第847回:新しい「ランチア・イプシロン」誕生! 新時代の旗手に覚えた恍惚と不安
2024.02.22 マッキナ あらモーダ!まずは100%電動の限定モデルから
ステランティスグループのランチアは2024年2月14日、新型「ランチア・イプシロン」をイタリア・ミラノで発表した。
バレンタインデーにリリースされた新型イプシロンは、ランチア初の100%電動車(EV)。同ブランドの10カ年計画において、新世代モデル3車種の第1弾として位置づけられている。前輪駆動で、プラットフォームには「プジョーe-208」「オペル・コルサe」などと共通の「ステランティスe-CMP」を使用している。車両重量は1584kgで、主要諸元は以下のとおりである。
- 最高出力:156HP(115kW)
- 最大トルク:260N・m
- 満充電からの航続可能距離:403km(WTLPモード)
とくに航続距離は、プレミアムBセグメントのEVではクラス最高とランチアは胸を張る。さらに急速充電器の使用で、バッテリー残量を24分で10%から80%まで回復可能。100km走行に必要な充電時間も10分未満だという。電費は100kmあたり14.3~14.6kWhだ。
ボディーサイズは全長×全幅×全高=4080×1760×1440mmで、イプシロンとしては初めて全長4mを超えた。メーカーが公称するセグメントは、上述のとおり従来の“B”から「アウディA1」「MINI」などが属する“プレミアムB”となった。外観では、かつてのランチアのものを今日風に解釈したというフロントグリルが目をひく。いっぽう、丸型のLEDテールランプは往年の「ストラトス」の意匠に範をとったものだ。いずれも2023年のコンセプトカー「Pu+Ra HPE」で予告されていたものである。
外観と同様か、もしくはそれ以上の見せ場は室内である。「S.A.L.A.」と名づけられたインターフェイスは、こちらもPu+Ra HPEコンセプトで提示されたもので、名称はイタリア語でリビングルームを示すsalaと、音響、空調、照明を統合したSound Air Light Augmentationの略をかけたものだ。メーターのディスプレイ上にはバーチャルアシスタントシステム「S.A.L.A.HUB」用のデバイスが設けられている。また、乗員はボタンひとつで、気分に合わせて車内の音楽、空気、照明を即座に変化させることができる、とメーカーはうたっている。
同日公開された、ブランドの創設年にあやかって1906台が生産される限定モデル「エディツィオーネ リミタータ カッシーナ」には、イタリア語で「小さなテーブル」を意味する「タヴォリーノ」がセンターコンソールに備えられ、スマートフォンのワイヤレス充電が可能だ。
現段階で発注可能なのは、このエディツィオーネ リミタータ カッシーナのみ。イタリア国内価格は、ウォール型充電器込みで3万9999ユーロ(円換算で約647万円、付加価値税込み)である。
新型イプシロンは、ステランティスのスペイン・サラゴサ工場でつくられる。1980年代に「オペル・コルサ」の生産拠点として開設された工場だ。ただし現地メディアの一部は、将来イタリアに移転する可能性を示唆している。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
たとえ名前は同じでも
ランチアはイプシロンの販売施策についても言及している。半数をオンライン販売とし、店舗販売は厳選したディーラーのみで行うことを明らかにした。
国外にも積極的に打って出る。具体的には、まずはベルギー、オランダ、フランス、スペインだ。選定にあたっては、イタリア文化や製品に対する関心度の高さ、オンライン販売の比率、加えてプレミアムBセグメントの市場が大きいことが背景にあったという。2025年にはそれをドイツにまで拡大。ランチアの説明によれば、同国は1980年代にランチアのWRC(世界ラリー選手権)ドライバーを輩出したこともあり、今日でも愛好者クラブの活動が盛んであるからだという。
第840回に登場したシエナのランチア販売店でセールスパーソンを務めるフランチェスコ・タッデオ氏は、新型イプシロンのディーラー向けオンライン研修会はすでに開講済みと話す。そして「確実に収益性は向上する」と好意的だ。別のステランティス系セールスパーソンも、本社が説明した新たな顧客層に期待すると述べた。新型イプシロンの想定顧客は40~45歳である。
ただし、ここで指摘しておかなくてはいけないことがある。前述した価格しかり、想定される主要顧客の年齢しかり、「フィアット・パンダ」や同「500」とプラットフォームを共有する従来型イプシロンとは、名称こそ同じだが、商品性や顧客層が明らかに異なるということだ。
参考までに、従来型イプシロン(4気筒70HPマイルドハイブリッド仕様)のイタリア国内販売価格は、1万7660ユーロ(約285万円)からだ。値段のみで比較するなら、新型のエディツィオーネ リミタータ カッシーナはその約2.3倍である。追って2024年5月に販売される100HPおよび136HPの48Vマイルドハイブリッド仕様の価格も、イタリア国内報道によると約2万9千ユーロ(約469万円)ほどになるという。
これまで歴代イプシロンは、パンダよりちょっとしゃれたクルマに乗りたいユーザーに歓迎されていた。本欄第840回に登場した、シエナで販売最前線にあたっているマルコ・ボネッリ氏も、「たとえマニュアル車しかなくても、イプシロンのユーザーは大半が女性です」と証言する。テレビCMやウェブカタログに登場するのも女性が中心だ。
この傾向は、イプシロンの始祖的な存在である1957年「アウトビアンキ・ビアンキーナ」にさかのぼる。フィアットの“ヌオーヴァ500”と同じ機構を持ちながら、わずかに上級かつ遊び心を持った性格づけがなされていた。
そのキャラクターは、後継車であるアウトビアンキの「A112」「Y10」、ランチアの「Y(実際には、このモデルもイプシロンと発音された)」、続く初代ランチア・イプシロンにも引き継がれた。
2011年発表の従来型イプシロンに関していえば、2015年にランチアの他のモデルが整理されて以降は、1モデルでブランドを支えてきた。その後も人気は衰えず、2023年のイタリア国内登録台数も4万4891台を記録。フィアット・パンダ、「ダチア・サンデロ」に次ぐ3位の位置をキープした。12年選手とは思えない好成績だ。
そこまでの売れっ子車種を、メーカーが即座に引っ込めるはずはない。したがって、一定期間は従来型もポーランドのティヒ工場で生産を続行し、新型イプシロンと並行して販売されるとみるのが正しいだろう。ちなみに、フィアット・パンダは4代目――こちらも全長4mを超えることは確実視されている――が2024年7月11日に発表されたあとも、現行型が「パンディーナ(小さなパンダ)」という新名称のもと継続販売される予定であると、現地の一部メディアは報じている。新型はセルビア工場製といわれているので、自動車生産拠点の国外流出にイタリア政府が敏感になっている昨今、ステランティスがパンディーナを一定期間イタリアで継続生産するのは、エクスキューズという意味でも可能性は高い。
話はそれたが、その従来型イプシロンもいずれは生産終了する。そのときは、イプシロンが「パンダよりちょっと多めにお金を出せば買える、おしゃれな女性向けクルマ」ではなくなってしまうことを意味する。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
新たな顧客層を開拓できるか
イタリア屈指のランチア研究者のひとりで、関連本や企画展の監修も手がけた1950年代生まれの人物にも話を聞いてみた。新型イプシロンの感想を尋ねると、彼は「私は古典車の専門家。現行型は、冷蔵庫や食器洗い機のようなものだ!」と、今日のランチアにあまり関心がないことを明らかにした。そのうえで、こう続けた。「フィアット時代からステランティスは、経済的なクルマづくりに関しては傑出した能力がある。それはパンダを見れば明白だ。(現行の)イプシロンも悪くない。しかし、高級車はことごとく失敗してきたのだ」
前述のセールスパーソンは、「EV化の進行にともない、必然的に顧客層は変わっていくだろう」と話す。イタリアでランチアは、フィアットの傘下となってモータースポーツに積極参加する1970年代より前は、控えめで上品かつ高貴な自動車だった。そして今後は、今までに獲得した女性ユーザーとも、生粋のエンスージアストとも異なる、新たなユーザー層を開拓しなければならない。現行型と同様、十数年後も支持されるロングセラーとなるのかも気になる。新型イプシロンを擬人化してその心境に思いをはせるなら、詩人ヴェルレーヌが詠み、太宰治が引用した「選ばれてあることの恍惚(こうこつ)と不安と二つ我にあり」に違いない。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA> /写真=ステランティス、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第952回:わが心の「マシンX」? 本物の警察車両を買ってしまったおじさん 2026.3.12 情熱のあまり、元パトロールカーの「アルファ・ロメオ155」を購入! イタリア・アレーゼで開催された「アルファ・ロメオ155周年記念祭」の会場にて、警察車両とアルファをこよなく愛するエンスージアストに、大矢アキオが遭遇した。
-
第951回:日本が誇る名車を再解釈 「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」の開発担当者に聞く 2026.3.5 2026年の「東京オートサロン」で来場者の目をくぎ付けにした「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」。イタルデザインの手になる「ホンダNSX」の“再解釈”モデルは、いかにして誕生したのか? イタリア在住の大矢アキオが、開発関係者の熱い思いを聞いた。
-
第950回:小林彰太郎氏の霊言アゲイン あの世から業界を憂う 2026.2.25 かつて『SUPER CG』の編集者だった大矢アキオが、『CAR GRAPHIC』初代編集長である小林彰太郎との交霊に挑戦! 日本の自動車ジャーナリズムの草分けでもある天国の上司に、昨今の日本の、世界の自動車業界事情を報告する。
-
第949回:「戦場のスパゲッティ」は実在するのか? イタリア陸軍ショップで聞いた 2026.2.19 世界屈指の美食の国、イタリア。かの国の陸軍は、戦場でもスパゲッティを食べるのか? 30℃でも溶けにくいチョコレートに、イタリア伝統のコース構成にのっとったレーション(戦闘糧食)などなど、エゼルチト(イタリア陸軍)のミリメシ事情に大矢アキオが迫る。
-
第948回:変わる時代と変わらぬ風情 「レトロモビル2026」探訪記 2026.2.12 フランス・パリで開催されるヒストリックカーの祭典「レトロモビル」。客層も会場も、出展内容も変わりつつあるこのイベントで、それでも変わらぬ風情とはなにか? 長年にわたりレトロモビルに通い続ける、イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
NEW
トヨタRAV4 Z(4WD/CVT)RAV4アドベンチャー(4WD/CVT)【試乗記】
2026.3.17試乗記「トヨタRAV4」が6代目へと進化。パワートレインやシャシーの進化を図ったほか、新たな開発環境を採用してクルマづくりのあり方から変えようとした意欲作である。ハイブリッドの「Z」と「アドベンチャー」を試す。 -
NEW
クルマの内装から「物理スイッチ」が消えてタッチパネルばかりになるのはどうしてか?
2026.3.17あの多田哲哉のクルマQ&A近年、多くのクルマの車内では、物理的なスイッチが電気式のタッチパネルに置き換えられている。それはなぜなのか? トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんに理由を聞いた。 -
いまこそ、かき回したい! 新車で買えるおすすめMT車はこれだ!
2026.3.16デイリーコラム改良型「トヨタ・ヤリス」に、新たに6段MTモデルが設定された。現実的にMT車はレアであり、消滅する可能性もある時代だが……。これを機に、いま新車で買えるMT車のなかで、特におすすめできるモデルをピックアップしてみよう。 -
第331回:デカいぞ「ルークス」
2026.3.16カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。首都高で新型「日産ルークス」の自然吸気モデルに試乗した。今、新車で購入される軽ハイトワゴンの8割はターボじゃないほうだと聞く。同じターボなしの愛車「ダイハツ・タント」と比較しつつ、カーマニア目線でチェックした。 -
ポルシェ・タイカンGTS(後編)
2026.3.15思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「ポルシェ・タイカン」に試乗。後編ではコーナリングマシンとしての評価を聞く。山野は最新の「GTS」に、普通のクルマとはだいぶ違う特性を感じているようだ。 -
アストンマーティン・ヴァンキッシュ ヴォランテ(FR/8AT)【試乗記】
2026.3.14試乗記英国の名門、アストンマーティンの旗艦車種「ヴァンキッシュ」に、待望の「ヴォランテ」が登場。5.2リッターV12エンジンを搭載した最上級コンバーチブルは、妥協のないパフォーマンスと爽快なオープンエアのドライブ体験を、完璧に両立した一台となっていた。
































