クライスラー・イプシロン プラチナ(FF/5AT)【試乗記】
その魅力は変わらない 2013.01.06 試乗記 クライスラー・イプシロン プラチナ(FF/5AT)……260万円
イタリアのランチア改め、アメリカのクライスラーブランドで国内販売が始まった、新型「イプシロン」。巨匠 徳大寺有恒が、その印象を語る。
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ワケあって、この名前
松本英雄(以下「松」):今日の試乗車は、クライスラーブランドを冠した新しい「イプシロン」です。
徳大寺有恒(以下「徳」):了解。しかし、フィアットとクライスラーの提携はともかく、まさかランチアとクライスラーが相互OEMをするとは思わなかったなあ。
松:たしかに。これがまた少々ややこしくて、ヨーロッパ大陸ではイプシロンはランチアブランドのままで、逆に「クライスラー300」が「ランチア・テーマ」として販売されているんですが、イギリスにはランチアブランドはなく、300もイプシロンもクライスラーブランドで売られているそうですよ。
徳:なぜイギリスだけ違うんだろう?
松:フィアットとクライスラーがジョイントする前にランチアが撤退しており、いっぽうクライスラーは存続していた。つまり日本とほぼ同じ状況だったようですよ。
徳:なるほど。新たにランチアの販売網を構築するのは大変だから、クライスラーブランドで売ることにしたわけか。
松:そうです。日本にもランチアはしばらく正規輸入されていなかったから、販売網はありません。加えてイギリス向けに作ったクライスラーブランドの右ハンドル車がすでに存在するのだから、クライスラー・イプシロンとして売ったほうが手っ取り早いというわけで。
徳:そりゃそうだ。不思議と島国同士が似たような状況だったんだな。しかし、イギリスにおけるクライスラーのブランドイメージってどうなんだろう。
松:と言いますと?
徳:かつてクライスラーUKって会社があったからさ。ライバルのGMとフォードが戦前からヨーロッパに進出していたのに対して、大きく出遅れていたクライスラーは、1960年代中盤、半ば強引にイギリスのルーツグループを傘下に収めて、クライスラーUKとしたんだ。
松:ルーツグループって、ヒルマンやサンビームなどを擁していたメーカーですよね。
徳:そう。いっぽうフランスではシムカを乗っ取りクライスラー・フランスとして、英仏の統合化を進めていったんだ。クライスラー本体の弱体化によって、70年代後半には、英仏そろってプジョーに吸収されちゃうんだけどな。
松:クライスラーが英仏と密接に関わっていたことはわかりましたが、イタリアとはどうなんでしょう?
徳:50年代から60年代にかけて、クライスラーはイタリアのカロッツェリア・ギアとコラボレートして、コンセプトカーをいろいろ作っていたよ。
松:そういえば、インペリアル(かつて存在したクライスラーの最高級ブランド)のリムジンは、ギアでボディーを架装していたとか。
徳:よく知ってるじゃないか。
松:思い出しましたが、デトマゾ傘下時代のマセラティと組んだ「クライスラーTC・バイ・マセラティ」なんてのもありましたね。
徳:あったあった。残っていれば、かなりの珍車だよな(笑)。
小さくても立派
徳:たとえが古くて恐縮だが、実車を見た瞬間に日産の初代「チェリー」を思い出したよ。コンパクトなサイズと切れ上がったリアサイドウィンドウの形状から。
松:わかります。目尻に似た形状から、アイライン・ウィンドウなどと呼ばれていたんでしょう?
徳:そうそう。当時流行(はや)ったんだよな。
松:同じ日産車でも、僕は現行の「ムラーノ」とか「リーフ」、「ジューク」あたりに似てると思いましたね。ウィンドウ・グラフィックスを含めた全体的な造形とか、テールレンズの処理なんか。
徳:言われてみればたしかに似てる。もしかしたら、出所が近いのかもしれない。ところでイプシロンというと、最初のモデルを俺は買ったんだよな。ランチアブルーのヤツをオーダーして。
松:初代イプシロンは、豊富なボディーカラーが魅力のひとつでしたね。
徳:うん。インテリアとのコーディネートも選択肢がたくさんあってさ。とってもシャレていて、いいクルマだったよ。
松:小さいけれど内外装のデザインが落ち着いていて、大人が乗れるコンパクトカーでしたね。実は僕も乗っていたことがあるんですよ。中古だったけど。
徳:ほう、何色だったんだい?
松:ちょっと紫がかった紺のメタリックで、内装はタンのアルカンターラ張りでした。
徳:そう、アルカンターラがいいんだよ。しかし知らずに同じようなクルマに乗ってたんだな。
松:初期のアルカンターラは、擦れた部分に毛玉ができるのが弱点でしたけどね。僕はひげそりで毛玉を処理してましたよ。
徳:ふ〜ん。で、たしか初代は3ドアだけだったよな?
松:ええ。2代目も3ドアのみで、3代目となる現行モデルは5ドアのみです。
徳:2代目ってどんなのだっけ?
松:伝統の盾形グリルが付いていて、ルーフの色を変えたツートンカラーもありましたね。
徳:ああ、思い出した。初代に比べてだいぶ大きくなっちゃったんだよな。
松:長さは大して変わらないんですが、背が10cmほど高くなったこと、そして車幅が1.7mをわずかに超えてしまったため、日本では3ナンバーになっちゃったんです。
徳:それで大型化した記憶があるのか。でも新型は5ナンバーだよな。エンジンはともかく、最近のクルマでボディーが小さくなったというのは珍しいんじゃないか?
松:たしかに珍しいですね。全幅は先代はもちろん、初代よりも狭い1675mmですから。ちなみに全長は先代より少し伸びて3835mm、全高は若干低くなって1520mmです。
徳:見たところ、日本車だと「ヴィッツ」なんかと同じくらいかな?
松:そうですね。
徳:でも、こっちのほうが立派に見えるよな。もちろん値段も高いんだけどさ(笑)。
松:そろそろ乗ってみますか。
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意外にパンチのある走り
徳:センターにメーター類を配し、左右対称のインパネのデザインは初代と同じだな。
松:2代目もそうでしたから、言うなればイプシロンの伝統なんでしょう。
徳:センターメーターは、かつてイギリスの小型車に多かったんだよ。右ハンドルでも左ハンドルでも同じインパネが使えるから。
松:僕は嫌いじゃないですよ。最近のクルマは、夜間走行時にサイドウィンドウの内側へのメーターの映り込みが気になることがあるんですが、センターメーターだとウィンドウから離れているので、それがないんです。
徳:なるほど。まあ、このインパネをはじめインテリアの雰囲気はなかなかいいな。
松:あまり好きな言葉じゃないんですが、いわゆるプレミアムコンパクトという感じですよね。
徳:エンジンは「フィアット500」と同じだっけ?
松:はい。500のほかヨーロッパでは「プント」や「パンダ」、「アルファ・ロメオ ミト」などにも積まれているマルチエア。875ccの2気筒ターボです。
徳:フィアット500より振動が少ないように感じるが、気のせいかな。
松:いや、少ないでしょう。やはり上級ブランドですから、より入念な騒音・振動対策が施されていますよ。でも、時折聞こえてくる等間隔爆発のツイン特有の音は、嫌いじゃないですけどね。
徳:車重は500より重くなっているだろうが、特に力不足は感じないな。
松:ツインらしいパンチもありますしね。車重は1090kgですが、500の上級版の「ラウンジ」も1040kgありますからね。
徳:へえ、500って意外と重いんだな。
松:トランスミッションも500のデュアロジックと同じ2ペダルの5MTですが、これも500より明らかによくなってますね。シフトショックが小さいし、疑似クリープも自然な感じです。
徳:そのあたりはフォルクスワーゲンの「up!」にも見習ってほしいもんだな。
松:このミッション形式に関しては、フィアットに一日の長がありますね。
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徳:乗り心地もまずまずだし、上質で個性的なコンパクトカーを探している人には、なかなか魅力的な選択だと思うな。で、これはいくらなんだい?
松:これはレザーシートや16インチアルミホイールが標準装備の上級版の「プラチナ」で、260万円。ファブリックシートに15インチの「ゴールド」は235万円。フィアット500ツインエアの「ポップ」が220万円、「ラウンジ」が250万円ということを考えると、お買い得だと思いますが。
徳:往年のフィアットとランチアのブランド格差、価格差を知る身としては、驚きのバーゲンプライスだが、とりあえず日本ではクライスラーブランドなんだよな。となると、今日の日本におけるクライスラーのブランドイメージが気になるところだが、どうなんだろう?
松:先代「300C」、ダッジの復刻版「チャレンジャー」や「チャージャー」などで、ちょっと不良っぽいマッスルカー、というイメージが一番強いのではないでしょうか。
徳:それもクライスラーの一面だが、そればかりじゃない。もちろんイプシロンはその路線とは異なる。となると、成否は今後のブランドコントロールにかかっている部分が少なくないんじゃないかな。
(語り=徳大寺有恒&松本英雄/まとめ=沼田亨/写真=峰昌宏)

徳大寺 有恒
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