マツダ・アテンザワゴンXD(FF/6AT)/アテンザセダンXD(FF/6MT)【試乗記】
チーム一丸の勝利 2013.02.03 試乗記 マツダ・アテンザワゴンXD(FF/6AT)/アテンザセダンXD(FF/6MT)……323万750円/328万3250円
ラインナップのなかでも抜群の注目度を誇る、クリーンディーゼル搭載モデルをインプレッション。あらためて新型「アテンザ」の魅力に触れる。
注目度抜群のパワートレイン
街に待った「マツダ・アテンザ」のディーゼル仕様の試乗会、一刻も早くその印象をお伝えしたいので、冒頭の誤変換も気にせずいきます。
なにせアテンザを予約した方の約6割がディーゼルを選んでいるということからも、注目度の高さがわかるというもの。窒素酸化物(NOx)を処理するための高価な装置なしにクリーンな排気を実現した画期的なメカニズムについては後で説明するとして、早速シートに体を滑り込ませる。
2リッターと2.5リッターのガソリン仕様は6段ATのみの設定だけれど、ディーゼル仕様はセダン/ワゴンともに6段ATと6段MTが用意される。マニュアルを選ぶ方は全体の1割程度との由。
まずはセダンと6段MTの組み合わせから。ほどよい手応えのスタートボタンを押して、2.2リッターディーゼル+ツインターボユニットを始動する。
アイドル時の車内は窓をすべて閉じていても、最新のガソリンエンジンモデルに比べると少しにぎやか。「チキッチッチッ」という高い音が遠くから聞こえる。でも音質は気に障るものではないし、しばらくすると慣れて気にならなくなる類いのものだ。
「コクッ」といったダイレクトな手応えがうれしいシフトレバーを1速に入れて、アクセルペダルは踏まずにクラッチをミート。すると、余裕たっぷりに1490kgのボディーが前進を始めた。
おもむろに右足に力を込めると、期待以上の力強さとともに加速を始める。トルクカーブを見ると、4リッター自然吸気エンジン並みの最大トルク42.8kgmは2000rpmという低回転域で生まれている。
ここまでお読みいただくと、ブ厚いトルクに身を委ね、シフトをサボってだら〜っと乗るクルマだと思われる向きもあるかもしれない。でもアテンザはそうではない。従来のディーゼルとは、少し感じが違う。
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マツダこだわりのシフトフィール
どこが違うかといえば、アクセル操作に対する反応が素早くて、軽やかにエンジン回転を上げるのだ。タコメーターの針が、短距離ランナーとは言わないまでもマラソン選手ぐらいの勢いで盤面を駆け上がる。
駆け上がるといってもせいぜい5000rpm+αまでだし、回した時の音質はディーゼルエンジンのそれだ。だから頭の中がポーッとするような楽しさがあるわけではない。それでも、このフィーリングは新鮮だ。
ディーゼルエンジンとガソリンエンジンの間に位置する新しい原動機だ、というのは大げさな表現に聞こえるかもしれない。けれども、偽らざる気持ちでもある。
軽快に回るとはいえ、ガソリンエンジンに対する最大のアドバンテージはやはり低回転域での粘り強さ。アイドル回転数よりもちょっと上の1000rpmぐらいでもしっかり走る。さすがにそこからの加速にはシフトダウンが必要だけれど、街中でもかなりの頻度で6速の出番がある。
だから効率を意識した運転スタイルに徹すると、「3速に入れっぱ」とはならず、頻繁にシフトを繰り返すことになる。
ここでシフトフィールのよさとエンジンの好レスポンスが光る。「ガマンの省燃費運転」にはならず、エコドライブという知的なゲームを楽しめるのだ。
6段MTは日本では初登場となる「SKYACTIV-MT」で、従来型の6段MTのシフトレバーよりシャフト長を50mm短くしたうえに、ストローク量も5mm詰めたというこだわりの逸品。細かい所まで、造り込みにぬかりがない。
トルクのあるディーゼルエンジンだから6段ATがマッチすると予想していたけれど、予想は覆された。
低いギアでアクセルを踏んだ時の、腹に響くようなトルク感。高いギアで低い回転数を使ってそっと走る時の“抜き足、差し足、忍び足”的な繊細さ。この両方をダイレクトに味わえるという意味で、自分だったら6MTを選ぶ。
この後で試乗した、スピーディー&スムーズに変速する6段ATにはなんの不満もありませんが、今の世の中、不満を感じないクルマはいくらでもある。ここは積極的に面白がれる6段MTを選びたい。
この、いままでのディーゼルとはひと味違うフィーリングも、画期的なテクノロジーの産物なのだ。
“コロンブスの卵”が生んだSKYACTIV-D
「SKYACTIV-D」というディーゼルエンジンのキモは、14.0:1というディーゼルエンジンとしては世界で一番低い圧縮比だ。
空気とガソリンを混ぜて圧縮するガソリンエンジンとは異なり、ディーゼルエンジンは空気だけを圧縮する。高い圧力で高温になったところに燃料を噴射すると自然(自己)着火する。つまりディーゼルの場合は人間が細やかに燃焼をコントロールするのではなく、 燃焼を“お任せ”“丸投げ”している。
ところが燃焼行程で最も圧力が高いタイミング(上死点)で燃料を噴射すると、高温になりすぎているせいで空気と燃料がよく混ざる前に燃えてしまう。なにしろ燃焼を“お任せ”する自己着火だから、コントロールできない。
空気と燃料がしっかりと混ざる前に燃えると何が起こるか? 燃焼にはルールがあって、それは燃料が燃える時に必要な酸素の量は決まっている、ということだ。ここで空気が多すぎると、酸素が余る。余った酸素(O2)は、窒素(N)と結合して窒素酸化物(NOx)になる。逆に酸素が足りないと、燃え尽きない燃料が生まれ、これがスス(PM)となる。
したがって、現代のディーゼルエンジンは厳しい排出ガス規制をクリアするために、本来は最も効率がいいはずの上死点付近を外して、少し圧力と温度が下がったところで燃焼させていた。
ここでマツダの技術者はひらめく。圧縮比を下げれば、上死点付近でも圧力と温度は高くならないのではないか、と。圧縮比を下げれば上死点で燃料を噴射しても空気と燃料がしっかり混ざってから燃焼する。よく混ざってから燃えればNOxもススも発生しにくいから、高価な処理装置で後処理する必要がない。しかも、最も効率的な上死点付近で燃焼すれば、仕事量(=出力)も大きくなる。
高圧縮比が常識のディーゼルエンジンの圧縮比を下げるという“コロンブスの卵”的発想だ。そして圧縮比を下げることで、高圧縮比に耐えるよう重く頑丈にせざるを得なかった部品を軽くすることができた。軽快なエンジンフィールは、ここから生まれているのだ。
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すごいのはディーゼルエンジンだけじゃない
「SKYACTIV-Dすごいぜ」と感心した後で、ガソリンエンジンにもチョイ乗りして困ってしまった。いやいや、困ることはないけれど、こっちもいい。特に2リッターのガソリンエンジン搭載モデルは軽快で、持てる力を使い切っている感じですがすがしい。
日本的な道路環境ではボディーが大きすぎることが気になったけれど、タイトコーナーではサイズを忘れてひらひら舞う。ちょっとデカすぎる馬だけれど、“人馬一体”は確実に味わえる。どんなに手頃なサイズでも、一体感が味わえないクルマもたくさんあるのだ。タウンスピードで乗り心地がややバタつくところを除けば乗り心地もスムーズで、快適性と操縦性のバランスが実に高い。
エクステリアの格好よさはご覧の通りだし、こうなると退屈だったインテリアもまじめに作っているように見えてくる。
しばらく考えて、わかった。
このクルマの場合、どうしてもSKYACTIV-Dにばかり目が行ってしまう。けれども、ガソリンエンジンもサスペンションも、デザインもトランスミッションも、すべてディーゼルエンジンと同じ熱量の知恵と情熱が注がれているのだ。全体にものすごく気合が入ったモデルで、たまたまヒーローインタビューのお立ち台にはディーゼルが立っているけれど、チーム一丸となって得た勝利だ。
アテンザに乗りながら、大昔にマツダの技術担当の役員にうかがった話を思い出す。なぜロータリーや「ロードスター」など、世界の自動車産業にインパクトを与えるプロダクトが生まれたのかという質問に、こんな風に答えてくれた。
「広島まで来てやりたいというんですから、本当のクルマ好きが集まっているんでしょうね。あと、ウチみたいに小さい会社のほうが好きなことができると思われているのかもしれません」
いい話だと思った。甘っちょろい意見かもしれないけれど、やっぱりクルマはクルマ好きに作ってほしい。そしてクルマへの情熱で、技術やデザインのブレークスルーを果たしてほしい。
アテンザはクルマ好きがよってたかって作ったことが伝わってくる。それは幻想かもしれない。けれども、そんな幻想を抱きたくなるほどいいクルマだと思いました。
(文=サトータケシ/写真=峰昌宏)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。