第36回:シリーズ最新作のカーチェイスは第1作へのオマージュ! − 『ボーン・レガシー』
2012.09.27 読んでますカー、観てますカー第36回:シリーズ最新作のカーチェイスは第1作へのオマージュ! 『ボーン・レガシー』
10年前と同じオープニング
カメラは下から水面を写している。ぼんやりとした光の中に、何かが浮かんでいるのが見える。ゆらゆらと波に揺られているのは……人だ!
10年前に、同じオープニングシーンの映画があった。『ボーン・アイデンティティー』である。マルセイユ沖で瀕死(ひんし)の状態だったジェイソン・ボーンは漁船に助けられるが、記憶喪失に陥っていた。自分が誰だかもわからない。しかし、なぜかドイツ語もフランス語も話せるし、警官に捕まりそうになると一瞬でたたきのめしてしまう。凄(すさ)まじい強さだ。
手がかりをたどるうちにジェイソンは自分が暗殺者であったことを知り、何者かに狙われていることに気づく。彼はCIAの極秘作戦「トレッドストーン計画」のために3000万ドルを費やして養成された殺人マシンだったのだ。彼は自分が何者かを探り、陰謀を暴いていく。物語は2004年の『ボーン・スプレマシー』、2007年の『ボーン・アルティメイタム』へと続いた。
マット・デイモンが演じた3部作は、そこで完結している。5年ぶりに「ボーン・シリーズ」が復活したのだ。水面に浮いていた男は、やがて静かに泳ぎ出す。そこは極寒の地アラスカの湖だった。厳しい環境の中、彼は一人でサバイバル訓練をしているようだ。
同じ頃、CIAは新聞記者サイモン・ロスがトレッドストーン計画を暴こうとするのを阻止するためにロンドンで暗殺する。彼はジェイソンが接触しようとしていた相手だ。つまり、この映画『ボーン・レガシー』は、3部作と同時に進行している物語なのだ。
CIAは極悪な組織?
訓練していたのは、これまたCIAの極秘作戦「アウトカム計画」で人格と肉体を改造された人間兵器アーロン・クロスだった。演じるのはジェレミー・レナーで、『アベンジャーズ』で弓を射まくっていた人である。『ハート・ロッカー』では爆弾処理班の隊員をやっていたし、肉体を酷使する役が多い。
3部作でもそうだったが、映画の中ではCIAは陰謀ばかりめぐらしている極悪な組織のように描かれる。対外諜報(ちょうほう)活動という重要な任務があるはずなのに、失敗の隠蔽(いんぺい)や自己保身に全力を投じているようなのだ。公開中の映画『デンジャラス・ラン』でも、CIAは悪人だらけである。こういう設定の映画が続くと、さすがにCIAも堪忍袋の緒が切れるだろう。極悪組織なら映画関係者を暗殺しかねないんじゃないかと、余計な心配をしたくなる。
アーロンは、毎日薬を服用することが義務づけられている。そして、定期的に血液を採取され、分析されるのだ。そのプログラムを請け負っているのがステリシン・モルランタ社で、マルタ・シェアリング博士(レイチェル・ワイズ)が担当していた。研究室で同僚の男が突然狂乱状態になって銃を乱射し、彼女も危うく命を落としそうになる。プログラムがその異変に関わりを持っているらしい。
一方、ニューヨークにジェイソンが現れたことを知ったCIAは、機密が明るみに出ることを恐れ、遂行中の計画を抹消することを決定する。アウトカム計画の“最高傑作”であるアーロンも追われる身となる。薬が切れてしまった彼はマルタの研究室を訪れるが、すでに薬が製造中止になっていたことを知り、製造工場のあるフィリピンのマニラにふたりで向かうのだ。しかし、CIAは街に張りめぐらされた監視カメラの映像から彼らを見つけ出し、着実に追い詰めていく。
バイクで階段を駆け上がる
『ボーン・アイデンティティー』でも、CIAは監視カメラ映像を分析してジェイソンの逃亡を阻止しようとしていた。しかし、10年の隔たりがあるとシステムの精度が大幅に違う。前はカメラの解像度も低いし、パソコンのモニターはブラウン管だった。今度は映像の中のクルマを捉えて形状を分析し、すぐさま車種と年式が判明してしまう。逃亡者にとっては、技術の進歩はまったくもって迷惑な話だ。
「ボーン・シリーズ」といえば、カーチェイスである。『ボーン・アイデンティティー』では、パリの路地を「ミニ」で駆けめぐった。これがとんでもなくボロいクルマで、ボディー色は赤なのに右フェンダーが取り換えられていてそこだけ黒い。タイヤのバランスが悪くて、まともにまっすぐ走れない代物だ。それでも車幅とほとんど変わらないぐらいの狭い道を疾走し、階段があってもそのまま駆け下りていく。クラシックミニの活躍する映画といえば『ミニミニ大作戦』があるが、それをしのぐ迫力だと思う。
今回の映画でも当然その伝統は受け継がれていると期待したのだが、なかなかそういうシーンが登場しない。じりじりしていたら、ちゃんとラストに派手な場面があって安心した。ただし、今回はミニではないし、クルマですらない。バイクに二人乗りして、追手を振り切ろうとする。走るのはマニラの市街地だ。渋滞の中でクラクションが間断なく鳴り響き、ジープニーが不規則な動きを繰り返す。アジア特有の混沌(こんとん)とした道路状況の中では、四輪より二輪のほうが有利だ。「カローラ・アルティス」のパトカーでは相手にならない。
しかし、バイクに乗った刺客が現れる。条件は互角だ。路地から路地へ、そしてジープニーの間を縫って、バトルが始まる。ここでも、第1作へのオマージュは忘れていない。ミニとは逆に、今度は階段を駆け上がるのだ。
第1作を意識した展開は、ほかにも用意されている。これまでの作品を知っていたほうが、より楽しめるだろう。何より、ストーリーが複雑で入り組んでいるから、全体像がつかみづらい。できれば3部作を観なおしてから映画館に出掛けるのがオススメだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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