第38回:金塊を狙え! 大阪のイケメン強盗団が銀行を襲う − 『黄金を抱いて翔べ』
2012.10.29 読んでますカー、観てますカー第38回:金塊を狙え! 大阪のイケメン強盗団が銀行を襲う『黄金を抱いて翔べ』
高村薫はクルマ好き?
38回目にして、初めて日本映画を取り上げる。これまでも紹介したい気持ちはあったのだが、クルマが重要な役どころを持つ作品がなかなか見つからなかったのだ。いわゆるカーチェイスものだと、ハリウッドにはかなわない。公道で迫力あるシーンを撮影するのは、日本の撮影事情では難しいのだろう。アメリカ映画の『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』では、渋谷のスクランブル交差点でのドリフトシーンを撮るために、ロサンゼルスの街で撮影して渋谷の映像を合成するという方法をとっていた。
日本でも、昔は比較的自由にクルマの撮影ができた。1972年の『ヘアピン・サーカス』では、カメラを取り付けたクルマで首都高速を走りながら撮影していた。前のクルマをあおったり左から抜いたりという無法な運転を繰り返していて、明らかにゲリラ撮影だ。さらには深夜の街路で「トヨタ2000GT」と「マツダ・サバンナRX-3」がバトルを繰り広げるのだ。最後には、あろうことか2000GTはクラッシュして炎上する。今では到底不可能、というより、当時だって違法だったはずだ。
『黄金を抱いて翔べ』は、高村薫の小説が原作である。1990年に発表されたデビュー作で、第3回日本サスペンス大賞を受賞している。この作品には多くの具体的な車名が登場している。これは、わりと珍しいことなのだ。最近の小説では、“赤いクルマ”とか“白いミニバン”とかの曖昧な表現が多い。適切な車種を提示できるだけのクルマの知識がなければ、どうしてもこうなってしまう。どうやら高村氏は乗り物に造詣が深いらしく、クルマがたくさん出てくるだけでなく、鉄ちゃんが喜びそうな時刻表トリックも使っている。
原作は「ソアラ」、映画は「グロリア」
「車が一台現れた。ありふれたガンメタのクラウンだった」
「この野郎、ボルボの七四〇に乗ってやがるのさ。最新モデルだぜ」
「入り組んだ路地の府営住宅と、道端のベンツの共存は、真夜中には異様な光景に見えた」
小説では、こんな具合にいろいろなクルマが描かれる。ほかにも、「ライトエースのヴァン」「紺色のファミリア」などが顔を見せていた。突然謎の「アコード」が登場する場面が2回あって驚かされるのだが、それはご愛嬌(あいきょう)ということにしておこう。
舞台は大阪である。6人の男たちが、大胆な盗みを企てる。リーダーの北川を演じるのは浅野忠信で、主人公たるその友人の幸田が妻夫木聡だ。ほかの仲間は、溝端淳平、桐谷健太、東方神起のチャンミン、西田敏行だ。御大を除けば、とんでもないイケメン集団である。原作ではBL的展開が組み込まれていて、その向きのファンに大受けだったらしいが、映画では味が薄められている。やはり、妻夫木とチャンミンが露骨にからむのは、各方面への配慮から難しかったのだろう。
彼らが狙うのは、大銀行の地下にある金の延べ棒だ。盗みの手口はいささか乱暴で、近くの変電所を爆破して停電を起こして混乱させ、その隙に銀行の地下金庫を爆破して金を盗むという算段だ。まずは爆薬を手に入れなくてはならないということで、ダイナマイトの輸送車を襲う。トラックの前にクルマが回りこんでわざと横転し、停車したところで荷台から盗み出す計画だ。原作ではこのクルマが「トヨタ・ソアラ」だったのだが、映画では「日産グロリア」が使われていた。9代目のY33型だから、小説が書かれた時期にはまだ登場していないモデルである。
ハマーにとっては迷惑な話
映画の時代設定は、ぴったり現在になっている。テレビの画面にはマツコ・デラックスが映っているし、街の映画館で上映されているのは『エクスペンダブルズ2』なのだ。時代に合わせてクルマの選定を変えるのは当然だろう。北川が乗っていた「日産レパード」は登場しないし、「ボルボ740」はBMWに変更されている。
他の設定も一部変えられている。原作では彼らと対立する集団が暴走族だったが、映画では裏賭博場を仕切る闇の世界の男が敵となる。もう一つの対立集団が爆破テロをもくろむ左翼過激派という設定は、なぜかそのままだ。1990年ならともかく、2012年の物語としてはさすがにリアリティーを欠くかもしれない。
原作では車名は特定されていなかったが、「ハマーH3」が重要な役割を担って登場する。人をひき殺す凶器としての扱いだ。そういえば、『闇金ウシジマくん』では、山田孝之が「ハマーH2」で新井浩文を跳ね飛ばしていた。ゴツい印象のハマーだから、そういう場面で使いたくなるのだろう。クルマとしては迷惑な話だが、それだけ存在感があるということだ。
そんなわけで、今作でも残念ながら斬新なカーアクションは見られなかった。冒頭に書いたように、日本の撮影環境の中では限界がある。それでも、別のアプローチでクルマを魅力的に描く映画も現れている。『鍵泥棒のメソッド』では、「クライスラー300C」が主人公のキャラクターを表現する上でとても効果的に使われていた。『アウトレイジ ビヨンド』は、前作に引き続いて黒いクルマの撮影法が出色の出来だった。「トヨタ・クラウン」や「日産フーガ」の黒い車列が映し出されるだけで、まがまがしい空気が満ちてくる。アクションにこだわるのでなければ、いくらでも方法はある。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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