フォード・マスタングV8 GTコンバーチブル プレミアム(FR/5AT)/クーペ プレミアム(FR/5AT)【試乗速報】
あえて「プレミアム」に背を向けて 2006.10.07 試乗記 フォード・マスタングV8 GTコンバーチブル プレミアム(FR/5AT)/クーペ プレミアム(FR/5AT) ……530.0万円/460.0万円 日本導入が待ち望まれていた「マスタング」がようやくやってきた。抜群のスタイルと存在感から、フォードブランドのイメージリーダーとしても期待されるモデルに試乗した。「Freedom」を担うイメージリーダー
フォード・ジャパンの悩みは、モデルラインナップにイメージの統一性がないことだ。「エクスプローラー」「エスケープ」の米国系SUV軍団と「フィエスタ」「フォーカス」「モンデオ」という欧州セダン・ハッチバック勢の二つに引き裂かれてしまい、なかなか明確なブランド像が浮かび上がらないのである。クルマのデキから考えればもう少し売れてもよさそうに思うのだが、イメージが売れ行きを大きく左右する輸入車の状況からすると、厳しいものがある。そこで、新しくブランドのコアコンセプトとして打ち出したのが、「Make Every Day Exciting」というわけだ。
その中で、SUVは「Adventure Spirit」を担い、欧州勢は「Modern Athlete」という位置づけとなる。そして、ブランドのイメージリーダーとして投入されるのが、新しい「マスタング」なのだ。「Freedom」がこのクルマのイメージとして考えられている。1964年に誕生してベビーブーマーの圧倒的支持を得、レースシーンで活躍し、映画の中でも印象的な役割を演じてきたモデルだけに、アピール力は抜群である。2004年にデトロイトショーで発表されながら日本導入は見送られていて、待望の登場ということになった。期待感は大きい。
クーペとコンバーチブルの2種のボディタイプがあり、搭載されるエンジンは、4リッターV6と4.6リッターV8の2種類。クーペはどちらのエンジンも選べるが、コンバーチブルはV8のみとなる。装備にはそれほど差はなく、ABSやトラクションコントロール、エアバッグシステムなどは共通だ。外観では、ヘッドランプがV8モデルが4灯なのに対しV6クーペが2灯となり、リアスポイラーが省かれることが大きな違いである。
直感的にカッコいい、が……
逗子マリーナで海をバックに置かれたマスタングは、直感的にカッコいい。細かい分析など必要のない、直球のスタイルだ。C字型サイドスクープ、逆スラントノーズ、3連リアコンビネーションランプと、60'sの意匠をてらいなく再現していて、その時代をリアルタイムで経験している世代にとってはたまらないだろう。
内装も、67年型を範としたという3本スポークステアリングホイール、左右対称のインストゥルメントパネルでクラシカルな雰囲気を盛り上げる。T字型のATセレクターも初代を受け継ぐデザインだ……おや、このレバーの先端にはすっきりしないスジが入っている。アルミ調という触れ込みだが、最近ではあまり見ない「まがい物感」だ。よく見ると、センターコンソールのパーツ類は取り付けが緩めだし、そもそも内装全体の質感があまりプレミアムとはいえない種類のものだ。アメリカンな鷹揚さも、しっかりと継承しているようである。
フックを外すのに多少力がいるものの、スイッチを押していれば電動ソフトトップは難なく全開となる。陽光をいっぱいに受ければ、もう細かいところは気にならない。
エンジンは豪快な身振りで目覚め、期待感を高めてくれる。アルミ素材の多用で先代より34キロの軽量化を果たし、SOHCながら3バルブ化することによって燃焼効率を向上させたという新エンジンは、40psの出力向上で304psのパワーを絞り出している。えい、とアクセルペダルを床まで踏み込んでみる。ド、ド、ド、ドという低いうなりが声を揃えて高まっていき、ドンと背後から押されるようにして発進する。大トルクとはいえ、さすがに後輪がホイールスピンをおこすようなことはない。伝統のリジッド式を受け継いだリアサスペンションは、急加速をしっかり受け止めて動力を路面に伝えている。
しかし、強大なトルク感に圧倒されるというわけではない。最近のプレミアムカーでは大排気量のV8エンジンが搭載されているものが多く、静かでパワフルでスムーズな加速というものに慣れっこになっているせいもある。それらのライバルたちに比べると、やはり古典的な味わいであることは確かだ。金属が緻密に組み立てられたというよりは、ところどころに隙間があってゆるやかに構成されている感じである。V8らしさは溢れているけれど、プレミアム感の面では少々ツラいかもしれない。
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「TT」とは競合しない
ATが5段化されたのも、新モデルのニュースである。世間には7段、8段のATも登場しているが、エンジンの性質との合い口を考えれば、これで必要にして十分だ。オープンながら、ボディの剛性感には不満を感じない。クーペと並行して開発されたと謳うだけあって、万全の補強が施されているのだろう。乗り心地にも不平は言うまい。しっとりという表現にはならないが、おおらかで温和な心地よさである。それでいて、ハンドルを切れば、それなりにクイックに曲がる。
ただ、次も必ず曲がってくれるかどうか、一抹の不安が生じる。ABS、EBDを装備したブレーキはしっかりと制動を行うが、これも本当に止まってくれるものか確信が持てない。クルマの動きが運転者に正確に伝わってこない傾向がある。
クーペに乗り換えると、やはりボディのしっかり感は明瞭に増した。オープンの気持ちよさに身を委ねて少しぼうっとしてしまったコンバーチブルと違い、運転に集中する気分が湧いてくる。クルマのサイズも、なんだか小さくなったように感じる。エンジンや足まわりに手を入れてサーキットを走ったら面白かろう、と考えた。ずいぶん雰囲気の異なる2台である。
トランクを開けると、もともとそう広くはない空間に巨大なウーファーが収まっていて、さらに容量を圧迫していた。切りっぱなしの内張りが垂れ下がってもいて、あまり使い勝手がよさそうではない。このあたりの詰めは、相当に大雑把だ。
北米では、レクサスが売れている一方で、こういう造りのクルマもヒットしているというのが面白い。日本の大きいとは言えないパーソナルクーペ市場で、先日発表された「アウディTT」とはどう考えても競合しないだろう。いい悪いではない。大雑把の美学が緻密の美学に劣るとは限らないのだ。細緻におよぶ厳密さを追求するあまり、大きな方向性を見失うことはままあり、そこに風穴を開けるために必要な思考法である。
ただ、細部の作り込みはともかくとして、やはり走りの面ではもう一工夫できないものかと思ってしまう。フォーカスSTの素晴らしい運転感覚を知ってしまった以上、フォードの名を冠するクルマには新たなドライビングプレジャーの世界を拓いてほしいと期待するのだ。フォードのブランド価値を高めるために、それは必要なことだと思う。
(文=別冊単行本編集室・鈴木真人/写真=峰昌宏/2006年10月)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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