アストン・マーティン DBS(FR/6MT)【海外試乗記(後編)】
ヒーローの条件(後編) 2008.04.30 試乗記 アストン・マーティン DBS(FR/6MT)アルミとカーボンの工芸品と、それを始動させるための宝石のようなキー。ベースモデルのおよそ1.7倍というプライスタグに、『CG』高平高輝は納得せざるを得なかった。
『CG』2008年1月号から転載。
アルミとカーボンの工芸品
ヴァンキッシュSよりピークパワーがやや低いにもかかわらず、DBSが最速のアストン・マーティンを名乗るのはそのボディに理由がある。ベースとなったDB9もアストン・マーティン自慢の接着式アルミ・スペースフレームのVHプラットフォームを採用し、ボディパネルもアルミと樹脂材だから決して重い車とは言えないが、DBSは彼らが伝統的に得意としてきた軽量化をさらに追求している。
DBSのボディパネルは、アルミ製のルーフとドアを除いてDB9とは異なる専用部品であり、ボンネットとフロントフェンダー、トランクリッドはカーボンファイバー製に換えられている。それ以外にも、ドア内側上部のトリムやドアハンドル、ミラーステーなどにもカーボン・パーツを多用、しかもボンネットは特殊な樹脂を何層にも塗装して金属と変わらない品質を確保したほか、カーボンファイバーを剥き出しに使う部分も繊維の織り目を入念に揃えるといった配慮がなされている。さらに標準装備されたカーボンセラミック・ブレーキはそれだけで20kgの軽量化につながっているという。
その結果、DBSの車重はDB9よりおよそ70kg、ヴァンキッシュSに比べると180kg軽い1695kgに留まっている。そのおかげで0−100km/h加速のメーカー値は4.3秒、最高速は307km/hという。ヴァンキッシュSに最高速(321km/h)は一歩譲るが、加速データ(4.8秒)では明確な差をつけている。
ちなみにVHプラットフォームは“Vertical”と“Horizontal”それぞれの頭文字だが、改めてその意味を説明しておくと、VもHも車のメカニズムに由来する名称ではなく、縦展開および横展開して活用できるプラットフォームの意だという。つまり、アストン・マーティンの各モデル間にも、フォードPAGの他のブランドにもそのテクノロジーを活かすことを考えたネーミングである。もっとも、アストン・マーティンだけがその高度なシャシーを使用しているうちにフォード・グループを離れることになったのはいかにも皮肉である。
なおDBSのボディサイズは4721×1905×1280mm、ホイールベースは2740mmと、若干拡大されたトレッドと20インチ・タイアのために全幅が30mm増えたこと以外はDB9と事実上同一である。
嫌でもその気に
1700kg足らずの車重に500psオーバーのパワー、さらに2000rpmですでに500Nmほどの大トルクを生み出すからには、一般路上で不足を感じるわけがない。フランス南部ミディ・ピレネー地方ロット県の県都カオール近くの古城ホテルから試乗コースに乗り出した途端、冷えた路面で295/30ZR20のピレリPゼロ(前輪は245/35ZR20)がズルッと滑り、6リッターV12の強力さを慌てて胸に刻み込んだ。
これだけのトルクがあればシフトをさぼってもまったく問題ないが、試しに床までスロットルペダルを踏んでみれば、6750rpmのレブリミットまではあっという間だ。しかもエグゾーストのフラップが開く4500rpm辺りから上では獰猛さを増す排気音が嫌でもその気にさせる。
ポリッシュ・アルミのシフトレバーはストロークはやや長いものの、V8ヴァンテージなどより軽く正確に操作できる。ただし、高いセンタートンネルから生えているせいで人によってはシフトの際に肘が邪魔になるかもしれない。
乗り心地はDB9よりも明らかに引き締まっている。簡単に言えばDB9よりスポーティな方向へ振られており、同時にヴァンキッシュより洗練されている。DBSのサスペンションは前後ダブルウィッシュボーンだが、5モードを持つビルシュタインのアダプティブ・ダンパーが備わる点が新しい。もちろん運転状況に応じて自動的に切り替わるほか、マニュアルでも選択可能だが、ノーマルモードだと路面によってはやや上下動が残るので、どちらかといえば常にハード・モードを選んだほうがいいかもしれない。
ハンドリングについてもひと言で言ってよりダイレクトだ。とりわけ、DB9の場合は操作に一瞬遅れて姿勢変化が起こる高速でのコーナリングの際に、DBSはきわめて安定した挙動を示す点が印象的だった。聞けば、リアのサブフレームはDB9がラバーを介した4点マウントであるのに対して、DBSは6点リジッド・マウントに変更されているという。
ハイスピード・コーナリングでフワつかず、ドッシリと腰を据えた姿勢を示すのはその効果に違いない。また、これ見よがしなスポイラーなどを持たないにもかかわらず、高速域でのスタビリティも模範的だ。アンダーフロアをきちんとフラットに整えているだけでなく、リアエンド下にはカーボンファイバー一体成形のディフューザーも取り付けられており、リフトをほとんどゼロに抑えてあるのだという。
紳士というよりアスリート
昼食場所のレストランに着く頃には、走り出す前にはやや装飾的に感じられたフロントのリップやディフューザーが逆に頼もしく思えてきた。サザンプトン大学の風洞を使ってエアロダイナミクスを磨いた効果が現われているのだろう。なるほど、ライヒマンが「エクステリアにもインテリアにも理由のないギミックの類は一切ない」と言うわけである。
彼によれば、DBSのイメージは「ディナースーツを着たタフガイ」というものらしい。その場合、ディナースーツは、高い運動能力を連想させる引き締まった筋肉がスーツの上からでも見て取れるように、ピッタリと体型に合っていなければならないのはもちろんだ。
フロントが398mm径のCCM(カーボン・セラミック・マトリックス)ディスクに6ピストン・キャリパー、リアが同じく360mm径ディスクに4ピストンというブレーキは、なぜか踏み始めのタッチこそポルシェなどに比べて少々ソフトだが、絶対的な制動能力は当たり前だが抜群だった。
アストン・マーティンが自動車界で今もっともクールなブランドであることに異論はないと思う。ヴァンキッシュに代わる最高性能モデルのDBSも、それに相応しい精悍さと艶かしさを備えている。だが、見栄えばかりに気を遣うメトロセクシャルな紳士は早晩、浅い底が透けて見えてしまう。クラッと惹きつけられるような官能的な魅力も、必要な時に揮える驚くほどの腕力も、本当のタフさと優しさを内側に秘めていなければ、品格の一線を越えてしまうだろう。
もともとエンジニア出身のドクター・ベッツ率いるアストン・マーティンは、そのバランスを見事に自家薬籠中のものとしているのではないか。トレンドを意識はしても節を折らない。時流に即したまっとうで高度なエンジニアリングと、自分たちの魅力を知り尽くしたブランド・マーケティングの両立はもはや確信犯的だ。そうである限り、甦ったヒーローは不死身である。
(文=高平高輝/写真=アストン・マーティン/『CG』2008年1月号)

高平 高輝
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