スズキ・スペーシア【開発者インタビュー】
私、女性の味方です 2013.03.28 試乗記 <開発者インタビュー>熊谷義彦さん
スズキ株式会社
四輪技術本部
第一カーライン長
ダイハツ、ホンダのライバルと伍(ご)して戦うべく、スズキがハイトワゴン市場に送り込んだ新型「スペーシア」。主婦のため、子育て家族のために造り込まれたというこのクルマのキモを、チーフエンジニアに聞いた。
2つも必要ですか?
激戦が繰り広げられる軽ハイトワゴンのジャンルの中で、「スズキ・スペーシア」が優位に立つポイントはたくさんある。クラストップの低燃費、室内長、そしてワンアクションで開閉できる電動スライドドアなどだ。いずれも有効な武器だが、このクルマの売れ行きに貢献するのは、もっと細かい要素かもしれない。それは、いわゆる“クルマ好き”には見えない種類のものだ。
――ボックスティッシュの収納が工夫されていて、便利ですね。グローブボックスの上から直接取り出せるというのは重宝です。でも、天井にもうひとつありますね。2つも必要なんですか?
クルマに子供を乗せていると、ティッシュとタオルはとても重要なんですよ。いくらあっても困りません。
――そうなんですか。よくそんな細かいことに気付きましたね。
男の発想では、こうはなりませんでしたよ。ティッシュのことなんて、考えませんからね。お母さんたちの意見を聞いて、このクルマに何が必要とされているかを考えていったんです。
子育て中の女性からヒアリング
――アンケートをとったんですか?
いえ、直接ヒアリングしたんです。社内で子育て中の女性を何十人も集めて、実際に使っているままの状態でクルマを見せてもらいました。そうしたら、皆さんいろいろなものを積んでいるんですよ。普通のティッシュとウエットティッシュ、タオル、オモチャ、お菓子なんかが散乱していました。載せる場所がないから、シートバックにノレンのような収納グッズを垂らして、そこにボックスティッシュを入れたりしていたんです。
――自動車用品店で売っているような?
そうです。ボックスティッシュをダッシュボードの上や助手席のシートに置くのはイヤだというんですね。だったら、そのための収納を作ってあげなきゃいけないと思いました。クルマそのものに、お母さんたちの望む機能を持たせるんです。
スポーツカーの中にボックスティッシュが放り出してあったら興ざめなのは当然だが、生活グルマだってできればきれいに使いたいのだ。ナマの声を聞かなくては、実際の使われ方はわからない。
実際に開発するのは結構大変でしたよ。ボックスティッシュといったって、いろいろなメーカーが出しています。微妙にそれぞれサイズが違うんです。デザイナーの机の上には、一時期ティッシュボックスの山ができました(笑)。試行錯誤した末に段ボールで試作品を作って見せたら、「これはいい!」と喜ばれましたね。
――電動スライドドアのワンアクション開閉なども、要望が多かったんですか?
そうですね。子供を抱えて荷物を持って、両手がふさがっているなんてことがよくあるんです。サイドウィンドウのロールサンシェードも、ヒアリングから生まれました。小さい子を直射日光に当てたくないというんで、これも用品店で買った吸盤式のを付けていた方が多かったんです。でも、アレを付けてしまうと窓が開かない。だから、ドアの中から引き出せるようにしました。
時間が組み込まれたクルマ
スペーシアのキャッチコピーは、“女性の願いをかなえると、この軽になる。”というものだ。といっても、すべての女性を対象にするのはムリだろう。
――この“女性”には、例えばAKB48のメンバーは入らないんですよね?
もちろん気に入っていただけばどなたでも乗っていただきたいんですが、想定しているのは子育て中の女性ですね。子育てファミリーにターゲットを絞って開発すると決めてからは、考えやすくなりました。
――子育てといっても、家庭によって状況が違いそうですが……。
こういうクルマの場合、所有期間は平均で7年ほどなんですね。10年乗る方も多くいらっしゃいます。買ったときは赤ちゃんでも、最後には小学生になっています。そのどちらにも対応できるクルマでなくてはならない。もっと大きくなって中学生、高校生になれば、自転車を載せられることがとても大事になります。
子育て中の家庭では、子供の成長とともにライフスタイルが劇的に変わっていく。その10年分に対応するクルマを作らなければならない。スペーシアには、時間が組み込まれているのだ。
10年乗って、子供が成長して、いよいよ手放すという時に、“このクルマに乗ってよかったな”と思ってくれる。そうなれば、うれしいですね。
エコに反対する人はいない
昨年「ホンダN-BOX」が発売され、このジャンルでの戦いはさらに激しさを増した。「タント」だけ見ていればよかった時とは、取り組み方も違ってくるのだろうか。
ホンダさんのN-BOXが出た時には、もう開発が進んでいましたからね。私たちとしては、やれることをやるしかないんですよ。三者三様で、それぞれに強みを追求しているわけですから。
――しかし、燃費は負けられない?
エンジンパワーとは違って、環境に関しては上限がありません。作り上げたときはもう限界かなと思いますが、半年たつとまた進歩しているんです。エコに反対する人はいませんから、まだまだやらなきゃいけないですね。
――燃費とかユーティリティーばかりを気にしているというのも、ちょっと寂しいような……。
もちろん、それだけじゃありませんよ。この手のクルマがちゃんと走らないのがイヤだったんです。いつも行くワインディングロードがあって、他社のクルマも含めてずいぶん試しましたよ。グラグラするけどこういうクルマだからしょうがない、というようには思われたくなかったんです。
――走りにも、お母さんの視点が入っているんですか?
いや、テストドライバーは男性だけなんですよ……。
――それは、画竜点睛を欠くような……。
そろそろ、女性のテストドライバーが必要かもしれませんね。提案してみようかな。
次に出るクルマには、男目線ではわからなかった走りのエッセンスが盛り込まれるかもしれない。“女性の願い”を知り尽くした熊谷さんなら、きっとやってくれるはずだ。
(インタビューとまとめ=鈴木真人/写真=河野敦樹)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。