ボルボS80 3.2(FF/6AT)/V8 AWD(4WD/6AT)【短評(後編)】
プレミアムもスポーティも北欧流(後編) 2007.01.11 試乗記 ボルボS80 3.2(FF/6AT)/V8 AWD(4WD/6AT)……640.0万円/844.0万円
フルモデルチェンジされたボルボのフラッグシップ「S80」は、スカンジナビアデザインをさらに強調した内外装を得た。新開発のV8エンジンによる動力性能の強化が、もうひとつの大きな期待点である。
軽やかなエンジン、でもスポーティさは……
(前編より)長崎には、海と山しかない。平地というものが極端に少なくて、斜面の交差する線と海の縁を道が通っていくばかりだ。試乗のステージとなった大村湾は外海への出口に橋が架かっていて、佐賀方面に抜けるクルマが集中するから流れが悪くなる。せっかくのV8の実力を測るには、少々キビシい条件なのだった。それでも、V8の勇ましい音と迫力のある加速は、アクセルペダルを少し踏み込んだだけで味わえる。
ドロドロと細かくうなるような音がスッーと高まっていき、何やら金属が擦れ合うようなウィーンという高周波まで交じってくるのだ。快音ではあるが、ボルボに乗っているという頭があるから、つい違和感を持ってしまう。
スポーツモデルということではこれまでも「Rシリーズ」があったのだが、ずいぶん感触は違っていた。エンジンが素早く回転を増していき、それにつれて滑らかにパワーが盛り上がっていく様は、Rシリーズの2.5リッターターボのもたらす力感とは違って軽やかさが前面に出ている感じだ。
動力性能としては、1880キロのボディには十分なものだ。2.2トンの「XC90」でも強力な加速が得られていたのだから、当然である。アップダウンの多い長崎の道を、力強く駆け抜けていく。先代の4段から一気に6段に進化したギアトロニック仕様のトランスミッションも、滑らかな変速動作で心地よい。速さもあるし、エンジンのフィールも悪くない……しかし、なぜか一向にスポーティな気分に浸れないのはなぜだろう。どうやら、エンジン以外の部分がいかにも今までのボルボ然としていて、どことなくギャップを感じてしまうのだ。どっしりと安定したハンドリングは安心感をもたらすが、爽快さとはあまり縁がなさそうだ。コーナーを次々にクリアしていくことに歓びを感じる、という場面は訪れない。
アラーム音に驚かされる
定評のあるアクティブシャシー「FOUR-C」がS80には搭載されており、トラクションコントロール、エンジンマネージメントと統合制御することで安定した走りを実現していると謳われる。Rシリーズ以外では初めて「ADVANCED」モードがもうけられ、「SPORT」「COMFORT」と合わせて3つの特性をスイッチひとつで選ぶことができる。
ただやはり「ADVANCED」では快適とは言いがたい乗り心地となる。路面状況やクルマの状態が変化すれば自動的に最適な状態にスイッチしてくれるのだから、普段は「COMFORT」にしておくのが無難だろう。デキのいいシートと相まって、乗員に快適さを提供してくれる。
運転中、何度か「追突警告機能」が作動して、アラーム音に驚かされるケースがあった。それほど危険な運転をしたつもりはないのだが、ボルボの基準では警告を発すべき状態だったのかもしれない。
また、このグレードにはBLIS(ブラインドスポット・インフォメーション・システム)と名付けられた車線変更支援システムがあり、車線変更をしようとするとドアミラー近くの警告灯が点滅して、死角にクルマがいることを知らせてくれた。ミラーに仕込まれたカメラで、他車の位置を確認しているというわけだ。人間の能力を過大視しない姿勢は、ここにも表れている。
「S80 3.2」は、3.2リッターの直6エンジンを搭載している。こちらはAWDではなく、駆動方式はFFとなっている。この下に575万円というプライスタグをつけたエントリーモデルがあるが、アダプティブ・クルーズコントロールやアクティブ・バイ・キセノンヘッドライトなどの装備を加えたのがこのグレードである。
V8に比べればパワーは劣るものの、先代の2.9リッターが196psだったことを考えれば、238psのアウトプットは十分強力だ。驚くべきは、これが新たに開発されたエンジンであるということだ。今どき直列6気筒エンジンを新たに作ったりするのは、BMWとボルボだけなのである。
FF+エンジン横置きの意味
ただ、エンジンの設計思想はまるで違っていて、ボルボの場合もっとも重視されたのはコンパクトさである。V5エンジンと比べてわずか3ミリしか長くなっていないというから、横置きにしてエンジンルームに楽々収まる。縦置きFRが前提のBMWとは、まるで別のアプローチなのだ。V8にしても同じ発想で、コンパクトにして横置きにすることがまず求められているのである。
ボルボの全モデルがFFベースのエンジン横置きを採用しているのには理由があって、これが衝突時のクラッシャブルゾーンを確保し、効率的にショックを吸収するために有利な仕組みだという考え方によっているのだ。
直6エンジン搭載モデルも、その走りはスポーティという言葉がストレートに当てはまるものではなかった。それでも、ボルボも以前のもっさりしたイメージからすると、相当に鍛えられた運動性能を手に入れたと思う。それが「他のプレミアムカーに追いついた」とまでは言えないものであっても、決してこのクルマの価値が下がるものではないと思う。エンジンの開発思想に集中的に表れているように、何よりも安全を重視するのがボルボであるからだ。
走りの俊敏さや内外装の豪華さに基準を置いてこのクルマを批判するのは、ほとんど意味がない。これは、そのようなクルマとは明らかに違う考え方で作られているのだ。ボンネットとフロントスポイラーの構造が歩行者安全を考え抜かれたものであったり、シート全体で衝撃を受け止める構造を採用していたり、さまざまな部分でボルボの安全思想が貫かれているのである。この姿勢が、ボルボにとって何よりも重要だ。「ドイツメーカーとは明らかに異なるアプローチ」をしている、との説明は、このクルマの最も大きな価値なのだと思う。
(文=別冊単行本編集室・鈴木真人/写真=高橋信宏/2007年1月)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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