第909回:古タイヤやメーターをおしゃれアイテムに! イタリアの職人が託す思い
2025.05.08 マッキナ あらモーダ!はじまりはムッソリーニ時代
冒頭から世知辛い話で恐縮だが、イタリアは日本と同じ問題を数々抱えている。そのひとつが労働力の減少だ。2025年5月1日、メーデーに合わせて国内で発表された予測によると、2025年に約3730万人いる15-64歳の人口は、10年後の2035年には約3440万人にまで減る。とくに小さな工房を含む小規模事業者の人材不足が深刻化するとみられる。(データ出典:CGIAメストレ-ISTAT)
先日、「MIDA(ミーダ)」というイベントがあることを知った。「Mostra Internazionale dell’Artigianato」の略で、日本語にすれば「国際手工芸展」といったところだ。ギリシア神話で触ったものをすべて黄金に変えてしまう王、ミダース(イタリア語でmida)も意識したネーミングに違いない。
このMIDA、筆者は「近年始まった、地域興しイベントか」と思ったが、とんでもない誤解だった。第1回はムッソリーニ政権下の1931年にさかのぼる。実現を推し進めたのは、労使協調を推進する官庁のジュゼッペ・ボッタイ大臣だ。ファシズムの理論的構築を進めた人物である。したがってMIDAは、国内的には優秀・勤勉な国民であることを自覚させ、対外的には国威発揚が目的にあったことは明らかだ。第2次大戦後に一時中断したが、その後再開。2025年で第89回を迎えた。
30年近くフィレンツェと同じ州内に住んでいて、訪れたことがなかった筆者である。これは一度見てみねば、と思いたった。
摩耗痕に思いをはせながら
会場はフィレンツェ市内のバッソ城塞(じょうさい)である。当連載でも幾度か記したメンズファッション系イベント「ピッティ・イマージネ・ウオモ」と同じ場所だ。プロ向け見本市であるピッティとは異なり、一般向けの販売も行われているので結構繁盛している。先に記しておくと、2025年4月25日から5月1日までの7日間の会期で、出展者・出展社数は530、来場者数は6万人以上を記録した。
常設の建物を用いたメイン館は、地下1階・地上2階の3階建てだ。2階は食品に充てられていて、のぞいてみると日本のデパート特設会場における「全国うまいもの市」企画の様相を呈していた。地下はアフリカ、アジア、中東などさまざまな国・地域からの工芸・食品のフロアで、かつて東京・池袋のサンシャインシティにあった「舶来横丁」をほうふつとさせる光景が展開されていた。
それらに対して1階は、さまざまな分野の工芸職人たちに充てられたフロアだ。そうしたなか、ゴム製バッグを並べたスタンドに目が留まった。ただのゴムではない。自転車を含むさまざまなタイヤを利用したものだ。多くは、トレッド部を巧みにアクセントとして使っている。
なかなかの人気で、店の人をつかまえられない。ようやく声をかけることができたジュリアさんとラウルさんこそ、オーナーであった。
2人のベースは、フィレンツェから100km以上離れた州境、ルニジャーナ地方だ。創業のきっかけは? スペイン・バルセロナ生まれのラウルさんは語る。「僕はもともと、古いマザーボードなど、電子パーツを再利用したアートを手がけていたんです」。循環型アートというジャンルだ。
その流れでジュリアさんと一念発起。廃棄タイヤやチューブを用いたカバンやアクセサリー制作を志した。耐久性、防水性、手触り、そして素晴らしいトレッドパターンをもつにもかかわらず、捨てられていることに疑問を抱いたのがきっかけだった。2014年のことだったという。地元で廃タイヤを調達し、自分たちで縫う。彼らなりのキロメートル・ゼロ(筆者注:イタリア流の地産地消)だ。屋号はスペイン語で“ホイールの肌”を意味する「ピエル・デ・ルエダ(Piel de Rueda)」に決めた。
ただし、すぐには順風満帆とはいかなかった。ジュリアさんは振り返る。「工業用ミシンを買い込んだものの、ゴムを縫ったことはありませんでした。種類や質も多様です。それらをまっすぐ縫えるようになるだけで、膨大な期間を要しました」
ラウルさんにMIDA出展の理由を聞いてみる。すると「ひとつは自分たちのクオリティーがどのレベルまで達したのかを、顧客の反応をみながら確かめるため。もうひとつはお客さんたちとの触れ合いですね」と答えが返ってきた。
彼らのウェブサイトには、2人のタイヤに対する思いがつづられている。「私たちが旅したすべての距離や訪問地は、経験、人生そして思い出そのものです。車輪の摩耗痕は、運び続けた歴史を静かに物語っています。私たちはそれを想像するのが大好きなのです」
“職人2.0”が1960年代を評価する理由
次に見つけたのは、古い自動車や鉄道のパーツを使いながら、かわいいロボット風に仕上げた家庭用テーブルランプの数々である。こちらも視覚的インパクトが強いことから、お客が切れ間なく訪れている。
筆者の質問に、店主は「これは1965年『フィアット1100』のパーツ」「こっちは1961年『アルファ・ロメオ・ジュリア シリーズ1』のスピードメーター」、そして「あれは、1950年代のトラック用汎用テールランプ」などと、次々と“そら”で詳細を教えてくれる。乗り物への情熱を即座に感じた。
彼の名はマッテオさん。1988年生まれ、2025年で37歳になる彼が、こうしたアンティークを活用したグッズを手がけるようになったきっかけは? その質問に彼は「鉄道員だった父が、1966年『イノチェンティ・ミニ クーパー』に乗っていたことだったね」と答える。その影響でマッテオさんも、古いものに興味を抱くようになったという。イタリアの若者にとって必須アイテムともいえるスクーターも、自分より25歳年上の1963年「ベスパ50」を購入した。
社会人になってフィットネスジムに勤務しながら、独学でまずは木材の加工を習得。10年前に独立し、自身のレーベル「ワノス・ウッド&デザイン(Wanos Wood & Design)」を立ち上げた。
伝統をもとに新しいものをつくる“職人2.0”を自称するマッテオさんが、古い時代を愛する理由を教えてくれた。「たとえば1960年代のイタリア。製品自体の種類は今日より少なかったけれど、いずれも完成度が高く、今でも評価されているものが多い。いっぽう現代はモノがあふれていても、永続性があるものにほとんど出会えないんだ」。
モノづくりに携わる人だけでなく、日ごろさまざまなモノを選択して購入する私たちにも、響く言葉ではないか。ついでにいえば、近年自動車に普及著しいデジタルディスプレイが将来、こうした趣あるオブジェの素材となり得るか? と考えると、想像するのはかなり難しい。
冒頭のように、イタリアの労働力減少は楽観できない。しかしMIDA会場で、志ある若き職人たちと出会い、いくぶん元気をもらった筆者であった。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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