第969回:裏地に『大脱走』! ピッティ・イマージネ・ウオモと自動車模様
2026.07.09 マッキナ あらモーダ!ファッションの祭典に「あの国」のクルマ
世界屈指の紳士モード見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」が2026年6月16日から19日までフィレンツェで催された。同イベントは年2回開催。第110回となる今回は、主に2027年の春夏コレクションが出展企業・団体によって紹介された。さっそく会場から自動車にまつわるものを紹介しよう。
前回の春夏コレクションである、2025年6月の第108回に約1万5000人を記録した総来場者数は、約1万4000人にとどまった。主催者が指摘するのは、オーストラリアなど遠方からの来場者の不振だ。渡航準備期間と中東情勢の悪化が重なったことが影響したと分析している。
経済状況といえば、参加する自動車ブランドもしかりである。かつてはMINI、アバルト、マセラティ、ランボルギーニなどがアパレル系ブランドとのコラボレーション、もしくはオフィシャル・マーチャンダイジング商品をさまざまな形で展開していた。いっぽう、今回の会場で自動車ブランドの実車をともなった参加は、レパスのみであった。中国・奇瑞汽車が2025年から海外向けブランドとして展開を開始した新ブランドである。また、サンタマリア・ノヴェッラ駅から会場に至る通路であるヴィッラ・ヴィットリア庭園には、吉利の「スターレイ」が地元ビッグディーラーによって展示されていた。いずれも服飾ブランドとのコラボレーションではないものの、時代を映し出している。
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ジャケットの裏地は“スクリーン”
出展社の一覧表を眺めていたら、「クラシック・レジェンド・モータース」という文字が目に飛び込んだ。ヒストリックカーのスペシャリストがなぜ? と思ってブースを訪ねてみると、そうではなくアパレル企業の名前だった。展開されているブランドは、24h Le Mans(ルマン24時間レース)、スティーブ・マックイーン、シェルビー、アルピーヌなど、いずれも“クルマ好きホイホイ”のような名前である。
「24時間レースが開催されていたルマンからフィレンツェに直行で来ました」と教えてくれたのは、ファウンダー兼オーナーのジャン=ピエール・デュメイ氏(1955年生まれ)である。当初の情熱はもっぱら二輪車にあり、1972年「スズキT500」で路上デビューを果たした。「若き日からファッションの世界に身を置いていたので、四輪に関しては遅咲きです」と謙遜しつつも、初の所有車は「BMW 2002tii」だったと振り返る。1980年代にレザー製品のビジネスで頭角を現した。
「四輪車への関心が加速していったのは、仕事を通してその世界の人々と交流が増えたからです」と話す。とくにジャッキー・イクスとの出会いは貴重だったと振り返る。現在の企業は2019年、フランスのカンヌ近郊に設立したもので、クルマにまつわる著名な名称のライセンスを数々取得し、レザー製品として商品化している。イクスもそのひとつだ。
スタッフはレザージャケットの裏地を次々と見せてくれる。24h Le Mansには映画『栄光のル・マン』の名場面が、スティーブ・マックイーンには彼の出演作である1963年『大脱走』のワンシーンがプリントされている。「それぞれのプロダクトに物語が託されているのです」と説明する。それらを見た筆者は、裏地に凝ることで粋の精神を示していた――彼らの場合、奢侈(しゃし)禁止令という切実な背景があったのだが――江戸時代の富裕な町人を連想したのであった。本当のクルマ好きの装いも、でかでかと車名ロゴが入ったものではなく、こうあるのが粋というものだろう。
創業8代目の本物志向
次に筆者の目を引いたのは、往年のスタイルを再現したレーシングスーツやヘルメットをディスプレイしていたブースである。それも装飾ではなく製品だ。
メゾンの名はシャパル。社主は「ジャン=フランソワ・バルディノンです」と自己紹介する。「もしや?」と思って筆者が尋ねれば、かつてフランスで世界有数のフェラーリ・コレクションを擁していたピエール・バルディノン氏(1931-2012年)の子息であった。
ジャン=フランソワ氏は社史を解説してくれた。創業は1832年に遡る。当初はラビットファー(ウサギ毛皮)のタンナーとして成功。第1次世界大戦ではフランス空軍にレザージャケットを納入した。やがてムートンへと移行し、第2次世界大戦中はアメリカ空軍に現地工場から素材を供給している。1970年代に自動車愛好家の父ピエールがシャパラックの商標でレザージャケットを開発。ジャン=フランソワ氏は創業8代目として1982年に入社し、自社ブランドとしてシャパルを立ち上げた。その傍らでレザーパーツに関してジャガー、ルノー、ミシュランなどとのコラボレーションを展開。2020年にはヴィンテージカーのレストア工房も開設している。
「できる限り本物に忠実である」ことがモットーだ。レーシングスーツには、1930年代の名ドライバー、ルイ・シロンのものを再現した。いっぽう、1950年代スタイルのヘルメット(ノン・ホモロゲーション)は伝説的ドライバー、モーリス・トランティニャン(映画『男と女』に出演したジャン=ルイ・トランティニャンの叔父)に依頼して、彼が当時着用していたものをコピーさせてもらった。いずれもミッレミリア出場者たちのご用達になっている。
今回のピッティで遭遇した事象を振り返ると、中国ブランド車の登場は若干の当惑こそ感じたが、マーケットの潮目を映す鏡といえる。だからこそ余計に、クラシック・レジェンド・モータースが見せる新興ブランドのひたむきさや、シャパルが刻んできた年輪のような重みが際立って見えた。自動車好き視点からのピッティは、まだまだ楽しいものがありそうだ。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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