第9回:「うたかたの夢」グラース2600V8(1965〜68)(後編)
2006.09.13 これっきりですカー第9回:「うたかたの夢」グラース2600V8(1965〜68)(後編)
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1960年代半ば、興隆著しいヨーロッパの自動車界で苦闘していた西ドイツ(当時)の弱小メーカー、グラース。中型車市場での不振を挽回すべく、分不相応ともいえる高級グランツリズモを発表した。それはまさに社運を賭けた意欲作だったのだが……。
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■ついに「グラセラティ」登場
そうした厳しい状況のなか、グラースは一発大逆転を狙って、さらなる上級車種を追加した。1965年秋のフランクフルトショーでデビューした、高級・高性能グランツリズモの「2600V8」である。
4 座クーペボディのスタイリングは、「1004S」以来の慣習に従いピエトロ・フルアが担当。角形ヘッドライトをもつフロントまわりの造形は同じくフルアが担当したマゼラーティ・クワトロポルテにそっくりで、そのため「プアマンズ・マゼラーティ」あるいは「グラセラティ」というニックネームが付けられた。
当時、ドイツでは「メルセデスベンツ600」のみが採用していたV8レイアウトを採る2.6リッターエンジンは、じつは既存の1.3リッター直4ユニット2 基を90度に組み合わせたものである。シリンダーブロックは鋳鉄製だが、ヘッドとクランクケースはアルミ製で、コッグドベルト駆動によるSOHC、クロスフロー、半球型燃焼室などの特徴を持っていた。カタログによる性能は最高出力140ps/5600rpm、最大トルク21.0kgm/3000rpmで、 4段ギアボックスを介した最高速度は195km/hと発表された。
足まわりは、フロントは平凡なダブルウィッシュボーン/コイルの独立だが、リアはリーフとパナールロッドで吊ったド・ディオンアクスルで、車高調整式ダンパーを備えるという凝った設計だった。ブレーキは全輪サーボ付きのディスク(リアはインボード)で、ステアリングもパワーアシストを備えていた。
この2600V8は、翌66年からDM(ドイツマルク)1万9400というプライスで発売された。ちなみにライバルとおぼしきモデルの価格は、「BMW2000CS」がDM1万7500、「メルセデスベンツ250SL」が DM2万2800、同「250SEクーペ」がDM2万4950、「ポルシェ911」がDM2万1000といったところだった。
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■BMWへの吸収、そして終焉
ゴッゴモビルの誕生からわずか10年で、少なくともスペック的にはメルセデスやBMWに比肩しうるグランツリズモを送り出し、形の上ではフルラインメーカーとしての体裁を整えたグラース。だが、起死回生を狙ったその意欲作である2600V8の開発および生産コストが、あろうことかとどめの一撃となって、グラースの財政は破綻した。2600V8の発売と前後して、グラースはBMWに吸収合併されてしまったのである。ラインナップにはBMWによって合理化のためのメスが入れられ、「1300/1700GT」「2600V8」そして「ゴッゴモビル」の3シリーズのみが残された。
67年秋のフランクフルトショーでは、新たにBMW製1.6リッターエンジンとBMW2002系のセミトレーリングアーム/コイルの後輪独立懸架を与えられ、フロントマスクにもBMW伝統のキドニーグリルがあしらわれるなどの変更を受けた旧1300/1700GTが、「BMW1600GT」として再デビューした。
同時に2600V8は、エンジンが2982cc・160psに拡大強化された「BMWグラース3000V8」に発展した。ただしこちらにはキドニーグリルはなく、ボディ各部にBMWのエンブレムが控え目に付けられただけである。
しかし、それらBMWの名字をもつモデルの寿命は、当初から予想されたとおり短命だった。BMWグラース3000V8は翌68年秋、本家BMWが発表した同級のグランツリズモである「2800CS」と入れ替わりに生産中止となり、1600GTもそれに続いた。さらに1年後の69年には、BMWに吸収された後も変更を受けずに継続生産されていたゴッゴモビルも生産中止されたのだった。
結局のところ、乗用車メーカーとしてのグラースの短い歴史は、ミニカーであるゴッゴモビルに始まり、ゴッゴモビルに終わったことになる。それもより大きく、豪華で、高性能なクルマを作りたいという思いを追求した結果、終焉を招くという皮肉な結末をもって。
グラースのスタッフにとっては、「うたかたの夢」ともいえる2600V8の総生産台数は666台(うち3000V8が73台)だった。
(文=田沼 哲/2002年3月28日)

田沼 哲
NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。
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第53回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その4「謎のスプリンター」〜 2006.11.23 トヨタ・スプリンター1200デラックス/1400ハイデラックス(1970-71)■カローラからの独立1970年5月、カローラが初めて迎えたフルモデルチェンジに際して、68年に初代カローラのクーペ版「カローラ・スプリンター」として登場したスプリンターは、新たに「トヨタ・スプリンター」の名を与えられてカローラ・シリーズから独立。同時にカローラ・シリーズにはボディを共有する「カローラ・クーペ」が誕生した。基本的に同じボディとはいえ、カローラ・セダンとほとんど同じおとなしい顔つきのカローラ・クーペに対して、独自のグリルを持つスプリンターは、よりスポーティで若者向けのムードを放っていた。バリエーションは、「カローラ・クーペ」「スプリンター」ともに高性能版の「1200SL」とおとなしい「1200デラックス」の2グレード。エンジンは初代から受け継いだ直4OHV1166ccで、「SL」にはツインキャブを備えて最高出力77ps/6000rpmを発生する3K-B型を搭載。「デラックス」用のシングルキャブユニットはカローラとスプリンターで若干チューンが異なり、カローラ版は68ps/6000rpm(3K型)だが、スプリンター版は圧縮比が高められており73ps/6600rpm(3K-D型)を発生した。また、前輪ブレーキも双方の「SL」と「スプリンター・デラックス」にはディスクが与えられるのに対して、「カローラ・クーペ・デラックス」ではドラムとなっていた。つまり外観同様、中身も「スプリンター」のほうがよりスポーティな味付けとなっていたのである。しかしながら、どういうわけだか「スプリンター1200デラックス」に限って、そのインパネには当時としても時代遅れで地味な印象の、角形(横長)のスピードメーターが鎮座していたのだ。
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第52回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その3「唯一のハードトップ・レビン」〜 2006.11.15 トヨタ・カローラ・ハードトップ1600レビン(1974-75)■レビンとトレノが別ボディに1974年4月、カローラ/スプリンターはフルモデルチェンジして3代目となった。ボディは2代目よりひとまわり大きくなり、カローラには2/4ドアセダンと2ドアハードトップ、スプリンターには4ドアセダンと2ドアクーペが用意されていた。このうち4ドアセダンは従来どおり、カローラ、スプリンターともに基本的なボディは共通で、グリルやリアエンドなどの意匠を変えて両車の差別化を図っていた。だが「レビン」や「トレノ」を擁する2ドアクーペモデルには、新たに両ブランドで異なるボディが採用されたのである。カローラはセンターピラーのない2ドアハードトップクーペ、スプリンターはピラー付きの2ドアクーペだったのだが、単にピラーの有無ということではなくまったく別のボディであり、インパネなど内装のデザインも異なっていた。しかしシャシーはまったく共通で、「レビン」(型式名TE37)および「トレノ」(同TE47)についていえば、直4DOHC1.6リッターの2T-G/2T-GR(レギュラー仕様)型エンジンはじめパワートレインは先代から踏襲していた。ボディが大型化したこと、および双方とも先代ほど簡素でなくなったこともあって車重はレビン930kg、トレノ925kgと先代より60〜70kg前後重くなった。
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第51回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その2「狼の皮を被った羊(後編)」〜 2006.11.10 トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■違いはエンブレムのみ1972年3月のレビン/トレノのデビューから半年に満たない同年8月、それらを含めたカローラ/スプリンターシリーズはマイナーチェンジを受けた。さらに翌73年4月にも小規模な変更が施されたが、この際にそれまで同シリーズには存在しなかった、最高出力105ps/6000rpm、最大トルク14.0kgm/4200rpmを発生する直4OHV1.6リッターツインキャブの2T-B型エンジンを積んだモデルが3車種追加された。うち2車種は「1600SL」と「1600SR」で、これらはグレード名から想像されるとおり既存の「1400SL」「1400SR」のエンジン拡大版である。残り1車種には「レビンJ1600/トレノJ1600」という名称が付けられていたが、これらは「レビン/トレノ」のボディに、DOHCの2T-Gに代えてOHVの2T-B型エンジンを搭載したモデルだった。なお、「レビンJ1600/トレノJ1600」の「J」は「Junior(ジュニア)」の略ではないか言われているが、公式には明らかにされていない。トランクリッド上の「Levin」または「Trueno」のエンブレムに追加された「J」の文字を除いては、外から眺めた限りでは「レビン/トレノ」とまったく変わらない「レビンJ/トレノJ」。だがカタログを眺めていくと、エンジンとエンブレムのほかにも「レビン/トレノ」との違いが2点見つかった。
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第50回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その1「狼の皮を被った羊(前編)」〜 2006.11.6 誕生40周年を迎えた2006年10月に、10代目に進化したトヨタ・カローラ。それを記念した特別編として、今回は往年のカローラおよびその兄弟車だったスプリンター・シリーズに存在した「これっきりモデル」について紹介しよう。かなりマニアックな、「重箱の隅」的な話題と思われるので、読まれる際は覚悟のほどを……。トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■スパルタンな走りのモデル型式名TE27から、通称「27(ニイナナ)レビン/トレノ」と呼ばれる、初代「カローラ・レビン1600/スプリンター・トレノ1600」。英語で稲妻を意味する「LEVIN」、いっぽう「TRUENO」はスペイン語で雷鳴と、パンチの効いた車名を冠した両車は、2代目カローラ/スプリンター・クーペのコンパクトなボディに、セリカ/カリーナ1600GT用の1.6リッターDOHCエンジンをブチ込み、オーバーフェンダーで武装した硬派のモデルとして、1972年の登場から30余年を経た今なお、愛好家の熱い支持を受けている。「日本の絶版名車」のような企画に必ずといっていいほど登場する「27レビン/トレノ」のベースとなったのは、それらが誕生する以前のカローラ/スプリンターシリーズの最強モデルだった「クーペ1400SR」。SRとは「スポーツ&ラリー」の略で、カローラ/スプリンター・クーペのボディに、ツインキャブを装着して最高出力95ps/6000rpm、最大トルク12.3kgm/4000rpmを発生する直4OHV1407ccエンジンを搭載したスポーティグレードだった。ちなみにカローラ/スプリンター・クーペには、1400SRと同じエンジンを搭載した「1400SL」というモデルも存在していた。「SL」は「スポーツ&ラクシュリー」の略なのだが、このSLに比べるとSRは装備が簡素で、より硬い足まわりを持った、スパルタンな走り重視のモデルだったのである。
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