自動車の世界でAI技術はどう生かされているのか?
2025.05.27 あの多田哲哉のクルマQ&A今や、自動車にもAI(人工知能)の技術が搭載されていると聞きますが、それはどのように役立っているのでしょうか? 今後の進化の見通しなども含めて教えてください。
AIよりも前、EFI(電子制御燃料噴射装置)など電子制御のテクノロジーが搭載されはじめたころから、クルマには「学習制御」という技術が用いられてきました。
ドライバーの走り方や、運転している道の質などを少しずつ車載コンピューターが学習して、例えば「この人は高度の高い山間部ばかり走っている」と判断して燃調を自動調整するとか、ハンドルさばきを判定してパワーステアリングの特性を調節するといったように、状況をクルマ側が読み取って、よりよく運転できるようにサポートするわけです。
その学習制御が、扱える情報量を増やしつつ進化してきたところに、ドンとAI技術が登場しました。
AIにおいては、人間でいうところの「脳にためられた経験と記憶」、つまり「今後もっと上手に運転できるようになるための知識や情報」を、人間の脳と同等のレベルで生かせるようになります。学習制御の時代からは、容量が何千倍、何万倍にも増えて、しかもそれを瞬時に引き出せる。皆さんのなかにも、「ニューラルネットワーク(※人間の脳の動きを模範とした機械学習モデルのひとつ)」という言葉を聞いたことのある方は、多いのではないでしょうか。
世の中で起こっていることを、コンピューターがどんどん学習しては蓄積していく。そして日々賢くなっているというのがAIの世界です。もはや特定の個人の学習というレベルではなく、広く世の中で経験された人間の能力がそのまま再現できるようになっている。
とはいえ、これまでクルマや家電の世界で「AI搭載」などとうたわれてきた技術は、先に述べた学習制御の延長にすぎませんでした。
ChatGPTでおなじみの汎用(はんよう)AIは、絵を描くことまでできるように、何でもかんでも学習していて、さまざまなタスクを処理する能力があります。しかし、特定の工業製品用に開発されたものは、その製品に関係することだけを学習して覚えればいいので、汎用のAIに比べるとはるかに小規模で成立します。これまでの自動車用AIもどちらかというとそれに近くて、例えば、エンジンをうまく燃焼させるということだけに限定する用途で使われてきました。
もっとも、限定とはいえ、かつての学習制御に比べるとケタ違いの容量でデータを覚え処理しているわけですから、イメージとしては「超高性能な学習制御」と思っていただくのが適切ですね。前述した運転のクセとか、走行する道の特徴などに合わせ込んでいく、その精度がものすごく上がっている。ドライバーにとって最適な制御を、今では一瞬で実現してくれる。ありとあらゆる情報をひもづけして、ユーザーが最も快適・便利に使えるようになってくれる。それが現時点でのクルマのAIの役割といえます。
そのスピードは、今後さらに高まるでしょう。そして、テスラの「Tesla OS」やBYDの「BYD OS」、トヨタの「Arene(アリーン)」などの車載OS(オペレーティングシステム)が高度に実用化されると、すべての制御は統括され、真の「クルマのAI化」や「自動運転」が実現することなります。
完成された自動車用AIは、さらに乗員に寄り添い、運転をサポートしてくれるようになるはずです。なかでも運転初心者や、運転能力の低下した高齢者の判断ミスや操作ミスを補うことをはじめ、安全性を高め交通事故を防止する点で大きく役立つようになるでしょう。つまり、誰が運転していたとしても、ものすごく経験豊かな、運転スキルの高いドライバーが乗っているかのようにクルマが走るようになっていき、交通事故も劇的に減っていく。それがAI時代の交通社会の姿なのです。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。