第282回:イタリア流! 最新、新旧「フィアット500」の改造法を見よ
2013.02.08 マッキナ あらモーダ!第282回:イタリア流! 最新、新旧「フィアット500」の改造法を見よ
アバルトもメタンガス仕様
2012年12月に開催されたボローニャモーターショーでのことだ。あるブースに、「アバルト500」のコンペティション仕様が展示されていた。「はいはい、どこかのレーシングチームかチューニングショップのアイキャッチね〜」と通り過ぎようと思ったら、隣のクルマの車内からキレイな脚が見えている。「取りあえずコンパニオンだけ写真を撮っておくか」と思ってクルマに近づき、カメラのレンズを向けた。
すると、脇からひとりの男性がすかさずボクのもとにやってきた。思わずボクは「か、彼女に、何にもしてません」と声をあげようとした。しかし男性はセキュリティー要員ではなく、展示ブースの説明員だった。そして「こっちも見てって」と、先ほどの500のテールゲート側にボクをいざなう。見ると、ラゲッジスペースに巨大タンクが収まっているではないか。
「メタン仕様のアバルトです」
そのブースは「ecomotori.net」というエコカーを推進するポータルサイトのものだった。イタリアでは1960年代からLPGスタンドが普及し、一般ユーザーでもLPG併用仕様に改造するドライバーが多かった。現在もLPGスタンド数は欧州内で最も多い。
昨今は環境保護の優遇税制が、普及をさらに後押ししている。その流れでメタンガススタンドの普及もめざましく、こちらも今日までに周辺諸国を圧倒する946のスタンドを数えている。したがって、ボクの周囲にもメタン仕様に改造した人や、メーカー自身が設定するメタン仕様車を買い求めた人が少なくない。以前「クーペフィアット」をLPG仕様に改造して燃費の悪さを克服したイタリア人ファンを取材したことがあるが、ついにアバルトも、アフターマーケット品使用とはいえメタン改造版登場とは。
しかしながら、もっと驚いたのはタンクである。日本のタクシーのトランク内を見ればわかるように、一般的にガスタンクはスチール製だ。しかし、そのアバルト500のタンクは、グラスファイバーとカーボンの複層素材が採用されている。これによって、タンクの重量を従来の約90kgから3分の1の30kgにまで低減することに成功している。
先ほどの男性スタッフによると、「新素材タンクはバスなどでは10年ほど前から使用されていたものの、価格が高かった。最近ようやく一般車にも使えるようになりました」と説明してくれた。
ecomotori.netの活動は、啓発サイトを運営しているだけでない。北部ロンバルディア州などの後援を得て、FIAやイタリアの競技団体ACI/CSAIが主催する「オルタナティブ エナジー カップ」に参戦している。展示されていたアバルト500は何を隠そう、そのためのマシン「エコアバルト」で、2012年にクラス優勝している。
たとえ燃料が高騰しても走りを忘れない、イタリア人のパッションがカタチになったような一台だ。
ご当地産スペシャル
フィアット500といえば、先日こんな面白いおじさんに出会った。ブルーノさんは、1938年生まれで今年75歳だ。イタリア版、柳生博のような人なつっこい風貌。聞けば、「トスカーナの田舎で、42年間ミートショップを営んでいたよ」という。その笑顔で地元のおばさんたちに親しまれていたに違いない。今は悠々のリタイア生活だ。
彼の愛車は2代目フィアット500、1968〜72年に生産された「500L」である。ブルーノさんは数年前にそれを手に入れた。
トスカーナでは、今でも維持費が安く修理も簡単な、2代目500を中古で手に入れて乗る彼のようなおじいさんが少なくない。排ガス対策上、古いクルマの進入を禁止している都市部はともかく、ブルーノさんが住むような郊外で、2代目500は今もって便利なげたがわりなのである。
しかし、ブルーノさんの“げた”は、かなり気合が入っている。まず145/70 12インチタイヤにアルミホイールという外観にも驚くが、車内はもっとスペクタクルだ。シフトノブや灰皿のふたは、昔からトスカーナで台所道具などに使われてきたオリーブウッド製に換えられている。
ステアリングボスのカバーやダッシュボードのスイッチ類、さらにはキーにもオリーブがはめ込まれている。その土台は、なんとノロジカの角を加工したものだ。
なぜならブルーノさんの趣味は、トスカーナでポピュラーなハンティングだからである。こちらでは、ハンターの家に鹿の角が自慢げに飾られていることがある。あれをクルマに持ち込んだものといえよう。「鹿の角」「オリーブ」とも、器用なハンティング友達が実現してくれたものだ。
ちなみに、このブルーノさんの500トスカーナ スペシャル(?)は、村祭りの余興として行われる自動車展で、毎年ちょっとしたスターのようである。
陶磁器にラーメン
ボク自身はといえば、本欄でも時折記してきたように、「クルマはオリジナルコンディションが至上」と信じてきた。しかし、今回書いていて思い出したのは、ある物語のシーンだ。松本清張の小説『空の城』は、かつてあった商社で陶磁器コレクションでも知られた安宅(あたか)産業をモデルにしたものである。僕が思い出したのは子ども時代に見た、その空の城をモデルにしたテレビドラマ「ザ・商社」である。
物語のなかの企業は実際の安宅産業と同様、ある日破綻してしまう。印象的だったのは残された社員のひとりが、同僚の驚く視線をよそに、貴重な陶磁器にラーメンを入れてかっ込む場面だ。そのシーンには、昔、実用品として愛されてきた器を、後世の人間がその意図したものとかけ離れて溺愛してしまうことへのばかばかしさを表していたに違いない。
フィアット500だって、実用品である。やみくもにオリジナルコンディションを保ってあがめたてまつろうとするのは、もしかしたらナンセンスなのかもしれない。コンクール・デレガンスに参加する、世界で1台のショーカーではないのだから。
そうした意味で、今回の新旧500には、いずれも「陶磁器にラーメン」並みの潔さを感じたのだった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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