通称「コルベア・ルック」。これを商用車ながら日本でいち早く採用したのがハイラインだったのだ。ダイハツは1963年にヴィニャーレの手になる「コンパーノ」を発売して以降はイタリアンデザインに傾倒していくが、その直前にこんなモデルをリリースしていたのである。
いすゞは1963年にスポーティーサルーンを標榜(ひょうぼう)する小型乗用車の「ベレット」を発売するが、同時にそのデザインをキャビンに流用した1t積みトラックの「ワスプ」を発売している。いすゞらしく1.3リッター直4ガソリンのほかに1.8リッター直4のディーゼルユニットも用意するなどしていたが、市場での存在感は希薄だった。
存在感が薄いということでは、マツダが1961年に発売した1t積みトラックの「B1500」も同様だった。だが1965年にフルモデルチェンジし、新たに「プロシード」と命名された新型は直線的でシャープなスタイリングをまとって巻き返しを図った。
といった感じで、1960年代の1t積みボンネットトラックには、イタリアン風をはじめ不思議とカッコいいデザインのモデルがそろっていたのだ。だが1970年代に入ると、それぞれアップデートはされたもののスタイリングから個性が薄れ、凡庸な印象となっていってしまう。
とはいえ、乗用車風デザインのトラックがすっかり消えてしまったわけではなかった。1972年にいすゞからワスプの後継として登場した「ファスター」のキャビンは「フローリアン」に倣っていた。また1960年代は沈黙していた三菱が1978年になってリリースした「フォルテ」は、初代「ギャランΣ(シグマ)」風の顔つきだった。ちなみにこのフォルテ、海外では「L200」を名乗っていたが、その名は冒頭で紹介した現行トライトンまで半世紀近くにわたって受け継がれているのだ。
(文=沼田 亨/写真=三菱自動車、日産自動車、トヨタ自動車、日野自動車、ダイハツ工業、いすゞ自動車、マツダ、沼田 亨/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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