第287回:大矢アキオのつれづれなるままにジュネーブショー(前編)−モーターショーなんて要らない!?
2013.03.15 マッキナ あらモーダ!第287回:大矢アキオのつれづれなるままにジュネーブショー(前編)−モーターショーなんて要らない!?
事故を見てしまった後だけに……
ジュネーブモーターショー2013に行ってきた。ボクは今年もイタリアから陸路をとり、クルマを運転して会場に向かうことに決めた。最近はようやく最寄りのフィレンツェ空港から直行便が飛ぶようになった。だが報道関係者公開日前後のジュネーブのホテルは、相変わらず1泊1000ユーロ(約12万5000円)級の値段がまかり通っている。そのため飛行機で行っても、隣接するフランスの田舎の安宿に泊まることになるので、ジュネーブ空港でレンタカーを借りるというなんだかわけのわからない事態になってしまうのだ。
さらに今回は、帰途で別の取材をこなす必要もあった。ということで今年も例年同様、モンブラントンネルをはさんで700キロをドライブしてジュネーブに到着した。
その途中、目撃したものといえば二つの事故だ。二つともアウトストラーダにおけるジャンクションのカーブで発生したもので、一つは乗用車と商用ミニバンの追突、もう一つは、ボクの対向車線を走っていたクルマが雨でスリップし、ガードレールに“自爆”したものだった。
それを見たあとのショーである。気になったものといえば、「壊しちゃったら、高いだろうな」と思われるパーツが増えたということだ。
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ドアミラーにもカメラ内蔵
代表例がドアミラーである。ウインカー内蔵は当たり前。今やパノラマで写るビューモニターのカメラを備えているタイプもみられるようになってきた。ウインカー内蔵タイプでさえ、交換に工賃込みで片側300ユーロ(約3万7000円)以上かかったという話を聞く。ビューモニター付きミラーを万一壊してしまったら、さらに高価になるのは間違いない。
ヘッドランプも、いまや高級車におきまりのキセノンだと、工賃別、片目でも円換算して10万円超は珍しくない。テールランプも、気がつけばどのクルマもかなりリッパになっている。
高級車はともかく、ミドルクラスにまで「高コスト修理体質」なパーツが普及しつつあるのを見ると、なんとも複雑な心境になってくる。1回壊してしまうと、修理にローンの何カ月分かが消えてゆくのは、オーナーとしてはなんとも情けないだろう。
少し前、路上駐車中にワイパー2本を盗まれ、誰に怒りをぶつけることもできず、泣く泣く、円にして5000円を払ったボクなんかは、まだマシなほうなのかもしれない。
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あの日に帰れない理由
そこで切望するのは、「修理にお金が(ほとんど)かからないクルマ」の再来である。初代「フォルクスワーゲン・ビートル」「シトロエン2CV」「ルノー4」、2代目「フィアット500」といったクルマは、パーツさえ買ってくればユーザー自ら直せる部分が多かった。
それも、メーカー自ら修理の容易性と安さをアピールしていたのだ。例えばビートルは、宣伝史上に残るDDB社制作の広告で、たびたび維持費の安さを訴えた。ついでにいえばビートルは「エンジン上げ下ろしの所要時間を競うコンテスト」まで開催されていたものだ。かなりの部分がユーザー自ら交換できた、あの時代に戻れないものか。
もちろん、ボクなんかよりずっと前に、その解決を模索していた人がいる。レオナルド・フィオラヴァンティは13年前の2000年に、パーツを簡略化した発展途上国向けのクルマを提案している。「TRIS」は、ドアは左右、バンパーは前後、ライトは四隅がすべて同じものが使えるように設計されていた途上国向けコンパクトカーだった。おまけに、ドアは一部の冷蔵庫にみられる、左右両側から開けられるというトリック付きだった。
しかし、先進国の量産車に適用するとなると、、なかなか難しい。今日クルマのパーツは、ルノー4時代とは比較にならないくらい高い性能が求められ、すべての仕向け地の安全基準に適合させる必要があるからだ。それもプロが正確に取り付けないといけない高い次元となった。
エアバッグやシフトパドルが装着されたステアリングまわりを丸ごと取り外すことを試みる素人はもはやいない。安全性や快適性と引き換えに、自分で直すことができなくなってしまったのである。
パーツの簡略化ができないもう一つの理由は、自動車産業自体の構造にある。メーカーには純正パーツを販売し、取り付け工賃を糧とする指定サービス工場の経営を成り立たせる責任がある。
「まるでプリンター用インクのようにモーターオイルがカートリッジに装填(そうてん)されていて、自分で交換できるシステム開発希望!」という妄想に駆られることがあるが、そんなものができたら、指定サービス工場の仕事がなくなってしまうのである。
自分のクルマのメーター内に定期点検時期を示すインジケーターが点灯するたび、「またついちゃったよ」と笑いながら指定サービス工場に持ち込むボクに、知り合いのフロント係のおじさんは、「そりゃ、メーカーも俺たちの生活を保証する仕組みを考えないとな」と笑う。
昔を懐かしむあまり……
かくしてクルマ自体の昔回帰が不可能なことがわかったボクが、ジュネーブショー会場で悔しまぎれに思いついたのは、「モーターショーに出展しないブランド」の登場である。
前述のフロント係のおじさんは、その昔自分でイタリア製の大衆車ブランド「イノチェンティ」の地元販売店を営んでいた。彼が説明するに、当時イノチェンティの社主だったアレハンドロ・デトマゾが、大フィアットを相手に健闘し、まずまずの収益を上げられた秘密は、「派手な宣伝を極力控える作戦」だったという。
イノチェンティ自体はトリノをはじめモーターショーにこそ出展していた。だが、おじさんによると「テニスやゴルフ大会のスポンサーといった、今のメーカーなら当たり前の、ブランドイメージ向上のための間接的イベント活動にはほとんど関与していなかった」という。それでも「イノチェンティ・ミニ」は、フィアットとは違う“小さな高級車”感と、ダイハツ製エンジンの優秀さで、飛ぶように売れた。
ラスベガス家電ショーに出展しないアップルのように、世界のモーターショーに参加しない自動車メーカーが出現したら、あっぱれだと思う。複数ブランドをもつ大メーカーは、ローコストブランドだけでも始めてみたらいい。
「われわれは、ローコストの本分をわきまえ、世界各地のショー出展料をお客さまに還元している良心的ブランドです」といったアピールも、ありではないか。もはや、モーターショーに出展している、していないで、一流かどうかを判断する顧客は少なくとも先進国では少数派だろうから。
「モーターショー出ません宣言」は、かつて歌手・森高千里が「非実力派宣言」をしてアイドルに転身したときに近い衝撃をもたらすとボクは読む。
と、ここまで書いたが、これもそう簡単には実現できないだろう。今回のジュネーブショー会場には、ひと月近く前から搬入・設営作業を始めていた出展者もいたという。膨大な数の人々がショーのために働いているのである。個人的にも設営にあたっているプロを何人も知っているだけに、「ショーなんて要らない」と簡単に言うのは心苦しい。タイトルに「?」を付けたのは、そのためだ。
クルマは120年以上かけて、とてつもなく裾野(すその)を広げ、さまざまな仕事を創出してきた。それを変えるのは、明治維新やフランス革命以上に困難が伴う。
ちなみにわが家のクルマは、あと1万キロちょっとすると、また定期点検インターバルのインジケーターが点灯するはずだ。「次は、CVTのオイル交換がプログラムに含まれているから、ちょっと額が大きいぞ」とフロントのおじさんは言う。その言葉を聞くにあたり、近所のおじいさんがげた代わりに乗る、インジケーターともCVTとも無縁な初代「フィアット・パンダ」が妙に平和に映るのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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