「フェラーリ12チリンドリ マヌアーレ」の“MTごっこ”は、スーパーカーの新スタンダードになるか?
2026.08.03 デイリーコラム「なんちゃって」にするしかない
マラネッロがV12をフロントに積んだ伝統のフラッグシップモデルに、その名も“マヌアーレ”というマニュアルでのシフト操作も可能なバージョンを用意した。長らくうわさされていた3ペダルモデルの“復活”である。
とはいえ、すべてのマニュアルギアボックス信者を満足させることは難しかったようだ。なぜなら実態は従来の8段DCTであり、クラッチペダルやHパターンシフトレバーもトランスミッションとはつながっておらず、バイワイヤで制御されているからである。変速時にシフトレバーへと伝わる荷重やシンクロ感覚、ギアのかみ合わせ、クラッチのつながりなどを電気的に再現するという。
本物の機械式マニュアルトランスミッションではなく、MT的な操作手法を再現したバイワイヤ式、ということで、マラネッロもDCTの利点をそのままに(もちろんオートマチックで走ることもできる!)、ギアレバーとクラッチバイワイヤを組み合わせ、アナログな操作フィールを再解釈するシステムだとアピールする。
どうしてそっくり“本物”のマニュアルトランスミッションにできなかったのか。まずは最新のV12エンジンによる強大な出力とトルクに耐える専用トランスミッションを新規に開発するコストが莫大(ばくだい)であることを挙げていいだろう。排ガスや燃費、耐久性の保証、安全制御まで考えると、一台数億円のハイパーカーならいざ知らず、いくらフェラーリといえどもシリーズモデルに搭載することは困難だった。
さらに現代のスーパーカー購入層の大半は、絶対的な性能はもちろんのこと、日常性や資産性を同時に求めるため、ピュアなMTという情緒的な価値づけにも限界があると判断されたのだろう。実際、12チリンドリのような800PS超級V12エンジンに対して、以前のような機械的なMTを新開発して組み合わせることは、車体側の大幅改修や耐久性、安全性の観点から現実的ではなかった。
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大切なのは“つながるよろこび”
3ペダルしか存在しなかったころのフェラーリをドライブする魅力とは、一体なんだったのか。“速い”ことでは決してなかった。
誤解を恐れずにいえば少々不完全でかつ面倒なパワートレインが、それでも主役であり、だからこそマシンのご機嫌も麗しく、さらに自らの操作がキマったときには、達成感にも似たうれしさが込み上げてきた。
例えば、古いキャブレター式V12フェラーリであれば、いい天候とほどよい湿度にも恵まれて、重めのクラッチを踏み、適切なギアを選び、回転を合わせ、レバーがきれいにゲートへと吸い込まれ、カキーンとHゲートパネルに当たる音が響く。そんな一連の儀式めいた操作が、エキゾーストノートやキャブレターの吸気音、ステアリングの重さ、シャシーの動き、今となっては緩めのボディー骨格と一体になって、フェラーリを“運転する”実感をつくっていた。
だから、もしマラネッロが今後、そんな不完全さまでもソフトウエアで再現することができるというのであれば……。技術的な期待は高まるばかりである。
3ペダルMTを欲しがっているのはフェラーリファンだけではない。MTへの需要は、ハイパフォーマンスカー界全体に共通する“失われた身体性”への反動だろう。事実、ゴードン・マレー氏率いるGMA(ゴードン・マレー・オートモーティブ)では3ペダルに対する顧客の要望が予想以上だったために、2ペダルを逆に諦めた。パガーニもまた2ペダルから3ペダルへと舵を切っている。
3ペダルMT復活には3つの道が用意されている。ひとつは、「ポルシェ911 GT3」のように比較的成立しやすい車両コンセプトと性能域のモデルで、機械的に本物のMTを残すという道。2つめは、フェラーリ12チリンドリ マヌアーレのように既存の2ペダルシステムをベースに、クラッチとシフトレバーを追加してアナログな操作感を提供する道。そして最後に、ケーニグセグが開発中という、9段ATと6段MTの切り替えが可能な全く新しいハイブリッドトランスミッションを開発する道だ。
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パワーより快楽をとるのもひとつの道
フェラーリ12チリンドリ マヌアーレのような仕組みは、むしろ今後のスーパーカーにおける“体験設計型の3ペダルMT”として、ひとつの価値を見いだすことだろう。たとえ機械的にはDCTであっても、ドライバーが失った操作のリズムや失敗の余地、うまく決まったときの快感を取り戻すことができるというのであれば、それは一定の価値を持つと思う。
問題があるとすれば、その再現の具合があまりに完璧かつ均一で、昔のフェラーリにあったクセや気難しさといった“味わい”には乏しい可能性があること、だろうか。昔のフェラーリの価値は、単に3ペダルだったことではなく、ドライバーが機械の操作に参加し、実際につながっているという濃密な関係性の感覚にこそあった。そこまで再現できてしまえるというのであれば、バイワイヤの3ペダルは単なる懐古趣味にとどまるのではなく、電動化・自動化時代におけるハイパフォーマンスカーに新たなドライビングプレジャーを付け加えることになるだろう。
と、模範的な回答を述べたところで、私のマラネッロに対する期待を記して本稿を締めくくりたい。ハイパワーな最新モデルへの機械的なマニュアルトランスミッションの搭載は、その情緒的な価値だけではコスト的に難しかった、と書いた。ならば逆手にとって、いっそ、エンジンパワートレインの“快感”だけを極めた、その代わり、最高出力や最大トルクといった性能スペックにこだわらない、つまりはスペックダウンをいとわない、新たな跳ね馬を開発してみてはどうだろうか? 例えば、3リッターV12エンジンの復活、などだ。パワー競争に終止符を打てるのはマラネッロしかないのだから。
でも、おそらくマラネッロは最新のV12に、ちゃんと機械式のマニュアルトランスミッションを組み合わせて、それをン億円級のハイパーカーとして提供する道を選ぶだろうなぁ。まだ見ぬ次世代「GTO」に期待したい。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=関 顕也)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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