ジープ・グランドチェロキーSRT8(4WD/5AT)【試乗記】
アメリカ車にしかできないことがある 2013.01.29 試乗記 ジープ・グランドチェロキーSRT8(4WD/5AT)……693万円
500ps級のスーパーSUVなど、今となってはめずらしくない。しかし「グランドチェロキーSRT8」でないと味わえない世界がある。アメリカ車でなければならない理由が、こんな時代だからこそある。
まさかの“アップサイジング・コンセプト”で登場
クライスラーには、1980年代の終わりからV10エンジンを積む「ダッジ・ヴァイパー」を開発してきたスペシャルチームがあった。90年代前半には現代版ホットロッド「プリムス・プロウラー」を開発した別のスペシャルチームもあった。後年、ふたつのチームは統合され、同社のスペシャルモデルを一手に引き受けるセクションに。その名は「ストリート&レーシング・テクノロジー」。SRTはその頭文字だ。彼らの最新作が、今回テストした「ジープ・グランドチェロキーSRT8」(と「クライスラー300 SRT8」)。お尻の「8」はもちろんV8を指す。
先代のSRT8各車は6.1リッターのV8ヘミエンジンを積み、いろいろやかましい時代にやるなぁと我々を感心させたものだが、新型は6.4リッターV8ヘミを搭載。まさかのアップサイジング・コンセプトで出てきた! 「SRTが排気量を減らして過給器で補うのをだれが喜ぶの?」と言わんばかり。スベらんなぁ〜。大きなボディーを大きなエンジンで動かすのがアメリカ人は大好きで、つくるのも本当にうまい。餅は餅屋、ヘミはヘミ屋ということか。
グランドチェロキーSRT8をもう少し説明すると、悪路に強い4WDのグランドチェロキーをベースに、6.4リッターOHVのV8エンジンを積み、空力付加物や極太タイヤなど、ベース車に対して大幅に上がったパワーを受け止めるための措置を施したモンスターSUVだ。最高出力は468ps/6250rpm、最大トルクは63.6kgm/4100rpm。2400kgの車重にもかかわらず、0-100km/hを5秒で走る。4WDは生きているものの、せり出したフロントスポイラーや295/45ZR20サイズのタイヤを見ればわかるとおり、ある程度オフロード性能は見限っている。とはいえ、オンロードで大トルクを路面に伝えるために4WDは有効だ。先に書いちゃおう。燃費はJC08モードで5.3km/リッターと悪い。何か問題でも?
変わっても変わらない
現行型グランドチェロキーはモデルチェンジをしても同じコンセプトを保つクルマだ。先代の3代目は丸みを帯びたヘッドランプユニットとするなど、路線変更の兆しを見せたが、現行の4代目で路線を戻した感がある。「セブンスロット」と呼ばれる7分割のフロントグリルがジープの証し。グランドチェロキーのフロントマスクにも、ヘッドランプを端に押しやる大きなセブンスロットグリルが鎮座する。ベースモデルのグリルはクロムメッキだが、SRT8はボディー同色に塗られ、スロットのみクロムで縁取られる。ベースモデルとSRT8の、外観上の一番の違いは前後スポイラーの有無。加えてSRTはタイヤが大径極太なので、容易にタダものではないとわかる。
どちらかと言うと、インテリアのほうが伝えたいことが多い。ブラック基調で、ところどころシルバーアクセントが用いられる。SRT8には専用のナッパレザー&スエードのコンビレザーシートが装備されるのだが、これが最高。大ぶりかつ肉厚で、ソフトな座り心地なのだが、走りだすと、肩までサポートするバケット形状のためかホールド性が高い。先代もそうだった。SRTにはシートのマジシャンがいるのだろう。ステアリングホイールは僕には少し太すぎるが「D」型ではなくちゃんと丸くて回しやすい。パドルも備わる。
右ハンドル化はうれしい。が、トランスファーから伸びるシャフトのためか、センタートンネルの右側が張り出していて、さらにパーキングブレーキのペダルもあるので、左足が窮屈だ。リアシートを立てて994リッター、寝かして1945リッターのラゲッジルーム容量はベースモデルと変わらない。アメリカ車の伝統にのっとって、前後とも乗員スペースは巨体から想像するほどには広くないが、十分だ。
大排気量NAエンジンならではの豊かさ
始動時の音は野太く迫力満点だが、絶対的音量がすごく大きいというわけではない。常識的な近所付き合いをしていれば、早朝の住宅地でもギリギリOKだろう。操作系のパワーアシストは大きく、最小回転半径も5.65mとよく切れるので、街中での取り回しはサイズのわりに悪くない。飛ばさない限り、燃費を除けば普通のグランドチェロキーだ。
ただ、SRT8を買って飛ばさないなんて、壇蜜をいやらしい目で見ないようなもので、あり得ない。アクセルを深く踏み込むと、OHVならではのメカメカしいうなりとともに激しく加速する。この加速Gには、男なら、いや男女問わずだれでもハァハァしてしまう、理屈じゃない魅力を感じるはずだ。ガバッと踏むばかりではなく、いろんな踏み方をしてみてほしい。ここが自然吸気のいいところだが、ほんのわずかの踏み増しに対してエンジンが正確に反応してくれる。バカみたいに加速するのも楽しいが、ギアを3速に固定して、細かいアクセルとステアリングの操作でワインディングロードをほどよいやる気で走るとき、自然吸気の大排気量のエンジンでしか味わえない豊かさを楽しめる。絶対的なパワーではもっとすごいのがゴロゴロしているが、SRTの連中がなぜ自然吸気でやりたかったのか、よくわかる。
そういう走りをした際のグラチェロSRT8の挙動は、エンジンだけでなく引き締まった足のおかげもあって、かなりスポーティーだ。ほとんどの人が実際には挑まない「レーシング」の領域を少し弱め、ロールをもう少し許したほうが、“らしい”のかなとも感じたが、高速域のスタビリティーなどを考えると、このくらい引き締まった足が正解なのだろう。極太ピレリはM+Sタイヤながら絶対的グリップ力が高く、それに合わせてチューニングされたブレンボブレーキも強力なので、止まるときの安心感は高い。フルタイム4WDは、通常、前40:後60のトルク配分だが、スポーツモード、トラックモードでは35:65に変化し、曲がりやすいセッティングとなる。ひと通りやってみたが、一般道でははっきり違いを感じることはできなかった。
アメリカ車にはでき、日本車やヨーロッパ車にはできないことがいくつかある。ひとつは圧倒的なパフォーマンスを安く提供すること。グランドチェロキーSRT8は688万円。世界中の最大トルク60kgm超のクルマのなかで、同じエンジンの300 SRT8に次いで安い。クルマにパフォーマンスと効率と価格の3要素があるとするなら、SRT8は効率を諦める代わり、この動力性能をこの価格で実現している。どれも満たすクルマはまだない。
(文=塩見智/写真=小林俊樹)
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