メルセデス・ベンツE63 AMG(FR/7AT)【試乗記】
サーキットに誘う“曲線番長” 2012.01.22 試乗記 メルセデス・ベンツE63 AMG(FR/7AT)……1733万円
AMGもダウンサイジングの時代。排気量を6.2リッターから5.5リッターに落とした「E63 AMG」だが、その迫力にかげりなし。ドライバーをサーキットに誘う、鋭いフットワークすら身につけていた。
さらなるチューンで557psへ
「へっぴり腰の運転というものがあるなら……」と、3本スポークのステアリングホイールを握りながら苦笑いした。「まさに、今がそうだ」。
山梨県の山道で、「メルセデス・ベンツE63 AMG」を走らせている。朝方の雪が残っているのだろう、路面はうっすらと白い。ところどころ白さを増すかと思うと、場所によってはアスファルトの黒さを透かしながらキラキラと光っている。凍っているのだ。
メルセデス・ベンツE63 AMGは、スリーポインテッドスターの骨格モデルともいえるEクラスに、ツインターボの5.5リッターV8を詰め込んだモンスターセダンである。試乗車は、「キュープライトブラウン」という豪華に渋い色に塗られていた。幸か不幸か「AMGパフォーマンスパッケージ」を装着している。ノーマルでも、最高出力524ps/5250-5750rpm、最大トルク71.4kgm/1750-5000rpmというアウトプットを溢(あふ)れ出させるのに、アディショナルなチューンによって、8気筒エンジンのスペックは、さらに33psと10.2kgm大きな557psと81.6kgmに向上している。
ちなみに、「AMGパフォーマンスパッケージ」のお値段は、105万円。軽自動車が1台買える値段だが、1495万円を「ポン!」と払ってハイパフォーマンスメルセデスを求めるユーザーにとっては、「せっかくだから」と財布のヒモを緩めたくなるオプションの筆頭だろう。
専用デザインの19インチホイール、赤くペイントされた前後ブレーキキャリパー、カーボンのトランクリッドスポイラーリップが、パフォーマンスパッケージ装着車の証し。「ターボチューンだから、出力を上げるのはそれほど難しいことではないのでは……」と斜に構えるクルマ好きがいるかもしれないが、手を入れられるのはエンジンだけではない。サスペンションにも特別なセッティングが施され、デファレンシャルにはリミテッドスリップデフが組み込まれる。本格的なスポーツチューンなのだ。
さらに「見た目、もっと派手な装備はないの?」というコアなファンのためには、「AMGカーボンエクステリアパッケージ」が用意される。しかし、「ノーマルEクラスとの差別化」という目的のためなら、そこまで装着する必要はないだろう。
かたや若々しさ、こなた豪快さ
なぜなら、メルセデス・ベンツE63 AMGは外観の押し出しのみならず、走らせてもノーマルEクラスとの違いを明確に見せつけるからだ。アクセルペダルを踏みつけて疾走させれば、フォーカムヘッドを持つV8ツインターボと4本出しマフラーから吐き出されるサウンドが野太く絡まって周囲にまき散らされ、道ばたの傍観者に無類の存在感を示すことになる。
北米市場では、姿かたちはまるで異なるけれど、E63 AMGに、アメリカンV8を積んだかつてのマッスルカーの姿を投影するオーナーがいるかもしれない。欧州では、第2次世界大戦前、国威発揚の任を担って他国のレーシングマシンを蹴散らしたシルバーアローを連想するエンスージアストがいるに違いない。ガッシリしたボディー。大地を踏みしだくかの重厚な乗り心地。疾風怒濤(どとう)の加速力。実際にステアリングホイールを握ってドライブすると、善しあしは別にして、ドライバーに威圧的な優越感を抱かせるクルマである。
まったく同じ1495万円のプライスタグを付ける「BMW M5」と比較すると、先方は同じ過給器付きV型8気筒ながら、排気量は一回り小さい4.4リッター(560ps、69.3kgm)。「少ない排気量で同等の性能を」という、バイエルン発動機のプライドからだろう。M5でAMGと同じ走りをしようとすると、いきおいエンジンを回しがちになり、そこがある種の若々しさにつながるわけだ。豪快だけれど、普段は鷹揚(おうよう)なAMG。好き嫌いが分かれるところである。
……といっても、日本の公道上では、どちらも同じ、圧倒的なハイパフォーマンスセダンである。そのポテンシャルを堪能するのは難しかろう。
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“曲がり”も楽しくなった
「AMGのオーナー? サーキットで楽しむような方ですね」と、メルセデス・ベンツ日本の広報担当者。サーキット?
「たしかに、以前は“直線番長”なところがあったかもしれません。しかしC63 AMGが投入されてから、『“曲がり”も楽しい』という評価がいただけるようになってきました」と言葉を続けた。
ちなみにC63は、エンジンラインナップ上では少し古い6.2リッターV8を使っている。現在、新世代の5.5リッターツインターボが、Sクラス「S63 AMG」からEクラス「E63 AMG」に降りてきたところだ。従来の8気筒よりキャパシティーを落とし、けれどもターボと直噴テクノロジーを組み合わせることで、出力と燃費、双方の向上を果たしたとされる、メルセデス自慢のパワーユニットだ。E63 AMGのカタログ燃費は、8.4km/リッター(JC08モード)。おもしろいことにAMGパフォーマンスパッケージを装着した方が、8.9km/リッターと燃費がよくなる。太いトルクが奏功するためか。
「“曲がり”が楽しい」という広報担当者の説明は、E63 AMGにも当てはまる。2トン級の車重ゆえ、カーブでちょっと頑張ると、アゴを出してアンダーステアを露呈するかと思いきや、1950kgの車重をものともせず、ステアリング操作に違(たが)わずノーズの向きを変える。あたかもレールに載っているかのようにスムーズに。余裕を持って連続するタイトカーブをこなしていく。
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外は寒いけれど、太陽があたっている斜面はよく乾いている。思いのほか山道が楽しい。「山頂そばの駐車場でUターンを」と思ったが、「もう一走り……」と欲を出したのが間違いだった。北向きの斜面では、路面ににわかに白いものが目立ち始め、「早くUターンを」と気は焦るが、前方には狭い道がうねうねと続くばかり。やむを得ず下り続け、ということは、再び雪交じりの道を上らなければならないわけで、距離をかさねるのに比例して、気分が重くなっていく。いかなメルセデスのハイパフォーマンスセダンといえども、ゆるゆると、おっかなびっくり進むばかり。
(文=青木禎之/写真=峰昌宏)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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