第44回:トム・クルーズ最新作は、ヒーローもクルマも肉体派! − 『アウトロー』
2013.01.28 読んでますカー、観てますカー第44回:トム・クルーズ最新作は、ヒーローもクルマも肉体派!『アウトロー』
バスを乗り継いで現れるヒーロー
1970年型「シボレー・シェベルSS」のかたわらに立ち、クールな表情でポーズを決めるトム・クルーズ。『アウトロー』の宣伝用メイン画像だ。予告編では、彼がシェベルSSに乗って街で激しいカーチェイスを繰り広げる。彼は古き良き時代のマッスルカーを愛する流れ者で、クルマで旅をしながら悪と対決する……そういう映画だと勝手に想像していたのだが、見事に肩透かしをくわされた。主人公は、長距離バスを乗り継ぎ、徒歩で現れたのだ。
原題は『Jack Reacher』で、主人公の名前そのままだ。リー・チャイルドのハードボイルド小説が原作である。1997年の『キリング・フロアー』に始まり17冊が出版されているベストセラーシリーズで、全世界で6000万部を売り上げているというから大変なものだ。ただ、日本ではどうも受けがよくなかったようで、これまでに5冊しか翻訳されていない。中には絶版状態になってしまったものもある。ジャック・リーチャーという名が広く知られているとはいえない日本では、タイトルを変えたほうがいいと判断したのだろう。今回の作品は第9作『One Shot』(日本では『アウトロー』として出版)を映画化したものだ。
映画の冒頭5分ほどは、室内と屋外のシーンのカットバックだけで構成され、一切セリフがない。室内では、男が銃弾を加工している。屋外では駐車場のビルにミニバンが乗り入れられ、男がライフルを持ちだして公園を行き交う人々に狙いをつける。ベンチに腰かけた男をスコープがとらえ、銃弾が放たれる。続いて歩いている女が標的になり、次々に頭を撃ち抜かれる。6発の銃弾で、5人が射殺されたのだ。
携帯電話を持たない元秘密捜査官
陰惨な無差別銃撃事件で街は恐怖に包まれるが、容疑者はあっけなく逮捕された。現場にあった遺留物から指紋が検出され、元米軍スナイパーだったジェームズ・バー(ジョセフ・シコラ)が割り出されたのだ。証拠は万全で言い逃れしようがないように見えたが、バーは黙秘を続けたあげく “ジャック・リーチャーを呼べ”と書きつけた紙を刑事のエマーソン(デヴィッド・オイェロウォ)に差し出した。
その男は、米軍の元秘密捜査官だった。今はまったく消息がつかめない。クレジットカードはなく、携帯電話も使わない。ほとんど荷物を持たず、アメリカ中を放浪している。着替えすら持っていなくて、汚れたら安物のシャツとパンツを買い、着ていたものは捨ててしまう。Tシャツ使い捨てで有名な高城剛みたいだ。トム・フォードのスーツを使っていた『007 スカイフォール』に比べれば、この映画の衣装代はべらぼうに安く済んだはずだ。
小説は文庫本上下で600ページを超える長さなので、映画では省略されたところもある。原作で重要な役だったバーの妹とテレビ局の女性キャスターは、映画には登場しない。その分スピーディーな展開になっていて、リーチャーの出現も唐突だ。エマーソン刑事とアレックス検事(リチャード・ジェンキンス)が彼を見つける手立てを相談していると、そこに突然彼がやってくるのだ。
ほかにも、原作から変えられた部分がある。事件現場がインディアナポリスだったのがピッツバーグになっていたし、銃撃の状況もちょっと違う。主人公リーチャーの見た目がいちばん大きな相違かもしれない。来日会見で弁護士へレン役のロザムンド・パイクと並んで立つと、トム・クルーズのほうが少し低かった。原作では、リーチャーは身長195センチ、体重113キロの巨漢である。
「シェベルSS」vs「A6」のカーチェイス
登場するクルマも、原作と映画では違う。リーチャーはバスで移動しているくらいだから、クルマを所有していない。私有財産とは無縁な男なのだ。必要があれば、誰かから“借りる”ことにしている。20歳そこそこの女の子から“借りた”クルマは、小説では「トヨタの小型SUV」との記述だったので、おそらく「RAV4」あたりだろう。それが映画では70年代の「シボレー・カマロ」になっている。ヘレンのクルマはダーク・グリーンの「サターン」だったが、映画では白の「メルセデス・ベンツC250CDI」を使っていた。
メインビジュアルに使われているシェベルSSに至っては、小説の中に該当するクルマがない。トム・クルーズ版リーチャーのイメージを作り上げるために採用されたクルマなのだ。原作にないカーチェイスシーンで、シェベルSSが派手な走りを見せる。相手となるのは、「アウディA6」だ。
ハイパワーなV8エンジンを積んでいるとはいえ、精緻なメカニズムを持つドイツ高級車相手ではさすがにツラい。A6がきれいにコーナーを抜けていくのに、シェベルSSは豪快に尻を振りながら曲がっていくのだ。リーチャーが「俺はドリフター(流れ者)だ」とつぶやくシーンがあるが、“ドリフト野郎”の意味にも聞こえてしまう。
感心なことに、トム・クルーズはカーアクションのシーンをすべて自分でこなしたという。CGは使わず、アナログな撮影に徹した。主人公が古いタイプの一匹狼なのだから、作り方も昔風でなくてはいけない。ハイテク装備のスマートなイーサン・ハントとは正反対で、リーチャーは泥くさい肉体派だ。格闘シーンも凄惨なほどリアルで、痛みがひしひしと伝わってくる。齢50歳となったトム・クルーズだが、まだまだやれるのだ。シェベルSSだって、傷だらけになりながら奮闘していたのだから。
(文=鈴木真人)
『アウトロー』
2013年2月1日(金)より丸の内ピカデリー他全国ロードショー
公式サイト:http://www.outlaw-movie.jp
公式Facebook:http://www.facebook.com/outlaw.movie
公式Twitter:https://twitter.com/outlawmovie
配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン
製作:トム・クルーズ、ポーラ・ワグナー
(『ミッション:インポッシブル』 『宇宙戦争』『ラスト・サムライ』)
監督・脚本:クリストファー・マッカリー
(『誘拐犯』監督、『ユージュアル・サスペクツ』『ワルキューレ』 脚本)
主演:
トム・クルーズ(『M:I』シリーズ、『ラスト・サムライ』『宇宙戦争』『ナイト&デイ』『コラテラル』)
ロザムンド・パイク(『007/ダイ・アナザー・デイ』)
ロバート・デュバル(『ディープ・インパクト』)
ヴェルナー・ヘルツォーク(『フィツカラルド』監督)他

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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