第150回:噂の若手デザイナー、サーブの「古典」に挑戦
2010.07.10 マッキナ あらモーダ!第150回:噂の若手デザイナー、サーブの「古典」に挑戦
サーブの男
スウェーデンのサーブ・オートモビルズが2010年2月、オランダを本拠とするスパイカーカーズの傘下に入ったことは多くの人が知るとおりだ。
2009年半ばにGMがサーブ売却を決めたあと、一時はスウェーデンのケーニグセグ・オートモーティブが買収することで話がまとまりかけたが交渉が決裂、その末のことだった。
試しに今日、日本語のインターネットサイトで「サーブ」を検索すると、「テニスのサーブ」「卓球のサーブ」もたくさん引っかかってきてしまう。1980年代に高級輸入車の一例として頻繁に扱われた時代だったら、もっとクルマのサーブが引っかかっていたことだろうに。
実際サーブの2009年生産台数は、約2万1000台に過ぎなかった。「数が少ないからプレミアム」といえばそれまでだが、メルセデス・ベンツの78万4000台、BMWの87万7000台からすると見る影もない。
そのように前途不透明なサーブだが、最近それに関して話すときある男の姿が浮上するようになった。男の名は、ジェイソン・カストリオータという。
ピニンファリーナからベルトーネへ
ジェイソン・カストリオータは36歳。ニューヨーク生まれのイタリア系アメリカ人である。彼の経歴はなかなか面白い。まず映画製作で大学の学位を取得したのち、自動車デザイナーを志し、カリフォルニアのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに入学する。
在学中の2001年、大西洋を越えてイタリア・トリノのピニンファリーナにインターンとしてやってくる。そして、その歴史あるカロッツェリアで研さんを積む日々を送った。
メモ帳をひっくり返してみると、ボクが彼と初めて会ったのは2006年、パリ・シャンゼリゼを見下ろすルイ・ヴィトン本社だった。彼がデザインに関与したコンセプトカー「バードケージ75th」が、ルイ・ヴィトン主催のコンセプト・アワードを受賞したときである。
ピニンファリーナで彼は、「マセラティ・グラントゥーリズモ」「フェラーリ599GTB フィオラーノ」のデザイン開発にも関与した。
ところが次にボクが会ったとき、彼はもうピニンファリーナの人間ではなかった。2008年12月、スティーレ・ベルトーネ社からデザインディレクターの席をオファーされ、同社に移籍していたのだ。
カストリオータは、ベルトーネの伝統であるアグレッシブさを「コルベットZR1」ベースのスーパースポーツカー「マンティデ」で巧みに表現し、2009年上海ショーで発表した。ちなみにMantideとはイタリア語でカマキリの意味である。
数日後開催されたヴィラ・デステ・コンクールの会場にいたジェイソンに、「ピニンファリーナ同様、歴史的なカロッツェリアであるベルトーネで、重みを感じるか?」と問うと、彼は首をふって「自由な雰囲気が漂っている」と答えてくれた。
たしかに製造部門も含めれば従業員2000人級だったピニンファリーナからすれば、ベルトーネの組織はコンパクトで、スタッフと仕事をするにも、まるで身体の一部のような感覚であったに違いない。
いっぽう、グループとしてのベルトーネをみると、経営危機による混乱の極みにあったのも事実だった。なにしろ、マンティデが発表される直前、創業一族の中でもうひとつのR&D会社が設立されて「ふたつのベルトーネ」が誕生していたたくらいなのだ。
それでも約2カ月半後のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードでは、ジェイソンが「マンティデ」で華麗な走行シーンを見せてくれた。そしてボクに、「アメリカの愛好家から、この車に関心が寄せられていて、少数を製作する予定である」ことを自信満々に明かしてくれた。「マンティデ」をコンセプトカーと呼ばれるのを彼が好まなかったのは、そうした理由があったのだ。
だが彼を取り巻く状況は刻々と変化していった。わずか数カ月後、ジェイソンが在籍していたのとは別の「もうひとつのベルトーネ」が商標権や知的所有権を獲得し、ベルトーネグループは再編成されることになった。そうしたなかで、カストリオータはスティーレ・ベルトーネを去った。
お手並み拝見
その後ボクは、ジェイソンの消息がしばらくわからなくなってしまった。自らのデザインスタジオ「ジェイソン・カストリオータ・デザインズ」をニューヨークとトリノに設けていたことがわかったのは、今年初めのことだった。
なるほど、彼もいよいよ独立か。と思っていたら先日、冒頭の新生サーブが発表したニュースを見て驚いた。カストリオータをデザイン・ディレクターに抜てきしたというのだ。自らのスタジオも引き続き維持するとはいうものの、カストリオータは再び企業社会に身を置くことになった。
もはや会社員に戻れぬ怠惰な生活を送るボクには到底まねできない。そもそも「イタリアより寒そう」というだけの理由でドイツへ行くのさえ足が重くなるボクは、スウェーデンに生活拠点を変えるなど到底不可能だろう……おっと、くだらぬ話はこのくらいにしよう。
もっと興味深いのは、サーブ首脳がそれに前後して発言した内容だ。
「近い将来小型プレミアムモデルを発売する」というのである。
一説には、BMWから次期「MINI」のプラットフォーム供給を受け、戦争直後にルーツをさかのぼる伝説のモデル「92」のリバイバルをするという。
これがサーブにおけるジェイソンの初仕事になることは間違いない。カロッツェリアでコンセプトカーやエキゾティックカーを中心に手がけていた彼が、初めて自動車会社で本格的量産車に取り組む。それも、あまりに伝統的なモデルをベースに。
ジャズでいえば、フリージャズのプレイヤーが、いきなりクラシック音楽のモチーフを与えられてビッグバンドで演奏するといったところか。サーブをいかに魅力的によみがえらせるのか、ジェイソンのお手並み拝見といこうではないか。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=大矢アキオ、SAAB)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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