車載カメラが普及した今、“デジタルサイドミラー”が主流にならないのはなぜか?
2026.05.26 あの多田哲哉のクルマQ&A現代の新車には、必ずといっていいほど車載カメラが付いています。一台あたりの数も多いようです。その割に、サイドミラーをカメラに置き換えたクルマが普及しないのはなぜでしょうか? 安全上も優れていると聞きましたが……。
ルームミラーに関しては、電子ミラー(デジタルインナーミラー)への置き換えがどんどん進んでいますよね。後席や荷室に荷物をたくさん積んだ際、普通の鏡面ミラーだと後方が見えなくなってしまうため、電子ミラーにするメリットはサイドミラー以上に大きいといわれています。
一方で、サイドミラーレスは「レクサスES」「アウディe-tron」などに採用され、デザインの目新しさはあったものの、その後は広がりがみられません。これには、私自身も体感している大きな理由があります。
電子ミラーというのは、パッと視線を動かして見たとき、最初に焦点(ピント)が合うのが「ミラーの表面(画面)」になるのです。しかし、実際にドライバーが見ようとしているのは、画面に映し出された「もっと後ろの景色」です。
普通の鏡の場合、鏡を通して「遠い後ろの景色」を見ているため、前方の景色とは目の焦点がさほど変わりません。しかし、電子ミラー(画面)に視線を移すと、より近い「画面の表面」にピントを合わせる必要があるため、人間の目のピント調節にわずかとはいえ時間がかかるのです。
若い方はそれほど気にならないかもしれませんが、年齢を重ねて目の機能が低下してくると、視線を移動した瞬間にピントが合うまでのタイムラグが生じ、「一瞬見えない」という感覚が不安につながります。
デジタルミラーを使った後方視界の研究においては、映像の「鮮明さ」や「解像度」といった技術は向上していますが、この「人間の目のピント調節にかかる時間」に起因する根本的な違和感・不自然さはまだ解決できていません。いくらきれいに映っても、目のピントの切り替えという観点では、「虚像」を見ていることによる不自然さが残るのです。私自身も日ごろ、電子式のルームミラーを使っていますが、視線をパッと移動した瞬間に一瞬見えなくなるような感覚は、やはり残ってしまいます。
つまり、この技術が普及するかどうかは、単に(車載カメラ自体は普及しているのだからという)コストや価格の問題ではなく、人間の身体的な適応や違和感の問題にかかっているといえます。
その点では、これからスマホをはじめ“画面ばかりを見て暮らすライフスタイル”が主流になっていくでしょうから、若い世代を中心に「画面を見るほうが自然」と感じるのが当たり前という時代がくるかもしれません。生活環境の流れによって、人間の目の構造や使い方が変わっていけば、こうしたミラーレス技術も自然と受け入れられ、普及していくのではないかと思います。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。