ホンダN-ONE Premium Tourer 2トーンカラースタイル(FF/CVT)【試乗記】
ホンダの本気が伝わってくる 2013.01.16 試乗記 ホンダN-ONE Premium Tourer 2トーンカラースタイル(FF/CVT)……154万5000円
ちょっとレトロな表情を見せる、ホンダの軽乗用車「N-ONE(エヌワン)」。そのクルマとしての仕上がりは? 巨匠 徳大寺有恒が確かめた。
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ヒット商品の血統
松本英雄(以下「松」):今日は現在、最もホットな軽である「ホンダN-ONE」に乗りましょう。
徳大寺有恒(以下「徳」):いいね。なんでもすごい人気だそうじゃないか。発売と同時に大量のバックオーダーを抱えているとか。
松:ええ。注目度もすごく高くて、広報車に乗っていたら、行く先々で見知らぬ人から声をかけられました。こんな経験をしたのは「レクサスLFA」以来ですよ。
徳:ほう。日本車史上最高価格車を相手に、たいしたもんだな。
松:ところで、N-ONEのモチーフとなったのは往年の「ホンダN360」ですが、N360も誕生と同時に大ヒットしたとか?
徳:そう。N360は1967年3月に発売されたんだが、3カ月後には軽のベストセラーになっていた。それまで10年近くにわたってその座を独占していた「スバル360」を押しのけて。
松:ということは、量産態勢が整ってデリバリーが追いついた途端にトップに躍り出たんでしょうね。
徳:そういうことだろうな。
松:巨匠が当時やっていたカーアクセサリー会社「レーシングメイト」が作ったN360用のドレスアップパーツも当たったんでしょう?
徳:まあな。その話はもういいだろう(笑)。
松:いやいや、『webCG』の読者には知らない人のほうが多いでしょうから、あらためて紹介しておきたいんですよ。
徳:そんなもんかい。
松:ええ。レーシングメイトがN360用パーツをリリースする以前から、汎用(はんよう)のアフターマーケットパーツは存在していたし、例えば「ブルーバード」用のマフラーといった、車種別のアフターパーツもありました。でも、特定の車種のドレスアップパーツをパッケージでそろえて、デモカーまで用意して売り出したのは、レーシングメイトのN360用パーツが初めてだと思うんです。
徳:ああ、そうかもしれないな。
松:しかも発売がN360の登場から約半年後という早さで、ハーフの女性モデルを使った見開き広告をいきなり『CAR GRAPHIC』誌にど〜んと掲載して。アフターパーツメーカーとしては、すべてが常識破りですよね。
徳:毎度のことながら、本人が忘れてるようなことをよく知ってるなあ(笑)。
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松:言うなれば、東京オートサロンに出展するようなアフターパーツメーカーのルーツがレーシングメイトだったわけですよ。ちなみに当時、巨匠はまだ30前ですよね。
徳:27、28歳だったと思う。
松:時代を読み取る見事な嗅覚と実行力ですね。
徳:とにかくクルマが好きだったから、それをビジネスに結びつけられないかと考えた結果が、たまたま当たっただけだよ。
松:レーシングメイトの広告コピーに「N360ほどスポーツ性に富んだ、しかも安価なツーリングカーはどこにも見当たりません」という一文がありますが、N360の登場にインスパイアされたのでしょうか。
徳:もちろん。あのクルマがあったからこそ生まれた企画だよ。
実用性と趣味性を両立
松:レーシングメイトのN360は、モディファイのセンスもすばらしいですね。例えば枠とエンブレムを残して黒一色に仕上げたフロントグリル。ホンダは1969年1月に実施されたN360のマイナーチェンジで、ツインキャブ仕様の「T(ツーリング)」シリーズに似たグリルを採用しますが、それより1年以上先んじていたわけです。
徳:考えてみれば、国産メーカーはあの頃からストリート発の流行やトレンドを取り入れるようになったのかもしれないな。N360は当初モノグレードだったんだが、たちまち若者が思い思いにスポーティーな改造を施したクルマが街を走り回るようになった。それを見たホンダが、あわててSタイプを出したんだ。
松:それから40年以上たった今では、新車の発売と同時にメーカー自らカスタムパーツをそろえて出してきますからね。
徳:東京オートサロンだって、今じゃメーカーが大きな顔をしているんだろう? アフターパーツ屋さんも大変だよなあ。その点、俺は時代に恵まれたよ(笑)。
松:とはいえ、パイオニアならではの苦労もあったと思いますが。さて、そうしたN360とは浅からぬ縁があった巨匠から見て、N-ONEはどうですか?
徳:N360とはさほど似ていない、というのが第一印象だな。N360から引用しているのは円形ヘッドライトに沿ったフロントフェンダーの峰、テールレンズの形状、ボディーサイドのプレスラインぐらいじゃないか。
松:そうですね。
徳:一見レトロっぽいとはいうものの、復刻版の意味合いが強い「ニュービートル」や「ザ・ビートル」、あるいは「フィアット500」などとは、明らかに異なる路線だろう。
松:実際、N-ONEは「スズキ・ワゴンR」と「ダイハツ・ムーブ」が長年にわたって熾烈(しれつ)なトップ争いを展開している、軽のなかで最もボリュームの大きいハイトワゴン市場に投入されたホンダの切り札ですからね。
徳:N-ONEって、そんなに背が高いのか?
松:全高は1610mm(FF)です。ワゴンRの1640mmよりは少々低いですが、立体駐車場に入るサイズじゃありません。
徳:そりゃ意外だな。もっと低いかと思ってた。
松:N-ONEはそう思わせるんですよ。実用性の高いメインストリームのモデルでありながら、一見したところN360風のルックスによって、個性的で趣味性の高いモデルにも感じさせるという、むずかしい商品企画をうまく成立させているんですね。
徳:初期受注を見る限り、その狙いは見事に当たったな。
松:そもそもN360だって、一般的な軽のユーザーからクルマ好きの若者まで、幅広い顧客層にアピールしたからこそヒットしたわけですよね。
徳:そうだな。
松:そのあたりについてホンダでは、N360のモチーフはレトロではなくタイムレス、すなわち時代を超えて愛されるデザインとして引用したのであり、また単なる造形上の手法にとどまらず、革新と先進の提案という「志」こそがN360から受け継いだものであると主張しています。
徳:なかなかうまいことを言うじゃないか。理論武装はバッチリだな。
“ホンダの軽”とは思えない
松:じゃあ、乗ってみますか。ちなみにこれは、「Premium Tourer(プレミアム ツアラー)」というターボ版の上級グレードです。
徳:フロントがベンチシートなのは、左右どちらからでも乗りやすいように、ということなのかな?
松:それに加えて、室内空間が広く見えるという効果もあるんじゃないですかね。
徳:なるほど。インパネから生えたシフトセレクターが、やはり「シトロエン2CV」のようにダッシュから生えていたN360のそれを思い起こさせるな。
松:インテリアの色使いも欧州車っぽいというか、なかなかシックじゃないですか。
徳:そのあたりは、ホンダは昔からうまいんだよ。シートも見た目はフラットだけど、クッションにはちゃんとストロークがあって掛け心地は悪くない。ところでこれ、エンジンは3気筒だよな?
松:ええ。以前に乗った自然吸気版と比べると、このターボ版のほうが静かですね。
徳:うん。加速時の音はやはり軽という感じだが、それを除けば静かだ。
松:トランスミッションはわれわれがあまり好きではないCVTですが、これは悪くないですね。ターボエンジンとのマッチングがよく、トルクの出し方がうまい。出足や加速の伸びも、軽としては十分以上でしょう。
徳:というか、かなり速いんじゃないか。やっぱりホンダはエンジン屋だからさ、パワートレインはまかしとけって感じだよな。
松:そうですね。でも、シャシーもしっかりしてますよ。以前に巨匠と乗った「N BOX」もよかったけど、共通となるプラットフォームの出来がいいんでしょうね。
徳:たしかに走らせていて、背の高さをあまり感じさせないな。
松:自然吸気モデルに比べて、パワフルなぶん足まわりは締め上げられていますが、乗り心地に不満はありません。こういうタイトなサスペンションのチューニングも、ボディーがしっかりしているからできるわけですが。
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徳:そういやボディーからきしみ音がしないな。とてもホンダの小さいクルマとは思えないぞ(笑)。
松:そんなにひどかったんですか?
徳:ああ。俺が中古で買った初代「シビックRS」なんて、そこらじゅうからきしみ音が聞こえて、乗り心地はガタガタだった。30年以上昔の話だけどな。
松:へえ。それが今では、軽でこの乗り味ですから。ホンダの軽って、これまではメーカーの思惑とマーケットの動向がかみ合わない感じがありましたが、新しいNシリーズからは明らかに変わりましたね。
徳:原点に回帰して、軽の開発に本気を出したということなのかな。
松:こうなるとN360を出してから、軽トラックを残して軽市場から一時撤退するまでの数年間のように、ホンダが軽のリーディングブランドに返り咲く可能性もあるんじゃないですか。実際にホンダはそれを狙ってるわけだし。
徳:ないとはいえないが、マーケットを争うスズキとダイハツは、そう簡単に引き下がる相手じゃないぞ。軽の保有台数が多い地方における、地域に密着した販売方法も含めて。
松:たしかに。となると、軽の勢力図がどうなっていくのか、しばらくは興味津々ですね。
(語り=徳大寺有恒&松本英雄/まとめ=沼田亨/写真=峰昌宏)
