第43回:2044年、処刑人は日本製オープンカーでやってくる − 『LOOPER/ルーパー』
2013.01.09 読んでますカー、観てますカー第43回:2044年、処刑人は日本製オープンカーでやってくる『LOOPER/ルーパー』
近未来カーは困りモノ
近未来を描くSF映画にとって、クルマとファッションの扱いは厄介な問題だ。『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』では未来のマーティがネクタイ2本巻きという斬新なスタイルを披露していた。映画公開の1985年から30年後ということだから、あれは2015年の話ということになる。今から2年後、そんなファッションが流行するとはとても思えない。
『アイ、ロボット』でウィル・スミスが乗っていたクルマは、コンセプトカーの「アウディRSQ」だった。2035年という時代設定に合わせ、タイヤはボール型で完全な自動運転システムを持つ超ハイテクマシンだ。2004年公開作品なので、ちょうど「シングルフレームグリル」が登場した時期にあたり、RSQにもその意匠が取り入れられている。ただ、今見比べてみると「アウディR8」のほうがずっと未来的に感じられる。
1993年の『デモリションマン』では、小型のレーザーディスクがデータを保存するハイテクデバイスになっている2032年を描いていた。珍妙なファッションと相まって、今ではどんな表情で観ればいいのかわからない困った作品になってしまった。そういう経験を踏まえ、あえて小細工をしないのが最近の傾向だ。ファッションもクルマも、現在のものから大きく変えないようになってきているようだ。
『LOOPER/ルーパー』は、いわゆるタイムスリップものの映画だ。2074年にタイムマシンが開発されるが、未完成な技術であるため法律で使用が禁止されている。しかし、犯罪組織が入手して邪悪な目的で使っていた。敵を30年前に転送し、“ルーパー”と呼ばれる処刑人に殺害させるのだ。ずいぶんまどろっこしいが、殺人がバレないようにするための方法なのである。その時代にはナノテクの進化によって人間にマイクロマシンが埋め込まれ、政府によって人の生命が完全に管理されるようになっていたのだ。
DIYソーラーカーが流行する?
2074年の30年前、つまり2044年の世界でルーパーたちは送り込まれるターゲットを待っている。指定された場所で指定された時間に待機していると、突然空中から人間が出現する。それを見て、彼らは間髪を入れず撃ち殺すのだ。背中にくくりつけてある銀の延べ棒が、ルーパーの報酬になる。もしし損ずれば、今度はルーパーが“ガットマン”と呼ばれる未来から来た監視役に処刑されることになる。
『(500)日のサマー』『ダークナイト・ライジング』のジョセフ・ゴードン=レヴィットが、腕利きルーパーのジョーを演じている。街は荒廃し失業者であふれているが、稼ぎのいいジョーはパリっとした服を着てクルマを乗り回している。真っ赤なオープンカーは、「マツダMX-5 ミアータ」つまり「ユーノス・ロードスター」だ。50年ものの大アンティークカーのはずだが、ミントといっていい素晴らしいコンディションである。
排気管が見えないので、EVに改造されているのかもしれない。ガットマンの乗る「ジャガーXKR」は堂々とマフラー4本出しだったので、ガソリン車とEVが共存しているのだろうか。金持ちは「ヴェンチュリ」や「ザップ」のスポーツEVに乗っている。
このような状態のいいクルマは少数派で、ほとんどはボロボロで廃車寸前の日本車や韓国車だ。よく見ると、ボンネットやルーフに妙な板が無造作に貼り付けられていて、むき出しの配線で結ばれている。太陽光パネルを使って、DIYでソーラーカーに仕立てあげているようだ。
30年後のクルマを予想できるか
仕事の時は、ジョーは「シボレー」のトラックに乗っている。死体を運ばなければならないので、さすがにロードスターでは間に合わない。いつものように指令を受けて待っていたが、現れたターゲットの顔を見てジョーは銃撃をためらう。一瞬のスキを突いてその男は反撃し、ジョーを倒して逃亡した。現れたのは、30年後の自分だったのだ。
……とはいえ、正直なところ、30年後のジョーは今のジョーとはあまり似ていない。つるっパゲのブルース・ウィリスなのだ。特殊メークで似せようと努力したらしいが、どだい顔の成り立ちが違いすぎる。第一、30年後の自分の顔なんて、見てわかるものなんだろうか。
それはともかく、中年ジョーがやたら強い。なにしろ、経験値が30年分上乗せされている。若者ジョーがかなうはずがない。それでも中年ジョーが若者ジョーを殺さないのは、そんなことをすれば自分も死んでしまうからだ。彼は未来を変えるために過去へとやってきたのだ。ジョーvsジョーの対決は、ガットマンも巻き込んで世界の運命をかけた戦いへとエスカレートしていく。
この作品では、クルマもファッションも、いかにも未来という仕立てにはなっていない。しかし、今の観客にはそれがむしろリアリティーを感じさせているように思える。30年後の世界なんて実は想像もつかないし、それがきらめくような明るいビジョンに満ちていると考えるのはよっぽどの楽観主義者だけだ。大阪万博のあった1970年、少年たちは学校の課題で出された未来予想図に、高層ビル群を縫うように飛び回るクルマを描いていた。21世紀になってクルマがまだ地べたを走っているなんて思わなかったのだ。
そんな昔の話をしなくても、欧米の自動車メーカーがトヨタのハイブリッドカー戦略をせせら笑っていたのはわずか10年ほど前のことである。2010年には燃料電池車を量産化すると豪語するメーカーもいた。EVなんてほとんど無視されているような状態だった。ファッションも同様だろうが、クルマの未来を予想するのは簡単なことではない。もし30年後からタイムスリップしてきた人間に話を聞くことができれば、そのメーカーは間違いなく市場を制覇することができるはずだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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