ポルシェ911ターボ(4WD/7AT)【試乗記】
最良の911ターボ 2010.04.28 試乗記 ポルシェ911ターボ(4WD/7AT)……2446万2000円
マイナーチェンジを経て500psの大台に乗った「ポルシェ911ターボ」。エンジンだけにとどまらないリファインの数々を、ワインディングロードで検証した。
一段高みへ
ポルシェが掲げる「最新モデルこそ最良モデル」という評価は、この「997型911」の場合にも当てはまる。現状に満足することなく、小規模であれ絶えず改良を続けていくことは技術者としての務めであるが、トップの座に甘んじることなく前進を続ける、そんなメーカーの姿勢は人気を維持している秘訣(ひけつ)でもある。そして実際に乗ってみれば、変更点として明記されていない部分もブラッシュアップされていることに気が付くのが常である。ポルシェの過去を振り返れば、「技術的な洗練こそが自動車の歴史的進化だ」ということの正当性が証明されることになる。
今度の「911ターボ」は、排気量を3.8リッターに拡大して、出力も480psから500psにアップしている。これまでの例では、ターボ過給の場合は、比較的少ない排気量に固執してきた。シリンダー個々のボアが小さくなればシリンダー壁は厚くなり、ストロークが小さければコンロッドは長くとれる。それが、信頼性を確保する常とう手段でもあったからだ。そのオキテを破ったことは、また一段階技術的な問題が解決された、ということになろう。
耐久性などに関する「本当のところ」は、実際に長期間試してみなければわからないが、過給圧のコントロールが巧みになったことは明らかだ。無造作にフルスロットルを与えても500psを瞬時に破壊力へと変えることなく、ジンワリと駆動力を増す、その加速感からもそのことはわかる。駆動力が4輪に分散される、4WDの駆動方式もそれを助ける。
性格に見合うギアボックス
また、ギアボックスが5段のティプトロニックから7段のPDKに変更されたこともニュースである。ターボのPDKは先に搭載された他モデルのものに比べ、つながりはスムーズになったし、ダウンさせる時の回転合わせも、クラッチミートのレスポンスも煮詰められた。ギアが多段化されて、それぞれの回転差が少なくなったことは歓迎すべき材料だ。また、停止状態からの発進が必ず1速から行われることも、右足の動きに対するレスポンスという意味で、ドライバーの期待に背かない。スッと出てくれると、ATといえども気持ちがいいものだ。1600kgの車重は、クルマの内容を考えると十分軽量ではあるが、絶対的には重いことに変わりはない。少し前、ダイムラー・ベンツ製のATを使っていた時代には2速発進のルーズな滑りを嫌って、わざわざ1速に落とすのが常だった。
ステアリングスポークの背面に備わる変速パドルは、片方の手でスイッチを上下し+−を行うスタイルが改められ、右手で+左手で−と、左右スイッチの役割を分担するよう改善された。パドルそのものについては、本当はコラム固定式のパドルのほうが使いやすいと思うが、パドルそのものが上下に長くなり操作可能な範囲が増えたことは歓迎できる。
もちろん、フロアのレバー操作も有効。左ハンドルでは、レバーを左の手元に引き寄せることでマニュアル操作のレーンに移行する。余談だが、同じようなデュアルクラッチ式トランスミッション「DSG」をもつ「フォルクスワーゲン・シロッコ」では+−のレーンをわざわざ遠い方に寄せている(=左ハンドルでは右に寄せる)。これも、MTモードを積極的に使うか、あまり使わず自動変速にまかせるのを優先するか、メーカーの考え方やクルマの性格を表していて、興味深い。
300km/hを見すえて
さて、その走りである。「997型」になってから途中で行われたサスペンションのジオメトリー変更で(いつごろからか車体ナンバーレベルで明言することはできないが)、ロールセンターをずーっと下げ、重心高との距離を大きくとることでロール角を少なくする処置を採ったが、反面では横方向の変移が大きくなって操舵(そうだ)角に対するヨーレスポンスを下げた。
それにより、実害とは言えない範囲ながら、ステアリング切りはじめの操舵角をスポーツカーにしては大きくとらなければならなくなった。それがハンドルと一緒に動くパドルの操作性にとってはマイナス要素だ。ただし、今回のマイナーチェンジでは、初期のものほど気にならない範囲にまで調整されたようだ。
とはいえ、このジオメトリー変更によって、キックバックやバンプステアに対しては大きく改善されており、このあたりの挙動のスムーズさはまた少し改善されたようで、洗練度を増している。また、ステアリングに関しても、先述のように切りはじめにピッと切れず、やや大きく切らなければならなくなったものの、ジムカーナ的な小業よりも、300km/hを超えるような超高速域での高速レーンチェンジなどを重視するならば、このくらいダルな方がむしろ高速操舵時の安心感につながると言える。
残る課題は乗り心地
リアアクスルのトルク配分を左右個別に制御して、ステアリングレスポンスと精度を最適化するというオプション「PTV(ポルシェトルクベクタリング)」については、限られた試乗での確認は難しく、効能のほどはよくわからなかった。
VCU(ビスカスカップリング)式のセンターデフを使っていた時代は、回転差のあるどちら側が速くなっても常につながっていることに変わりなかった(エンジンブレーキ時にも効果あり)。電子制御であれ何であれ、一方通行のオン/オフ式とは違うから、スロットルのオン/オフにまつわる挙動変化に対して、加減速を繰り返してもスムーズな挙動に終始した。だからベクトルの大小よりも、スムーズさという点で、VCUに勝るものはなく、個人的には今でもこの方式の信奉者である。
ことごとく洗練度を増してスムーズになった今度の「ポルシェ911ターボ」ではあるが、バンプステアやキックバックが軽減されたのであるから、今度は乗り心地の点でもう少し姿勢変化(ピッチングではなくバウンシング)を抑えてほしいところだ。超高性能車であることはもとより、2000万円クラスの買い物として考えると、そのあたりまで神経を遣ってしかるべきと思われる。この点ではまだフェラーリをしのぐまでには至っていない。
なお、今回の燃費は330km走った総平均で6.1km/リッターと、予想を上まわった。そのうち約半分は箱根周辺の峠道でターボの加速を味わった区間であるから、これは褒められてしかるべきだろう。ただし、その楽しみのためにも、燃料タンクの容量はもう少し欲しいところだ。
(文=笹目二朗/写真=荒川正幸)
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笹目 二朗
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