第264回:おんぼろの「ライトエース」は、ボクにとって長崎の出島だった
2012.09.28 マッキナ あらモーダ!第264回:おんぼろの「ライトエース」は、ボクにとって長崎の出島だった
タイヤが四角くなっている
ボクの子供時代、わが家のクルマは輝いていた。いや、輝きすぎていた。父が大のきれい好きで、常に自家用車を完璧に磨いていたからだ。乗っているときフェンダーの後ろに泥はねが起きれば、次に駐車したとき即座に拭き取っていた。
当時のわが家の周りは未舗装で、雨が降ればたちまち多数の水たまりができた。だからフェンダーの汚れは仕方がないと思って見ていたのだが、それでも拭くのをやめなかった。
フロントウィンドウもしかり。鳥のフンが落ちてきたり、トンネルの中で上から水滴が垂れてきたりするたび、父はたちまち不機嫌になったものだ。
車内を汚すのも厳禁だったので、ボクはクルマの中で物を食べさせてもらえなかった。もし父が今生きていたら、「機内食」と称して移動中になんでも頬張るボクや、シートの下を見れば数年前のポテトチップが落ちているボクのクルマを見てたちまちどう喝するに違いない。
車内外にステッカーやアクセサリーを付けるのもアウトだった。そればかりか、降りるとき車内に物を残していくのさえ父は嫌った。
それで、父がクルマに乗って楽しんでいたかといえば、そうではなかった。年に一度の帰省以外はあまり遠出をしなかった。例えば、ボクの幼稚園の送り迎えに使っていた「フォルクスワーゲン・ビートル」は、その後約10年乗ったにもかかわらず、走行距離は3万キロちょっとにとどまった。だから知り合いから「ここの家のクルマは動かないから、タイヤが四角くなってる」と笑われる始末だった。
わが家のクルマには、「神聖ニシテ侵スへカラス」な雰囲気が漂っていたのだ。
フィンランド人宣教師の「ライトエース」
そんなボクのクルマ観を変える事件が起きた。
それは、ボクが小学校の高学年だったある日、通っていた教会学校にやってきたフィンランド人宣教師によってもたらされた。彼のクルマは、紺の初代「トヨタ・ライトエース」だった。中古車のうえお世辞にもきれいとは言えないコンディションで、室内には要らないようなものがたくさん散らかっていた。
前述のようなクルマ環境で育ったボクである。最初彼のライトエースに乗せられたときは、えらく当惑したものだ。しかしこの宣教師先生、それまで教会にいた牧師がどちらかというと宗教者然としていたのに対して、行動派だった。聖書物語の勉強が終わると、フィンランドから連れてきた先生の子供たちと一緒に河原遊びに連れていってくれたり、自分たち家族が住む旧米軍ハウスに招待してくれたりとアクティビティー豊富で、そのたびライトエースをフルに使った。
河原では当時まだ河川敷の管理が甘かったこともあり、水辺までライトエースを乗りつけてバーベキューをした。当時日本でワンボックスカーは、メーカーこそカタログでそうした使い方を演出・提唱していたが、大半のユーザーはまだ純然たる荷物運びのバンとして遣っていた。
だから宣教師の先生のライトエース遣いは、なんとも格好よく見え、「これぞクルマの使い方だ!」とボクは感銘を受けたのだった。
もうひとつ、ボクのクルマ観を変えた日本に住む外国人のクルマがあった。1980年代末のことだ。ボクが通っていた音楽大学の教員のなかにはクルマ好きが少なくなく、例えば「俺はドイツ留学帰りだゼ」といわんばかりに、今でいうドイツ製プレミアムカーのフル装備車に乗っている教授も複数名いた。
そうしたなか、オーケストラ授業の指揮をしていたドイツ人教授の愛車はといえば、薄いライムグリーンの「日産ローレル」だった。厳密に言うと5代目、C32型というやつである。その直線を多用したデザインから、ボクは賛成しかねるが、日本の一部ファンの間では“仏壇”なる愛称で呼ばれていたモデルだ。
教授のローレルは広告に看板モデルとして使われていた4ドアハードトップではなくセダン仕様。それも「メダリスト」といった上級グレードではなく、限りなく教習車のようなグレードだった。
その教授は体格が大きかったので、それなりのサイズのクルマが必要だったのは想像できる。しかしデラックス装備など要らなかった彼にとって、落としどころはローレルセダンだったのに違いない。
「(日産)シーマ現象」という言葉が生まれた高級車全盛だった当時、教授の「デカいけどデラックスではない」というクルマ選択は、雑誌『世界の自動車総覧系』で見た「フォード・クラウン ヴィクトリア」や、「シボレー・カプリス」といったクルマに乗る人とイメージが重なった。同時にパワーウィンドウもエアコンも付いていない「メルセデス・ベンツEクラス」や「BMW 5シリーズ」に乗る欧州人たちもイメージさせ、異国の香りを感じたものだ。
日本人まるだし
その後、ヨーロッパの一国であるイタリアに住み、クルマがぼろぼろになっても徹底的につきあうユーザーや、アメリカを旅してデラックスさよりもサイズ的ゆとりで選ぶドライバーを目の当たりにした。そう、宣教師の「おんぼろライトエース」や、教授の「なんでもないローレル」は、ボクにとって外国の文化と外国人のクルマ遣いを知る、長崎の出島のような存在だったのだ。
……とか何とかいうボクであるが、先日、空港駐車場で隣のクルマにドアをぶつけられ、できた傷が1cm未満にもかかわらずクヨクヨして、急きょタッチアップペイントを注文してしまった。また、道を走れば自分のクルマと同じモデルの下位グレードを確認しては優越感に浸っている。何年たっても日本人根性まるだしの自分が悲しくなってくるボクなのである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
![]() |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。