第41回:小説の中の女の子とドライブ……妄想全開の恋愛映画 − 『ルビー・スパークス』
2012.12.18 読んでますカー、観てますカー第41回:小説の中の女の子とドライブ……妄想全開の恋愛映画『ルビー・スパークス』
あのロードムービー監督の第2作
『リトル・ミス・サンシャイン』は、なんともキュートなロードムービーだった。ニューメキシコの家族が、カリフォルニアで行われる美少女コンテストに出場するために800マイルの旅をする。乗っていくのが黄色の「フォルクスワーゲン・タイプ2」、いわゆるフォルクスワーゲン・バスだ。これがとんでもないボロで、まともにエンジンすらかからない。何度も全員で押し掛けするハメになる。経験した人にはわかると思うが、あれは運転者と押す人の息が合わないとうまくいかない。バラバラだった家族が少しずつ絆を取り戻していく様子が、ボログルマを小道具に使って見事に表現されていた。
あれから6年、ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス監督の新作がようやくやってきた。夫婦監督の2作目となる『ルビー・スパークス』は、ラブ・ファンタジーである。主人公のカルヴィンは作家で、デビュー作がベストセラーとなって“天才”の名をほしいままにしたものの、その後作品が書けなくなっている。セラピーを受けると、大好きな人のことをリポートするようにと指示される。そこで夢に現れた女の子ルビー・スパークスを主人公にした小説を書き始めると、彼女が実体化して家に出現するのだ。
どう考えたって、たわいのない妄想に違いない。中二レベルのバカバカしい身勝手な夢だ。なにしろ、ルビーが初めて登場するときのスタイルが、カルヴィンのシャツ1枚だけを身につけた姿なのだ。ボンクラ男子が好む定番のシチュエーションではないか。ベタすぎる。
恋人のために書いた脚本で恋人に操られる?
ルビーを演じるゾーイ・カザンが、この作品の脚本を書いている。名前からピンとくるように、彼女は誉れある映画一家の出だ。祖父は、巨匠エリア・カザンなのである。
ゾーイは、カルヴィンというキャラクターを恋人のために作り上げた。それがポール・ダノ、つまりこの映画でカルヴィン役をやっている彼だ。この二人は実生活でもカップルなのだ。ややこしいことに、映画ではカルヴィンが書いた小説が実体化して恋人ルビーが現れるのだが、実際にはルビーことゾーイが書いた脚本によって恋人ポールをカルヴィンに仕立てあげたのだ。
このカップル、ビジュアル的にはイマイチ感が拭えない。カルヴィンはシャープさとは無縁の人畜無害な顔つきで、小ぎれいではあるものの何の冒険もないオタクっぽい装いだ。そういえば、『リトル・ミス・サンシャイン』では彼はニーチェにかぶれた童貞少年の役だった。対して、カラータイツ大好きなルビーは独特の色彩センスの持ち主である。ルックスもスタイルも、AKB48で言えば総選挙ランク外レベルだろう。飼い犬のスコッティがこれまたブサ犬で、そろって散歩する姿が絵にならないことおびただしい。
それでも、恋人同士がむつみ合う姿は多幸感にあふれている。ゾンビ映画を見てゲーム場で遊びクラブで踊っていれば、楽しい時間が過ぎていく。幸せは永遠に続くように思えるだろう。でも、ある日お互いに相手に期待していたのと違う部分があることに気付く。カルヴィンは、ルビーをコントロールしたいという欲望に逆らうことができない。彼女は、自分が作り出した理想の恋人なのである。文章を書き換えれば、彼女の性格も行動も、思いのままだ。
金持ちなのに古いBMWに固執
カルヴィンは、再びタイプライターに向かう。「ルビーはカルヴィンなしではいられない」と書き込むと、つれなくしていた彼女は別人のように情熱的な振る舞いを見せる。
奇妙なのは、カルヴィンがタイプライターで原稿を書いていることだ。パソコンで執筆して保存し、版元にもメールで送るのが当たり前の時代に、若い作家がこんな非効率な道具に固執するのは不思議である。同じことは、彼の愛車にも言える。彼が乗っているのは、「BMW 325iカブリオレ」だ。「E30」と呼ばれる2代目のモデルで、日本ではバブル時代に“六本木のカローラ”と名付けられていた。いいクルマだとは思うが、ベストセラーで大金持ちになったカルヴィンに似つかわしいとは思えない。プール付きのモダンな豪邸に住んでいるのだから、BMWの新車をキャッシュで買うことなど余裕である。
カルヴィンには、友達がいない。ルビーと二人っきりの生活が、彼の望みだ。余計なものが一切ない純粋な恋愛。まわりのことは気にせず、自分のやりたい方法で自分の好きなことをする。タイプライターを使って小説を書き、ちょっと古いクルマに乗り、恋人だって自分の好みがそのまま反映されている。何にも邪魔されない、完結した世界だ。心乱されることはない。しかし、ルビーにとってはあまりにも狭く、息苦しい。
非対称な関係は、必ず破綻に向かう。カルヴィンは、すべてを失うだろう。つらく悲しい出来事だが、それは成長の糧でもある。彼が執筆に戻るとき、もはやタイプライターは使わない。最新のiBookで創作を始めるのだ。
彼は、クルマも買い換えただろうか。できれば、古いBMWに乗り続けていてほしい気がする。心に残る傷跡を、忘れ去ってしまわないように。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。