フォード・マスタングコンバーチブル センテニアルエディション(4AT)【試乗記】
アメリカ車への愛と悲しみ 2003.07.26 試乗記 フォード・マスタングコンバーチブル センテニアルエディション(4AT) ……472.0万円 専用シートと、記念オーナメントを随所に付けたマスタングの「フォード100周年記念モデル」。70台限定の“コレクターズ”マスタングのコンバーチブルにのった『webCG』エグゼクティブディレクター大川 悠は、しかしアメリカ車が好きなゆえに……。マスタングとの週末
最近なぜかマスタングに縁がある。2003年6月の「フォード100周年記念」の際、ディアボーンで短時間ながら04年型「コブラ」や「マッハ1」に乗った帰路、当社の別のメディアに依頼されて、LA(ロスアンゼルス)で友人の古いマスタングを取材することになり、その際、現行マスタングを借用して乗っていた。
考えてみたら、このボディのマスタングに乗るなんて本当に久しぶりだった。1993年にフルチェンジを受けたときは、テキサスのド田舎にある牧場で試乗会が開かれたが、その時はテキサスって意外と緑が多い州だったということと、当時のチーフ・エンジニアの酒癖が悪かったことぐらいしか覚えがない。
その後、1997年の自動車輸入組合の試乗会が大磯であったとき、出たばかりの「マスタングコブラ」に乗った。それがかなり野蛮でも、あまりにも面白いので、『NAVI』の長期テスト車に買わせたこともある。でもそれから、一回として触れる機会がないままだった。
それが先月LAで、現行の「GT」に200マイルほど乗ったときは、結構よくなっているじゃないか、やはりどんなクルマもモデル末期は良くなるから、たまには乗っておかなくてはいけないな、と感じたものである。
だからアオダンこと、青木コンテンツエディターから「マスタングの100周年記念モデルに乗ってみませんか?」と依頼をされたとき、まあ、これも何かのご縁だろうと、思わず「いいよ」と言ってしまったのも、今となっては仕方ないことだと思う。
無論、マスタングは来年春、まったく新しい05モデルにフルチェンジすることは知っているし、今年1月のデトロイトショーでは、そのコンセプトカーを見ている。だからいま、敢えてモデル末期のマスタングに乗ってもあまり意味はないと思ったのだが、断ると本当に悲しそうな表情になるアオダンの顔が気になったし、LAで借りたクルマの印象を再確認したいこともあって、真っ黒なコンバーティブルの記念限定モデルと週末を過ごすことになった。
もうこれ以上、乗る必要はない。
結果として、日曜日、都心に用事があったのを機会に、早めにマスタングを会社に戻してしまった。もう、すくなくとも日本で、あるいは東京近辺で、そんなに長時間乗る必要はないと判断したからだ。
確かにLAで乗ったときには、それなりにかなりいいクルマだと本心から思った。だが日本で乗って、いまどき、こんなクルマでいいのか、とさえ感じた。ひとことで言うなら、あまりにも粗野で古くさいだけの存在だったのだ。
座り込んだ瞬間から「ああ、こういう世界だったのか」とため息が出る。こういう世界とは、洗練性や機能美という言葉とは、まったく無縁なインテリアデザインとその仕上げのことだけではない。真っ黒な丸いボンネット(その上には大げさなエアスクープもある)が大きく前に広がっているがゆえに、クルマのサイズが掴めないという不安。梅雨時のコンバーティブルならではの見にくい後方視界、さらには大きな回転半径が加わって、都内でひどく扱いにくいという、様々な要素が織りなす世界である。
走り出すと、さらにため息は大きくなってくる。都内の小さな段差でもタイアはピシッという鋭い衝撃をストレートに報告し、それはフロアの振動から、ドア周辺、そしてスカットルのシェイクへと伝達されていく。首都高速に乗れば、継ぎ目の度に大げさに反応するだけでなく、不快な共振がしばらく残る。まるで地震の後揺れのようなものである。
4.6リッター、264ps、41.8kgmというシングルカムのV8は、いつものような「トルクだけはたっぷり」という表現が、今回だけはなぜかできなかった。100km/hが約2000rpm弱、そこから本来なら「任せとけ!」とばかり、ドーンと加速するはずだが、一瞬エンジンは応答したがらなくなる。いわゆるフラットスポットに落ち込む。
「エクスプローラー」などでこのV8を高く評価していたつもりだが、久しぶりにマスタングで観察すると、意外と底力がないように思えた。だからアメリカでは過給器つきのコブラや、ラムエア・インダクションでトルクを太らせたマッハ1が追加されたのだろう。
でも一つ、このクルマの名誉のために伝えておきたいのは、4ATのレスポンスがいいし、スムーズなことだ。だから一瞬トルクのフラットスポットに陥りそうになっても、すぐに下のギアを選ぶから、普通に走っているぶんには、まあ相応に速いクルマとして感じられるのだろう。
ハンドリングまでは言及したくない。別にワインディングロードを飛ばしたわけでも、そんなにアグレッシブに走ったわけでもないからだ。ただしステアリングはパワーアシスト付きとはいえ、意外と重いが、それなりのフィールは得ている。でも特に1.5トンを超えるコンバーティブルの場合、俊敏とは言い難い。
カリフォルニアで乗ればいいクルマ
つまりは、ほとんどいいところを発見できないまま、早めに返したくなったマスタングだけど、それならどうしてLAであんなにいいクルマに思えたのだろうか? いや、LAだけでなく、デトロイトで乗った04年のコブラやマッハ1も結構できがいいと感じたのはどうしてだろうか?
簡単に言えば、乗った環境が違うといえばそれまでである。ロスアンゼルス一帯は道も駐車場も広い。また主として滞在中に使った405号線、つまりLAから南に下るサンディエゴ・フリーウェイは、かつてこの道の悪名をはせた原因だった独特の高周波振動を伝えるグルーブ(細かい溝)が廃され、スムーズな路面に修復されたし、そういうところばかり走っていたという事実は認める。
さらに心理的にいうなら、南カリフォルニアだと、スポーティなクルマに乗ってさえいれば、それがどんなものでも、自分の気持ちのテンションもそれなりにハイになっている。特に泊まったホテルのバレーパーキングの若者たちから、クルマを預けたり持ってきたりするたびに「カッコいいですね」と、実はチップを期待しつつのお世辞ではあるにしても、どこか本音も含めたニュアンスで言われると、やはり悪い気はしないし、そういうことがクルマの評価にかなり影響を与えることは、私自身が基本的に見栄っ張りだから知っている。
だが、冷静に観察して感じたのは、すくなくともいまのマスタングのシャシーは、45プロファイルのタイアを前提に設計されていないということだった。実はLAで乗ったクルマのタイアを確認していないが、日本のこの100周年モデルに付いている245/45-17ほどの薄いラバーではなかったはずである。もっと細くて厚いオールシーズンタイヤだったろうし、だからこそアメリカの道で快適に思えたのだ。
たぶんフォードの設計者もそれを知っていると思う。その証拠にデトロイトで乗った04モデルは、ものによっては45は無論、275/40などという薄いラバー付きだったが、それなりにタイヤをこなしていた。実は04モデルは最終年だというのに、あえてサスペンションセッティングを大幅に改善しているのである。
きちんとフェアにアメリカ車を見よう
もう、結論を急ごう。はっきり言って、100年記念という限定車ゆえの価値が欲しい方には、別に購入を反対しない。限定70台という目に見えない付加価値だけでなく、本革シートも専用デザインだし、「シートエンブレム」や「フェンダーオーナメント」「トランクリッドオーナメント」に100周年のロゴが入る。さらに購入者にはキーチェーンや記念リストウォッチ、記念誌の『The Ford Century』(余談だが、企業が発行した社史としては、勝手に歴史を自己都合で曲げることなく、きわめてフェアに書いてあるのが好ましい)からなるコレクターズ・パッケージが付いてくるのだから、マスタング・ファンならどうぞ、と言ってもいい。
「好きな人が買えばそれでいいクルマ。アメリカ車好きが、自分の世界に浸りたくて買うクルマ」という結論もできる。でも私はそうはいいたくない。
というのはそれは、「フォードはいいクルマだけど、イメージがちょっとね」、とフォーカスやモンデオを評したときにしばしばメディアが使いたがるクリシェ(常套句)と、表裏一体の考え方だと思うからだ。
実はこの種の言い方は、キャディラックCTSなどを論ずるときにもしばしば使われる、「古き良きキャディラックらしさがなくなって寂しい」という表現と同様に、非常に無責任だと思う。なおかついま、真剣になって変わりつつあるアメリカ車に対する、一種の無意識下の差別だとさえ感じる。
要するに、クルマやメーカーに対する愛情がなく、自分は関係ない冷たい傍観者として、突っ放した言い方なのである。
すくなくとも、昔からアメリカ車を愛している私は、そういう他人事的な立場はとれない。アメリカ車が好きだからこそ、今回のマスタングは、あまりにも時代遅れでほとんど意味がないと断言せざるを得ない。それをはっきりさせたうえで、でも次世代のマスタングに期待すべきだ、と言いたいのだ。
このマスタングの基本設計は10年前。だがフォーカスやモンデオ以降の、ここ数年に出たフォード車は、エクスプローラーを含めて、それ以前とは比べものにならないほどいいクルマになっている。それはリチャード・パリー=ジョーンズという稀代のエンジニアがトップになって変えたからだともいえるが、同時にその課程でマツダにかなり学んでいることも否定できない。
そう考えれば、次世代のマスタングはかなり変わるだろう。でも現行モデルを、アメリカ車を昔から愛する私の本心から評価するなら、そこには100周年の限定版という以上の価値を、何も見いだせなかった。
でも、次のモデルは本気で楽しみにしている。裏切らないでくださいね。リチャード・パリー=ジョーンズさん!(実は1ヶ月後、またLAに来て、フリーウェイを沢山走っている現行マスタングが妙にかっこよく見えてきたと思いながらこの原稿を書いている……)。
(文=webCG大川 悠/写真=峰 昌宏/2003年7月)

大川 悠
1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。
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