フォルクスワーゲン・クロストゥーラン(FF/7AT)【試乗記】
目指すは定番シリーズ化 2013.01.04 試乗記 フォルクスワーゲン・クロストゥーラン(FF/7AT)……348万円
SUV風のミニバン、「クロストゥーラン」に試乗。フォルクスワーゲンが力を注ぐ「クロスシリーズ」のキモを探った。
フォルクスワーゲンの思惑
フォルクスワーゲンの「クロストゥーラン」はもちろん「クロスポロ」と同様の、ゴルフトゥーランの“クロス版”である。トゥーランは、日本でのみゴルフの接頭辞がついた「ゴルフトゥーラン」が正式車名となっている(といっても、クルマには“GOLF”のロゴ表記はひとつもない)が、今度のクロストゥーランは日欧で同じ車名となる。さすがに“クロスゴルフトゥーラン”では車名が長すぎというか、語呂がよくなかったということか。
フォルクスワーゲンの本国資料によると、どうやら、このクロスシリーズを“GTI”や“R”と同格の、もしくはそれ以上の定番シリーズに育てたいらしい。かつて日本でも限定販売された「クロスゴルフ」は欧州では今も健在である。また、すでに非常に完成度が高くて現実的な「クロスup!」のコンセプトカーも公開済みで、これも市販化が確実と思われる。ここに日本でもおなじみのクロスポロも加えれば、計4車種にのぼる。
普通のハッチバックやミニバンの車高をかさ上げしてSUV風に仕立てた同社クロスシリーズは、よく言えば気軽でカジュアル、悪く言えば安易なナンチャッテ……であることが大きな特徴だ。いずれも駆動方式はFFで、車高アップもせいぜいノーマル比10〜15mm程度。タイヤも低扁平(へんぺい)のサマータイヤ……どころか、普通よりもオンロード志向のスポーツタイヤとなる。ちなみに、今回の試乗車はダンロップのSPスポーツ01を履いていた。
同じフォルクスワーゲンのかさ上げモデルでも、地上高を30mm上げて4WD(オフロードモード付き)にした「パサート」は“オールトラック”という別名を使う。なんだか重箱のスミを突っついているようだが、これは皮肉ではない。GTIやRのようにカリスマ性のある定番シリーズにするには、こういう細かい約束事はけっこう重要。その意味ではフォルクスワーゲンの「クロスシリーズを育てる」というのは本気っぽい。
文法に忠実な仕立て
というわけで、クロストゥーランの仕立ても、厳格に定められつつあるクロスシリーズの文法に忠実だ。
エクステリアはボディー下部をブラックアウト化して、車高長(=車高短の逆)感を実寸以上に強調。同じくブラックの樹脂オーバーフェンダーで視覚的なホイールハウス拡大と同時に全幅も拡幅。サイドモールもブラックで、リアドアにシリーズ統一書体の“CROSS TOURAN”のロゴが入る。そして、シルバーのルーフレールは絶対にはずせないお約束アイテムである。
クロスシリーズは知ってのとおり、悪路用というより「上級スポーティーモデル」という位置づけなので、パワートレインや装備も上級志向。装備内容はハイラインにほぼ準じており、シート表皮が専用になるくらいだ。当たり前だが、車内にいるかぎりオフロード感は皆無である。日本のゴルフトゥーランはパワートレインが全車共通なので、このクロストゥーランでもパワートレインはほかと同じ140psツインチャージャー+7段DSGだが、ハイラインと同じくパドルシフトがつく。
オフセットの異なる専用ホイールでトレッドを拡大するのもクロスシリーズのお約束だが、クロストゥーランのホイールはセンター部分がハッキリとへこんだ「外出し感」を強調したデザインなのが面白い。さらに、フロントよりリアのほうがへこみが深い……と思ったら、なんとFFなのに前後異幅タイヤ、しかもリアタイヤのほうが太い! 普通のゴルフトゥーランに対するトレッドの拡幅量もリアのほうが大きく(前は+15mm、後は+25mm)、タイヤそのものが太くなっていることを考えると、リアの張り出し量は相当なものだ。
それにしてもトゥーランに乗って思うのは、パッケージがなんとも生真面目で緻密なことだ ミニバンとしては絶対的に全長が短いので、サードシートの絶対空間はこの車格のわりにタイトといえばタイトではある。しかし、わずか4.4mの全長のなかに、曲がりなりにも身長178cmデブ体形の私が6〜7人、体のどこかが当たることも不自然な姿勢を強いられることもなく座れるのは感心する。
現代的クロスオーバーのキモ
インプレッション記事なのに、クルマがなかなか走りださなくて、たいへん恐縮である。クロストゥーランの“クルマとなり”を、ここまで長々と説明してきたのも、実際のクロストゥーランが、そのスペックから想像されるままに走ったからである。驚きがないかわりに、特筆すべき弱点も特にない。お約束どおりに仕立てると、走りも想定どおりになるのは、いいクルマの証拠でもあるが。
クロスポロ(とクロスゴルフ)をすでに2世代にわたって手がけてきたフォルクスワーゲンだけあって、すでに手慣れた感を醸し出しつつある。車高が上がったといっても、10mm程度なので、ハッキリとした腰高感や極端な操縦性の変化があるわけではない。タイヤサイズはけっこう武闘派の類いだが、突きあげや過敏さもうまく緩和されている。この種のものとしては、ロール剛性を極端に上げないのもクロスシリーズ共通の手法で、それがいい意味で普通の乗り心地にも効いている。
また、普通に流している範囲ではマイルドでも、ヨーが発生して曲がりはじめると、ちょっとしたスポーティーハッチはだしの俊敏な回頭性を見せるのが面白い。これはワイドトレッド化、それもリアタイヤをより太くて張り出したディメンションにした効果と思われる。特に振り回し系の運転をするタイプには直感的に「これ楽しい!」と思わせそうな操縦性である。
ただ、もともと背高のミニバンを、10mmとはいえ車高をさらに上げて、低扁平タイヤを履かせたわけだから、クルマづくりの条件は厳しい。低速での乗り心地はなんとか快適でも、スピードが上がると、上下に細かく揺すられるような震動が出てくる。これは普通のゴルフトゥーランにもあるクセなのだが、それが比較的ハッキリと表に出た感じ。
クロストゥーランはこのように長短、および硬軟が相半ばするクルマだ。SUV風でも悪路が得意なわけではないし、スポーティー志向といってもGTIほど本格派でもない。まあ、この“ほどほど感”こそ現代的クロスオーバーのキモであり、このクロストゥーランについても「お好きならどうぞ」という“ほどほど”の結論にならざるをえない。
最初はただの思いつき(?)にしか見えなかったクロスシリーズも、ここまで腰を据えた商品となり、確固たる統一感が出てくると、ありがたいものに思えてくる。今後はクロスシリーズにこだわって乗り継ぐ人も出てきそうだ。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。