フォルクスワーゲン・ゴルフトゥーランTSIコンフォートライン(FF/7AT)
自制心が必要 2016.03.09 試乗記 「フォルクスワーゲン・ゴルフ」をベースとしたコンパクトミニバンの、新型「ゴルフトゥーラン」に試乗。ミニバンらしからぬ運動性能を備えた同車でドライブに出掛ける際に、ドライバーが気をつけなければならないこととは?勢いのなくなったミニバン市場
この原稿を書いている時、マツダがミニバンから撤退するというニュースが飛び込んできた。正式発表ではないが、複数のメディアが報じている。マツダは「MPV」「プレマシー」「ビアンテ」と3種のミニバンを持っているが、最近はまったくと言っていいほど話題がなかった。2010年には合計約4万4000台だった販売台数が、2015年には約1万1000台にまで落ち込んでいるという。
これはマツダだけの現象ではない。今もミニバンはファミリーカーとして人気のジャンルであることに変わりはないが、以前の勢いはなくなっている。2000年代前半には120万台を超える販売台数を誇っていたのに、ここのところでは80万台を切る成績だ。代わりにSUVが伸びているのは、一部のユーザーが流れていったことを示しているようだ。あまり芳しくない状況の中で、新型フォルクスワーゲン・ゴルフトゥーランが登場した。
ただ、日本のミニバン市場が縮小傾向にあっても、トゥーランにとってはあまり関係のないことかもしれない。そもそも主流となり得るモデルではないからだ。車高を上げて室内空間を確保し、スライドドアで利便性を高めるというのが日本の自動車メーカーが確立したミニバン設計の様式だ。トゥーランはその文法からはまったく外れている。一見してミニバンだと認知されなくてもおかしくない。ならば何なのかと言われると困るが、思い切りざっくり言えば大きめのゴルフだ。
ボディーは全長×全幅×全高=4535×1830×1670mmというディメンションで、ゴルフと比べて全長が270mm、全幅が30mm、全高が220mm大きい程度。それで3列シート7人乗りを実現しているのだから効率が高い。日本ミニバンの代表格である「トヨタ・ノア/ヴォクシー/エスクァイア」はだいたいの仕様が4695×1695×1825mmだから、かなり余裕のあるサイズだ。現在“爆売れ”中の「トヨタ・シエンタ」は4235×1695×1675mm(FF車)で、トゥーランは両車の中間に位置する。
進歩した2列目シート
フォルクスワーゲンの新しいデザイントレンドが取り入れられ、水平ラインが強調されたフロントマスクになった。余分な飾りのないきりりとした表情である。内装も同じで、上質でありながらゴージャスさや色気とは無縁。ことさらに過剰なアピールをしないのがこのブランドの美学だ。こういうクルマを選ぶと、実直で誠実な人なんだろうなと思ってもらえそうな気がする。
ダッシュボード上やルーフに小物入れを備えるなど、収納も充実している。すぐには入れるものを思いつかないが、実際に乗っていれば便利だと思えるようになるのだろう。
真面目一筋というイメージだが、トゥーランは先代に比べればずいぶんこなれた性格になった。日本的なおもてなしの流儀を身につけたのである。特に2列目シートのアレンジは大幅に変わった。先代には取り外して車外に保管できるという特徴があったが、操作には力とコツが必要で、うっかりすると手を痛めそうなシロモノだった。シートを置く場所にも困るし、あの機構を利用する人は少なかっただろう。新たに備えられたのが「イージーエントリーシステム」である。レバーを操作するだけで背もたれが倒れて前にスライドするというもので、3列目へのアクセスが容易になった。
びっくりするような新機軸ではないが、前は乗り込むのに2段階の手続きを踏まなければならなかったから大きな進歩ではある。2列目、3列目ともにすべてのシートが独立に倒れるので、用途によって多彩なシートアレンジを選択できる。5人乗車では917リッター、2人乗車ならば1857リッターの収納スペースが得られる。
ゴルフの美点を共有
試乗したのは中間グレードの「TSIコンフォートライン」。LEDヘッドライトやアダプティブクルーズコントロールといった上級快適装備は省かれているが、パワートレインはどのグレードも同じだ。定番となった1.4リッター直列4気筒直噴ターボエンジンと7段DSGの組み合わせで、最高出力は若干高めの150psとなっている。
大型化したものの車両重量は先代とほぼ同じで、動力性能に不足はない。出足はまあまあといったところだが、速度が増すとともに印象が良くなっていく。高速道路でのパフォーマンスは見事なものだ。盤石の安定感で、ついついアクセルペダルを踏みたくなる。ステアリング操作に素直に応えてくれるから、運転していて疲労を感じない。乗り心地は硬質だが、不快な突き上げはうまく抑えられている。
山道でも気持ちよく飛ばせるのは、剛性の高さを感じるからだ。ボディー全体が一つのかたまりのように思えて大きさが苦にならない。加速もハンドリングも十分にスポーティーで、ドライバーズカーとしての魅力を備えている。最近のミニバンはコーナーでふらつくようなことは少なくなっているが、トゥーランの運転感覚はワンランク上のレベルだ。
トゥーランはフォルクスワーゲンが推し進めるモジュラー化戦略「MQB(モジュラートランスバースマトリックス)」にもとづいたモデルだ。ゴルフVIIから取り入れられたMQBはエンジン横置きのモデルを広くカバーするもので、「ポロ」や「パサート」までが適用範囲となる。フロントアクスルからアクセルペダルまでの距離、エンジンの搭載方法などが共通だ。サスペンションやステアリング系、電装品のレイアウトも標準化されていて、合理的な設計となっている。ゴルフの美点がミニバンのトゥーランにも等しく共有されるのは必然なのだ。
ドライビングを心ゆくまで楽しんだ後、運転を代わってもらって後席に乗ってみた。2列目には広々としたスペースがある。3人並んで乗るとちょっと窮屈かもしれないが、3つのシートが独立に動くスライド機構が役に立つ。それぞれ前後にずらせば、狭苦しさはいくぶん緩和されるだろう。
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ドライバーは楽しいが……
3列目はさすがに厳しいものがある。スペース的にはそれほど問題はないが、座面が低くてひざが浮いてしまうのに閉口する。シエンタあたりと比べても、明らかに乗車姿勢が不自然だ。7人乗るような状況はレアケースであると割り切っていて、快適性を本気で追求してはいないのだろう。
のんびりしたことを言っていられたのは、クルマが動き出すまでだった。シートにも“動的性能”がある。うっかり山道で後席に座ったら大変な目にあった。先述したように、トゥーランはミニバンらしからぬスポーティーな操縦性を持つ。クルマ好きならどうしたってアグレッシブな運転をしたくなるのだ。ドライバーはさぞ気持ちがいいだろうが、後席の乗員はたまったものではない。乗り心地が悪いというより、強烈な横Gにさらされ続けるのがつらいのだ。
2列目はまだよかった。グリップにつかまっていれば、なんとか身体を支えることができる。3列目には取っ手も何もついていないので、横Gに対抗する方法がない。座面が低いから足で踏ん張ることもできず、背もたれにはホールド性がほぼゼロだ。コーナーを抜けるたびに体が左右に揺さぶられ、シートベルトで締め付けられてしまう。
もちろん、普通の運転をしていればこんなひどいことにはならない。ただ、そういう状況を誘発するクルマなのだ。運転が楽しいから、ついつい飛ばしてしまう。おとなしいドライバーならいいが、そんな人はトゥーランを選ばない。ファミリーカーとして使うなら、自分を抑える気持ちの強さが必要である。気持ちよさを優先すると、家族不和につながる可能性がある。
トゥーランを買うのは、ゴルフが好きだがどうしても5人乗りでは間に合わないという人なのだろう。広告には「走りが楽しい7シーターGolf」というキャッチコピーが掲げられているから、インポーターもそのことを認識している。トゥーランがMQBによってゴルフに迫る運動性能を得ているのは、ゴルフ好きのお父さんには朗報だ。しかし、運用方法を誤ると出来のよさがあだとなる。家族旅行の際は、くれぐれも自制心と分別を忘れぬように。
(文=鈴木真人/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
フォルクスワーゲン・ゴルフトゥーランTSIコンフォートライン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4535×1830×1670mm
ホイールベース:2785mm
車重:1560kg
駆動方式:FF
エンジン:1.4リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:150ps(110kW)/5000-6000rpm
最大トルク:25.5kgm(250Nm)/1500-3500rpm
タイヤ:(前)205/60R16 96V/(後)205/60R16 96V(コンチネンタル・コンチプレミアムコンタクト5)
燃費:18.5km/リッター(JC08モード)
価格:317万円/テスト車=355万4000円
オプション装備:アップグレードパッケージ<LEDヘッドライト+3ゾーンフルオートエアコンディショナー+アレルゲン除去機能付きフレッシュエアフィルター+205/60R16タイヤ/6.5J×16アルミホイール[5ダブルスポーク]>(16万8000円)/Discover Proパッケージ<Volkswagen純正インフォテインメントシステム“Discover Pro”+ETC2.0対応車載器+MEDIA-IN[iPodおよびUSBデバイス接続装置]+リアビューカメラ“Rear Assist”>(21万6000円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:3077 km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:593.0km
使用燃料:45.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:13.1km/リッター(満タン法)/13.2km/リッター(車載燃費計計測値)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。