第92回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その4:小さな山に異なる植物分布(矢貫隆)
2007.05.11
クルマで登山
第92回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機その4:小さな山に異なる植物分布
なぜブナが芽吹いたか
何年か前、1号路を歩いたことがある。
途中まで舗装された登り勾配の道を20分も歩くと稜線にでて、樹林の間から、ときおり右下に細長く家々が連なる裏高尾の町と、その向こう側を通る中央道を眺めることができる。それが1号路。登るのが楽な道だ。
この道をのんびり歩いてケーブルカーの終点「高尾山駅」の近くまでやってくると、建ち並ぶブナの大木に気づくはずだ。その辺りの標高はおよそ400メートルである。
「そんな所にブナって、珍しい。本来なら標高800メートルから1600メートルくらいの場所に生育するはずでしょう。しかも日本海側の多雪地帯に」
僕も不思議に思って、僕の山の先生である小泉武栄教授(東京学芸大学、自然地理学)に聞いたことがある。
「200〜300年ほど前の小氷期と呼ばれる気候が寒冷な時期に太平洋側の山地でも冬の積雪が増加し、一時的に日本海側のような気候になった。そのためにブナが発芽できたのではないか」
というのが有力な説らしい。
温暖帯と冷温帯
登り勾配が一段落した道を進むと売店などがあって、その道沿いに樹齢400年とも500年とも言われる杉の巨木が現れる。高尾山の象徴のひとつと言っていい蛸杉である。
この巨木ぶりにはびっくりだ。
そこから先は1号路を離れ、山を巻くようにして通る4号路を歩いた。
周囲の雰囲気が一変する。
ブナと同様、本来ならもっと標高の高い場所に生育するイヌブナやカエデ類の、それこそ様々な種類の落葉広葉樹林がそこには広がっているのだ。ケーブルカー駅の近くを周回する2号路はカシ類の常緑広葉樹林で占められているという。
これらの植物分布の様子を眺めながら歩いてみると、高尾山には、稜線を挟んで温暖帯に生育する常緑の広葉樹林と、冷温帯に生育する落葉広葉樹林がひとつの小さな山に分布しているという珍しい事実がわかってくるのである。
「深いですねぇ、高尾山。これは確かに『奇跡の山』ですよ」
(つづく)
(文=矢貫隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
-
最終回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その10:山に教わったこと(矢貫隆) 2007.6.1 自動車で通り過ぎて行くだけではわからない事実が山にはある。もちろんその事実は、ただ単に山に登ってきれいな景色を見ているだけではわからない。考えながら山に登ると、いろいろなことが見えてきて、山には教わることがたくさんあった。 -
第97回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その9:圏央道は必要なのか?(矢貫隆) 2007.5.28 摺差あたりの旧甲州街道を歩いてみると、頭上にいきなり巨大なジャンクションが姿を現す。不気味な光景だ。街道沿いには「高尾山死守」の看板が立ち、その横には、高尾山に向かって圏央道を建設するための仮の橋脚が建ち始めていた。 -
第95回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その7:高尾山の自然を守る市民の会(矢貫隆) 2007.5.21 「昔は静かな暮らしをしていたわけですが、この町の背後を中央線が通るようになり、やがて中央道も開通した。のどかな隠れ里のように見えて、実は大気汚染や騒音に苦しめられているんです。そして今度は圏央道」 -
第94回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その6:取り返しのつかない大きなダメージ(矢貫隆) 2007.5.18 圏央道建設のため、「奇跡の山」高尾山にトンネルを掘るというが、それは法隆寺の庭を貫いて道路をつくるようなものではないか。
-
NEW
なぜ給油口の位置は統一されていないのか?
2025.10.14あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマの給油口の位置は、車種によって車体の左側だったり右側だったりする。なぜ向きや場所が統一されていないのか、それで設計上は問題ないのか? トヨタでさまざまなクルマの開発にたずさわってきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】
2025.10.14試乗記2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。 -
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。