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スライドドアはいつから? 「日産エルグランド」登場前夜の国産ミニバン史

2026.07.14 デイリーコラム 沼田 亨
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国産初のスライド式リアドア

いよいよというかようやくというか、新型「日産エルグランド」が今月中旬に正式発表されるという。実に16年ぶりのフルモデルチェンジとなるが、そもそも初代が誕生したのは1997年だから、エルグランド自体は約30年の歴史を持つわけだ。

てなことをwebCG編集スタッフと話していたら、「ってことは、国産ミニバンの歴史もそれくらいってことですかね?」と問われた。「いや、ミニバンとは呼ばれなくとも、それに近いものはもっと昔から……」と答えたが、ちょうどいい機会なので、あらためて日本のミニバン、MPV(マルチパーパスビークル)、ピープルムーバーなどと呼ばれる、要するに背が高くて多人数が乗れるクルマの足跡をたどってみたいと思う。

その起点をどこにするかは意見の分かれるところだろうが、筆者は1960年代の、キャブオーバー型小型トラックなどの商用車をベースにワンボックス風ボディーを載せ、多くの座席を備えたモデルではないかと考える。

例えば1960年に登場した「日野コンマース」。「ルノー4CV」をライセンス生産していた日野自動車が送り出した、やはりルノーのワンボックス商用車である「エスタフェッテ」の影響を多分に感じさせる国産初のFFワンボックス商用車である。これは日本ではスズキの軽である「スズライト」のみが採用していた前輪駆動だったことに加え、モノコックボディーに四輪独立懸架を備えた進歩的な設計で、商用バンに加えて10/11人乗りの「ミニバス」をラインナップしていた。

日産のセミキャブオーバー型小型トラックだった「ダットサン・キャブライト」。セパレートフレームに前後リジッドアクスルという旧来のトラックシャシーを持つが、1964年に登場した3代目のライトバンおよびそれとボディーを共用する5ナンバーの乗用車登録で3列シート9人乗りの「コーチ」は、国産初となるスライド式リアドアを採用していた。ミニバンの標準ともいえる装備のひとつは、ここに始まったのである。

間もなくデビューするであろう新型「日産エルグランド」のプロトタイプ。
間もなくデビューするであろう新型「日産エルグランド」のプロトタイプ。拡大
1960年「日野コンマース ミニバス」(10人乗り)とそのシートレイアウト。全長×全幅×全高=3930×1690×1880mmというサイズのボディーに10人を乗せ、パワーユニットは最高出力28PSの836cc直4 OHV……いったいどんな走りをみせたのだろうか。これは5ナンバー登録だが、2ナンバー(小型バス)の11人乗りもあった。
1960年「日野コンマース ミニバス」(10人乗り)とそのシートレイアウト。全長×全幅×全高=3930×1690×1880mmというサイズのボディーに10人を乗せ、パワーユニットは最高出力28PSの836cc直4 OHV……いったいどんな走りをみせたのだろうか。これは5ナンバー登録だが、2ナンバー(小型バス)の11人乗りもあった。拡大
1964年「ダットサン・キャブライト コーチ」。左リアに日本初となるスライドドアを採用した4ナンバーライトバンのボディーを流用し、5ナンバー登録の9人乗りとした仕様で、1リッター直4 OHVエンジンを搭載。今日の「セレナ」の祖先と言っていいかもしれない。
1964年「ダットサン・キャブライト コーチ」。左リアに日本初となるスライドドアを採用した4ナンバーライトバンのボディーを流用し、5ナンバー登録の9人乗りとした仕様で、1リッター直4 OHVエンジンを搭載。今日の「セレナ」の祖先と言っていいかもしれない。拡大
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ワンボックス全盛時代

1966年には初代「マツダ・ボンゴ」が登場する。1950年に誕生した多目的ワンボックス車の元祖的存在である「フォルクスワーゲン・タイプ2」を参考にしたのは明らかで、エンジンは水冷直4ながらリアに搭載しており、4輪独立懸架を備えていた。トラック、ルートバン(パネルバン)、ライトバンのほか、ライトバンとボディーを共用する5ナンバーの乗用登録で8人乗りの「コーチ」も用意されていた。

そして翌1967年にはトヨタから初代「ハイエース」がデビュー。トヨタには1950年代から低価格を武器に小型トラックのベストセラーとなり、「トラックの国民車」と自称した「トヨエース」という小型キャブオーバートラックが存在した。前後リジッドアクスルだったそのトヨエースに対し、ハイエースはほぼ同じサイズながら前輪独立懸架を採用。バリエーションにはトラックもあったが主体はワンボックスのデリバリーバンで、それとボディーを共用する5ナンバーの乗用登録で9人の「ワゴン」も存在した。またホイールベースを延ばして12/15人乗りとした2ナンバー(小型バス)の「コミューター」も用意された。

それから1970年代にかけて、トヨタは大衆車の「パブリカ」をベースとする「ミニエース」、「カローラ」などのコンポーネンツを流用した「ライトエース」、それよりやや大きい「タウンエース」などをリリース。それらの「○○エース」には乗用登録のワゴンモデルがラインナップされていた。

いっぽう日産も先に紹介したキャブライトの後継となる「キャブスター」や「サニーキャブ/チェリーキャブ」、その後継の「サニーバネット/チェリーバネット/ダットサンバネット」、ハイエース級の「キャラバン/ホーミー」といったワンボックス商用車をそろえてトヨタに対抗。それらにも乗用登録の「コーチ」(日産はこの呼称を好んだ)が用意されていた。

1980年代に入ると、こうしたワンボックス商用車ベースのワゴンやコーチは、クルマとしての基本的な性能や機能とは関係ない、移動空間としての快適性やホスピタリティー重視の方向に向かっていく。具体的には豪華な内装、多彩なシートアレンジや凝ったサンルーフなどのアメニティー装備を競い合うようになっていったのだった。

初代「マツダ・ボンゴ」。手前が8人乗り5ナンバー登録の「コーチ」で、後方がベースとなった4ナンバーのライトバン。パワーユニットは1966年のデビュー当初は782ccの直4 OHVだったが、1968年のマイナーチェンジ以降のモデル(写真)では1リッターに増強された。
初代「マツダ・ボンゴ」。手前が8人乗り5ナンバー登録の「コーチ」で、後方がベースとなった4ナンバーのライトバン。パワーユニットは1966年のデビュー当初は782ccの直4 OHVだったが、1968年のマイナーチェンジ以降のモデル(写真)では1リッターに増強された。拡大
1967年「トヨタ・ハイエース ワゴン」。先に紹介した「ボンゴ」と同様、商用バンのボディーを流用した9人乗りの5ナンバー仕様。左リアドアはボンゴのスライド式に対して前ヒンジ式だった。エンジンは1.35リッター直4 OHV。
1967年「トヨタ・ハイエース ワゴン」。先に紹介した「ボンゴ」と同様、商用バンのボディーを流用した9人乗りの5ナンバー仕様。左リアドアはボンゴのスライド式に対して前ヒンジ式だった。エンジンは1.35リッター直4 OHV。拡大
1985年「トヨタ・タウンエース ワゴン ロイヤルラウンジ」。乗用版のトップグレードで、スカイライトルーフと呼ばれる透明ルーフのフロントおよびセンターはチルトアップでき、加えてセンターは着脱も可能。エンジンは1.8リッター直4 OHVまたは2リッター直4 SOHCディーゼルターボ。
1985年「トヨタ・タウンエース ワゴン ロイヤルラウンジ」。乗用版のトップグレードで、スカイライトルーフと呼ばれる透明ルーフのフロントおよびセンターはチルトアップでき、加えてセンターは着脱も可能。エンジンは1.8リッター直4 OHVまたは2リッター直4 SOHCディーゼルターボ。拡大
1984年「ダットサン・バネット コーチ2000SGXパノラマルーフ」。バネットは、チェリー/サニー/ダットサンの3ブランド(販売チャンネル)から販売された「トヨタ・ライトエース」の対抗馬。2リッター直4 SOHCエンジンを搭載。
1984年「ダットサン・バネット コーチ2000SGXパノラマルーフ」。バネットは、チェリー/サニー/ダットサンの3ブランド(販売チャンネル)から販売された「トヨタ・ライトエース」の対抗馬。2リッター直4 SOHCエンジンを搭載。拡大
回転対座シートは、1980年に「バネット」シリーズが日本で初めて採用した。これは1982年に「トヨタ・タウンエース」に対抗すべく追加された、バネットよりひとまわり大きい「バネット ラルゴ」シリーズの「グランドサルーン」のもの。
回転対座シートは、1980年に「バネット」シリーズが日本で初めて採用した。これは1982年に「トヨタ・タウンエース」に対抗すべく追加された、バネットよりひとまわり大きい「バネット ラルゴ」シリーズの「グランドサルーン」のもの。拡大

近代ミニバンのはじまり

1982年には、それまでのワンボックス商用車ベースとはまったく異るコンセプトを持つ、多人数乗車可能なモデルが日産から登場した。初代「プレーリー」である。前年に登場した1.6/1.8リッター級FFセダンの「バイオレット・リベルタ/オースターJX/スタンザFX」(T11)をベースにしたプラットフォームに、全高1600mmの1.5ボックス風のワゴンボディーを架装。3列シート仕様は7/8人が乗車可能だった。

ボディーは左右のリアドアがスライド式で、しかもBピラーがないため2/3列目シートへのアクセスが容易だった。ボディー剛性および側面衝突に対する要求が厳しくなかった当時だから可能なスタイルだったが、これは大きな特徴だった。このプレーリー、4ナンバー登録の商用バンも用意されてはいたが、前述したようにセダンをベースに当初から乗用車として開発された。その意味で今日の国産ミニバンの直接的なルーツといえるモデルであろう。

翌1983年には、似たようなコンセプトを持つ初代「三菱シャリオ」がデビュー。やはりFFセダンの「トレディア」をベースとしたシャシーに、プレーリーほど背は高くないがより長いホイールベースを持つ1.5ボックスのワゴンボディーを架装。ドアは通常の前ヒンジ式で、3列シートの6/7人乗りがラインナップされた。

ちなみにこれらとほぼ同時期の1983年秋、アメリカでは経営危機に瀕していたクライスラーから「プリマス・ボイジャー」と兄弟車の「ダッジ・キャラバン」がデビューしている。開発中だったコンパクト級のFFサルーンのプラットフォームに右側だけスライド式のリアドアを持つ変則4ドアの1.5ボックスボディーを載せ、3列シート仕様も用意されていた。大ヒットしてクライスラーを窮地から救い、その存在は「元祖ミニバン」として語り継がれている。

また欧州に目を向けると、1984年にルノーから初代「エスパス」が登場している。もともとはライバルのシムカ/タルボと提携していたマトラが開発した、プレーリーやクライスラーのミニバンよりさらにノーズが短いワンモーションフォルムのボディーを持つモデル。フランス語でスペースを意味する車名にふさわしい室内空間と多彩なシートアレンジを特徴としていた。

というわけで、1970年代からコンセプトカーやショーカーとして各国のモーターショーに出展されていたミニバン的なモデルが、1980年代前半になるとようやく市販車として、しかもちょっと大げさにいえば世界同時多発的に世に出たのだった。だが厳密にいうと、デビューに関してはプレーリーが一番手だったことは記しておくべきかもしれない。

1982年「日産プレーリー」。両側リアドアをスライド式とし、Bピラーもない「世界初のピラーレスフルオープンドア」と称する広大な開口面積を誇るボディーに3+3+2(コラムシフト仕様の場合)の3列シートを備えていた。当初のパワーユニットは1.5/1.8リッター直4 SOHCだった。
1982年「日産プレーリー」。両側リアドアをスライド式とし、Bピラーもない「世界初のピラーレスフルオープンドア」と称する広大な開口面積を誇るボディーに3+3+2(コラムシフト仕様の場合)の3列シートを備えていた。当初のパワーユニットは1.5/1.8リッター直4 SOHCだった。拡大
1983年「三菱シャリオ」。全高1525mmという立体駐車場に収まるボディーに、2+3+2または2+2+2の3列シートを備えた7/6人乗り。当初のエンジンは1.6/1.8リッター直4 SOHCだったが、後に1.8リッターターボや同ディーゼルターボなどが加えられた。
1983年「三菱シャリオ」。全高1525mmという立体駐車場に収まるボディーに、2+3+2または2+2+2の3列シートを備えた7/6人乗り。当初のエンジンは1.6/1.8リッター直4 SOHCだったが、後に1.8リッターターボや同ディーゼルターボなどが加えられた。拡大
1983年「ダッジ・キャラバン」。全長×全幅×全高=4468×1768×1631mmというサイズの、右(助手席)側にスライド式リアドアを備えたボディーに、3列シート仕様では2+2+3のシートレイアウトを持つ。当初のパワーユニットは2.2/2.6リッター直4 SOHCだった。
1983年「ダッジ・キャラバン」。全長×全幅×全高=4468×1768×1631mmというサイズの、右(助手席)側にスライド式リアドアを備えたボディーに、3列シート仕様では2+2+3のシートレイアウトを持つ。当初のパワーユニットは2.2/2.6リッター直4 SOHCだった。拡大
1984年「ルノー・エスパス」。スチールモノコックにFRP製パネルを張った、全長×全幅×全高=4250×1780×1660mmというサイズのボディーに、回転対座や一部は取り外しも可能な3列シートを備えた7人乗り。パワーユニットは2リッター直4 SOHCだった。
1984年「ルノー・エスパス」。スチールモノコックにFRP製パネルを張った、全長×全幅×全高=4250×1780×1660mmというサイズのボディーに、回転対座や一部は取り外しも可能な3列シートを備えた7人乗り。パワーユニットは2リッター直4 SOHCだった。拡大
ミニバン的なコンセプトカーの一例。1975年の東京モーターショーに出展された「トヨタ・マルチパーパスワゴンMP-1」。「クラウン」のフレームシャシーにスライド式の左リアドアを備えた全長4.8mの大柄なボディーを架装。室内には革張りの立派なシートが2列配置され、今日のVIP向けラウンジ仕様のようなコンセプトだった。
ミニバン的なコンセプトカーの一例。1975年の東京モーターショーに出展された「トヨタ・マルチパーパスワゴンMP-1」。「クラウン」のフレームシャシーにスライド式の左リアドアを備えた全長4.8mの大柄なボディーを架装。室内には革張りの立派なシートが2列配置され、今日のVIP向けラウンジ仕様のようなコンセプトだった。拡大

乗用車専用設計の時代へ

1990年代に入ると、乗用車として専用設計されたモデルが続々と登場する。トップを切って1990年初頭に発売されたのは、MPV(マルチパーパスビークル)というこの種のモデルの一般的な呼称を車名に冠してしまった初代「マツダMPV」。もともと対米輸出用として開発されただけに、「ルーチェ」用をベースとしたFRプラットフォームに載るボディーは全長は4.5m未満ながら全幅は1.8m以上というアメリカンなプロポーションを持っていた。

そのMPVに数カ月遅れてデビューしたのが初代「トヨタ・エスティマ」。こちらも北米市場をメインにトヨタの北米デザインスタジオが手がけた未来的なフォルムのボディーの床下にパワーユニットをミドシップし、優れたスペース効率と操縦性の両立を狙った画期的な設計だった。日本では全幅1800mmというサイズがネックとなったが、1992年にボディーを5ナンバーサイズに縮小した「エスティマ ルシーダ/エミーナ」が追加されると、こちらはヒットした。

そして1994年には、軽を除きワンボックス商用車を持たなかったためこの種の市場とは無縁だったホンダから初代「オデッセイ」が登場する。「アコード」のプラットフォームをベースに、同じくアコードの製造ラインで混流生産しなければならないというお家の事情から全高をライバル(たとえばエスティマ ルシーダ=1790mm)より100mm以上低い1645mm(2WD仕様)に抑えざるを得ず、ドアも通常の前ヒンジ式だったが、結果的にそれが吉と出た。セダンから乗り換えても違和感のない運転感覚が好評で大ヒットしたのだ。

これで勢いのついたホンダは、1996年に初代「ステップワゴン」を発売する。かつての軽商用バンである「ライフ ステップバン」を拡大したような、5ナンバーフルサイズに近い背の高いボクシーなボディーを載せたモデルだが、FFならではの低床設計によりウォークスルーも可能なクラス最大級の室内の広さが受けてこれまた大ヒット。ステップワゴンの成功を見て、衝突安全性の観点からキャブオーバーからセミキャブオーバー型にはなってはいたが、商用モデルを捨て切れずFR方式を守っていた「日産バネット セレナ(セレナ)」や「トヨタ・ライトエース/タウンエース ノア」といった同級の競合車種も、次世代モデルはFFプラットフォームを使った乗用車専用設計へと転換することになったのだった。

1990年「マツダMPV」。全長×全幅×全高=4465×1825×1745mmというワイドなプロポーションで、一般的な前ヒンジのドアを持つ5ドアボディーに3リッターV6 SOHCエンジンを積み、後輪を駆動する。後に2.5リッター直4 SOHCターボディーゼル搭載車も加えられた。
1990年「マツダMPV」。全長×全幅×全高=4465×1825×1745mmというワイドなプロポーションで、一般的な前ヒンジのドアを持つ5ドアボディーに3リッターV6 SOHCエンジンを積み、後輪を駆動する。後に2.5リッター直4 SOHCターボディーゼル搭載車も加えられた。拡大
1990年「トヨタ・エスティマ」。全長×全幅×全高=4750×1800×1760mmのワンモーションフォルムのボディー床下に2.4リッター直4 DOHCユニットをミドシップ。アンダーパワーという声が上がったものの、より大きなエンジンを積むスペースの余裕はなく、スーパーチャージャー仕様が追加された。
1990年「トヨタ・エスティマ」。全長×全幅×全高=4750×1800×1760mmのワンモーションフォルムのボディー床下に2.4リッター直4 DOHCユニットをミドシップ。アンダーパワーという声が上がったものの、より大きなエンジンを積むスペースの余裕はなく、スーパーチャージャー仕様が追加された。拡大
1994年「ホンダ・オデッセイ」。通常の5ドアボディーは全長×全幅×全高=4750×1770×1645mmというサイズ。当初のパワーユニットは2.2リッター直4 SOHCのみだったが、1997年に3リッターV6 SOHCが加えられた。
1994年「ホンダ・オデッセイ」。通常の5ドアボディーは全長×全幅×全高=4750×1770×1645mmというサイズ。当初のパワーユニットは2.2リッター直4 SOHCのみだったが、1997年に3リッターV6 SOHCが加えられた。拡大
1996年「ホンダ・ステップワゴン」。全長×全幅×全高=4605×1695×1830mmという高い車高と低床設計が特徴の箱型ボディーに2リッター直4 DOHCエンジンを搭載。ヒットして5ナンバーフルサイズミニバンの基準となった。
1996年「ホンダ・ステップワゴン」。全長×全幅×全高=4605×1695×1830mmという高い車高と低床設計が特徴の箱型ボディーに2リッター直4 DOHCエンジンを搭載。ヒットして5ナンバーフルサイズミニバンの基準となった。拡大

“キング・オブ・ミニバン”の覇権争い

そして1997年、日産から初代エルグランドが登場する。正確には当初はキャブオーバー型ワンボックスワゴンだった「キャラバン/ホーミー」の後継モデルということで「キャラバン エルグランド/ホーミー エルグランド」と名乗っていたが、双方は販売系列違いで相違点はエンブレムのみだった。

キャブオーバーから短いノーズにエンジンを収めたFRの乗用車専用設計となり、ウォークスルー可能なフラットフロアを実現。全長×全幅×全高=4740×1775×1940mmという堂々たるサイズのボディーを、3.3リッターV6または3.2リッター直4ディーゼルターボユニットで走らせた。

この初代エルグランドを、国産Lサイズミニバンのパイオニアと呼ぶことがある。だが実際には、トヨタの先に紹介したエスティマおよび「グランビア」が先行していた。とくに1995年に登場したグランビアは、FRレイアウトといい、ボディーサイズといい、エルグランドに近いモデルだったのだが、エスティマと旧来のキャブオーバー型ながら根強い支持のあったハイエースなどがそろったトヨタのラインナップでは地味な存在だった。

その市場に投入されたエルグランドは、当時日本でも妙に人気のあった米国製ミニバンの「シボレー・アストロ」にも通じる押し出しの強いスタイリング、豪華な内装とV6エンジン搭載の走りなどで人気を集め、後発ながらLクラスミニバンの代表格となったのだった。

そのエルグランドを追って、グランビアもV6エンジン搭載車や姉妹車の「グランドハイエース」を追加するなどしたが、セールスではエルグランドにはるかに及ばなかった。その状況にトヨタが甘んじているはずもなく、2002年にエルグランドがフルモデルチェンジして2代目になると、その翌日に新たに「アルファード」と名乗る後継モデルを発表。ここに“キング・オブ・ミニバン”の覇権争いが始まったのだった……。

これ以降のミニバン市場の流れについては、みなさんご存じ……でない場合はwebCGの過去記事を参照いただくとして、話を新型エルグランドに戻そう。Lクラス ミニバンの絶対王者であるアルファードと「ヴェルファイア」の牙城に、はたしてどこまで迫れるのだろうか? クルマとしてのミニバンには興味のない私だが、この話題は大いに気になるところだ。

(文=沼田 亨/写真=日産自動車、日野自動車、マツダ、トヨタ自動車、三菱自動車、ステランティス、ルノー、本田技研工業、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)

1997年に「最高級新世代1BOX」とうたって登場した「日産エルグランド」。サイズ、装備、性能などを総合して、キャッチフレーズのとおり、国産Lクラスミニバンのスタンダードを確立したモデルといえる。
1997年に「最高級新世代1BOX」とうたって登場した「日産エルグランド」。サイズ、装備、性能などを総合して、キャッチフレーズのとおり、国産Lクラスミニバンのスタンダードを確立したモデルといえる。拡大
7人乗り仕様「日産エルグランド」の、余裕のある室内。V6搭載車で265万5000円からという、先行していたトヨタの「エスティマ」や「グランビア」に比べ割安感がある価格設定もヒットの要因のひとつだった。
7人乗り仕様「日産エルグランド」の、余裕のある室内。V6搭載車で265万5000円からという、先行していたトヨタの「エスティマ」や「グランビア」に比べ割安感がある価格設定もヒットの要因のひとつだった。拡大
1995年「トヨタ・グランビア」。キャブオーバーの「ハイエース」に対してセミキャブオーバーとなり、短いノーズの下には2.7リッター直4 DOHCまたは3リッター直4 SOHCディーゼルターボユニットを収めていた。後に5ナンバーサイズに縮小した「ハイエース レジアス」や姉妹車の「グランドハイエース」なども登場した。
1995年「トヨタ・グランビア」。キャブオーバーの「ハイエース」に対してセミキャブオーバーとなり、短いノーズの下には2.7リッター直4 DOHCまたは3リッター直4 SOHCディーゼルターボユニットを収めていた。後に5ナンバーサイズに縮小した「ハイエース レジアス」や姉妹車の「グランドハイエース」なども登場した。拡大
「打倒エルグランド」を正面に掲げて2002年に登場した初代「トヨタ・アルファード」。FFプラットフォームを採用した乗用車専用設計となり、「ハイエース」系と決別。現行モデルは2023年デビューの4代目だが、姉妹車の「ヴェルファイア」と合わせてLクラスミニバン市場ではひとり勝ち状態が続いている。
「打倒エルグランド」を正面に掲げて2002年に登場した初代「トヨタ・アルファード」。FFプラットフォームを採用した乗用車専用設計となり、「ハイエース」系と決別。現行モデルは2023年デビューの4代目だが、姉妹車の「ヴェルファイア」と合わせてLクラスミニバン市場ではひとり勝ち状態が続いている。拡大
沼田 亨

沼田 亨

1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。

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