メルセデス・ベンツS600 ロング(FR/5AT)【試乗記】
満足感という性能 2006.09.29 試乗記 メルセデス・ベンツS600 ロング(FR/5AT) ……2028万6000円 「メルセデス・ベンツ」新型Sクラスの最高峰に位置するのが、「S600 ロング」である。5.5リッターツインターボを心臓に据えたラクシュリーカーがもたらす快楽とは、パワーや価格などの数値とは違う次元のものだった。標準装備で至れり尽くせり
「高いクルマに乗っている」という実感、満足感。「S600 ロング」と数日を過ごして、カラダ全体に, 幸福と豊かさの気分が満ちてきた。動力性能とかスタイルとかを云々する前に、有無を言わせぬ存在感に気合い負けする。メルセデス・ベンツのフラッグシップたるSクラスのいちばん大きなエンジンを積んだモデルで、しかもロングバージョンである(というか、S600にはロングしかない)。一応別ブランドである「マイバッハ」と「AMG」モデルを除けば、まぎれもない最高峰なのだから、当然なのではあるが。
harman/kardonサウンドシステムにナイトビューアシスト、スライディングルーフ、電動ブラインドと至れり尽くせりなので、オプションてんこ盛りかと思ったらさにあらず、ほとんどが標準装備である。細かい装備の選択でオーナーを煩わすクルマではないのだ。機能面のオプションは先行車との間隔を自動で維持する「ディストロニック」だけで、もうひとつは内外装の豪華仕様である。室内のところどころに“designo”と誇らしげに記されたプレートが張り付けられていて、これが「デジーノV12エクスクルーシブ」をまとったモデルであることを主張する。これはそもそも「AMGカスタムオーダープラン」として提供されているもので、105万円のパッケージオプションとなっている。
ロングバージョンであるから、優先して手厚い配慮がなされるのは後席である。ロングホイールベースを利しての広大な空間にものをいわせ、足を組んだところで余裕は余りある。マルチコントロールシートバックも用意されて、背もたれのサポート調整が可能だ。左右とリアのブラインドを操作できるのは、後席のドアに備えられたスイッチである。とはいえ、シートベンチレーターやマッサージ機能が前席にもあって、運転者もそれなりの待遇を与えられるのだ。
使いやすいCOMANDシステム
実際、運転席に座ってみると、すこぶる気分がいい。新型になってATのセレクターがステアリングコラムに移されたインストゥルメントパネルはボリューム感のあるゆるやかな曲面で構成され、「いいモノ感」が横溢している。上質なレザーとウッドの醸し出す気品を間近に感じられるという意味では、後席に勝るポジションなのだ。夜になると、アンビエントライトが妖しく放つ光に囲まれ、妙な気分になる。ついでにナイトビューアシストを起動させると、さらに浮世離れした雰囲気に包まれる。スピードメーターの位置に現れたクリアなモノクロ画像は、フロントガラスを通して見える風景とは別物のバーチャル感を醸し出すのだ。
セレクターレバーが消えた後の場所には、COMANDシステム(Cockpit Management and Data System)のコントローラーが収まる。手前にフタ付きのテンキーボードがあるので邪魔になりそうだが、これがちょうどいいアームパッドになって操作しやすい。BMW7シリーズに始まるこの手の集中操作方式もずいぶんこなれてきて、取説をまったく見ることなしに一通りの扱いはできた。センターのモニターの下に整然とスイッチ類が並んでいて、こちらを使ってもある程度のコントロールができるという、融通の利くところがありがたい。
エンジンを始動させてもほとんど振動も音も室内には感じられないが、発進させるときにはジェントルさを忘れてはいけない。普段乗っているクルマのつもりでアクセルを踏んだら、後席からすかさず文句がきた。せっかくシートをリクライニングさせてゆったりくつろいでいるところを、無粋な動きで脅かすのは控えるべきだった。もちろん、重みのあるペダルにあわせてじんわりと踏み込めば、スムーズに滑るようにゆるゆると動き出す。そのまま右足を置いておくだけで、2トン超の巨体はツインターボの恩恵を受けないままスルスルと速度を増していく。変速を司るのは最新の7G-TRONICではなく旧来の5段ATなのだが、トランスミッションの存在などすぐに忘れてしまった。
二様の楽しみを実現させる
ABC(アクティブ・ボディ・コントロール)によって制御されるサスペンションは、運転者を弛緩させるようなアメニティをもたらしはしない。ロープロファイルのタイヤ(前:255/45、後:275/45、いずれもR18)が伝える路面の情報を遮断することなく、正直に感知させる。やはり、うならされるのは高速域での振る舞いだ。重厚さを保ちながら軽快に身をこなし、安定感はスピードを増すほどに高まっていく。わずかにステアリングを切り込むだけで、ボディサイズも重量も無関係といった身振りでスッとノーズの向きを変えていく気持ちよさはこの上ないものだ。このクルマの真価を味わうには、日本の環境では少々の無茶を必要とするのかもしれない。
運転席の快楽は十分に味わったから、後席にも陣どってみた。適度にリクライニングさせたシートに体をゆだね、むやみにマッサージ機能を試してみる。ブラインドをすべて上げて外界との接触を最小化し、上質な空間の中にくるまれた状態を楽しんだ。運転席とは違い、路面の情報など必要としないから、ゆったりした動きがひたすら心地よいだけだ。存分に弛緩して、スピードなど感じられなくなってくる。これも、別種の快楽である。
二様の楽しみを実現させてくれるのが、このクルマである。運転席でも後席でも、繰り返すが、「高いクルマに乗っている」という満足感、そして幸福感を味わうことができる。2000万円もするのだから当然のこと、と切り捨てるのは野暮な話だ。価格の問題ではないのだ。いい悪いという次元を超えた充実ぶり、完成された空間そのもの。この満ち足りた世界に対抗しなければいけないのだから、レクサスもたいへんなものを相手にしてしまったものだ。
(文=別冊単行本編集室・鈴木真人/写真=荒川正幸/2006年9月)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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