第35回:平穏な生活か、熱い友情か……苦悩する男の姿に泣け! − 『そして友よ、静かに死ね』
2012.09.11 読んでますカー、観てますカー第35回:平穏な生活か、熱い友情か……苦悩する男の姿に泣け!『そして友よ、静かに死ね』
印象的だったド・ゴールの「DS」
「シトロエンDS」が登場する映画といえば、まず頭に浮かぶのは『ジャッカルの日』だろう。公用車として黒塗りのDSがずらりと並ぶシーンは、フランス大統領の威厳を圧倒的な迫力で表現していた。そして、過激派の襲撃を受けてタイヤをパンクさせられても、ハイドロニューマチックのご利益でまんまと逃げおおせる。ジャッカルの乗る「アルファ・ロメオ ジュリエッタ スパイダー」よりも、ド・ゴールのDSがはるかに強い印象を残したのだ。
4月に紹介した『裏切りのサーカス』ではゲイリー・オールドマン演じるスパイがDSでロンドンを優雅に走った。今回紹介する『そして友よ、静かに死ね』では、70年代のフランスで伝説のギャングがDSで強盗をしまくる。襲われるほうもDSに乗っているという豪勢さで、さながら“DS祭”だ。
前回の『最強のふたり』に続き、また実話をもとにした作品だ。主人公は通称モモンと呼ばれるエドモン・ヴィダルで、実際に70年代に暴れまわっていた有名な悪党なのだ。彼の書いた自伝的小説が原作となっていて、映画製作にも協力している。日本でいえば、安藤昇が近いイメージだろうか。
「シムカ」「パナール」「ファセル・ヴェガ」も
幼い頃から友情を育んできたモモン(ジェラール・ランヴァン/ディミトリ・ストロージュ)とセルジュ(チェッキー・カリョ/オリヴィエ・シャントロー)の物語である。俳優名をふたつずつ記したのは、現在と過去が交互に描かれるからだ。60年代にド・ゴールの私兵組織ドーデの一員として悪の道に入ったふたりは、組織を裏切って独立する。70年代になって、徒党を組んで派手な強盗事件を繰り返すようになるのだ。
ここでDSが活躍するのだが、ほかにも60年代、70年代の名車が気前よく続々と出てくる。フランス車では「プジョー404」「ルノー12」「アルピーヌA310」あたり、そして「シムカ」や「パナール」、「ファセル・ヴェガ」も顔を見せていた。イタリア車は「アルファ・ロメオ ジュリアクーペ」や「ランチア・フルヴィア」、ドイツからは「BMW 3.0CS」、ナロー・ポルシェにタテ目ベンツなど、とても書ききれない。
いい気になって各地を荒らしまくっていたものの、彼らはついに御用となる。隠れ家に潜んでいたのだが、誰かが密告したのだ。刑務所でのお勤めを終え、モモンは悪事から足を洗う。そして25年が過ぎ、すでに還暦を過ぎて孫もいる。ゆったりと穏やかな余生を送っているのだ。愛車は「アウディQ5」である。余裕のある生活ぶりであることがわかる。そこに、長い間音信不通だったセルジュが現れるのだ。麻薬組織を裏切って逃亡していたが、帰ってきたところを警察に逮捕されてしまう。
誇り高き男に似合うクルマとは
セルジュの実刑が確定して収監されれば、麻薬組織からの刺客が命を奪うだろう。友の窮地を見過ごすのは、男の矜持(きょうじ)が許さない。しかし、もうモモンはかつての悪党ではないのだ。そして、家族がいる。愛する妻は、手出しをしないようにと願っている。
義理と人情の板挟み、男が己の生き方を貫くために何を決断するのか――。
古今東西を問わず、何度も取り上げられてきたテーマだ。いわゆる「フィルム・ノワール」と呼ばれるジャンルでは、アウトローの男たちが金と女、友情と裏切りのはざまで苦悩する。最近ではジョニー・トーの一連の作品に代表される「香港ノワール」が全盛だったが、もともとこの言葉はフランス語なのである。
そういえば、アラン・ドロンが主演した『友よ静かに死ね』というギャング映画もあった。日本ではノワールものには情緒的なタイトルを付ける習慣があるようだ。本作も原題は『リヨンの男たち』で、英語タイトルは『ギャング物語』である。
この映画の後にも、『漆黒の闇で、パリに踊れ』という作品の公開が控えている。香港ノワールだって、ジョニー・トーの『復仇』が『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』に変わっていた。悲しい運命に一人で立ち向かう男に感情移入すると、どうしてもこういう表現をしたくなってしまうのだ。
金や女という現実的な欲よりも、男たちにはもっと大切なものがある。友情、約束、誇り。それを守るためには、命も惜しくはない。この種の映画を貫いている価値観だ。己の信じる道に殉じる男の姿は美しい。
そんな世界には、やはりDSが似合う。DSに限らず、70年代の回想シーンに出てくるクルマは、ノワールの理不尽な世界観に堂々と対峙(たいじ)しているように見える。ドライな欲望が全面的に展開する現在の物語には、これらのクルマはもう登場しない。効率と合理性が世の中を覆い、男もクルマも変わってしまった。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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