メルセデス・ベンツC63 AMGクーペ ブラックシリーズ(FR/7AT)【試乗記】
血の通った速さが楽しい 2012.09.02 試乗記 メルセデス・ベンツC63 AMGクーペ ブラックシリーズ(FR/7AT)……1850万円
ただでさえスペシャルな「C63 AMG」をさらにスペシャルチューンした「C63 AMGクーペ ブラックシリーズ」。500psオーバーの限定車はどんなパフォーマンスを見せるのか。
つや消しブラックの迫力
異様な迫力……。猛暑日の日差しの下で対面した第一印象は、まさにそのひとことだった。「C63 AMGクーペ」をAMG自らがさらにチューンアップした“ブラックシリーズ”だ。
デビューしたのは2011年9月のフランクフルトショー。一説では800台といわれる生産台数のうち、約50台が日本にやってきた。価格はC63 AMGの「パフォーマンスパッケージ」より300万円高い1500万円。試乗車はオプション満載で1850万円に達する。そんな「Cクラス」をいったいだれが買うんだろう、なんて心配しなくても、すでに売り切れたそうです。このクルマは、「SLK」「CLK」「SL」に続く、シリーズ4作目。自宅にミニ動物園がある中東のお金持ちには、ブラックシリーズなら全部持ってるよ、なんて人もいそうである。
AMGのテクニシャンが手組みした自然吸気6.2リッターV8に、さらに「SLS AMG」用の鍛造ピストンやコンロッドや軽量クランクシャフトを組み込んだブラックシリーズのエンジンは、517ps。「C63 AMGパフォーマンスパッケージ」の487psをしのいで、大台に乗せている。そのほか足まわりやボディーなど、ノーマルとの違いを詳説すると字数を食うので、webCGの既報を読んでいただきたいが、白日の下、異様な迫力を放つ最大の要因はつや消しブラックのボディーカラーだろう。ほかにもボディー色はあるが、テーマカラーでもあるこの色のすごみといったらない。
左側のドアを開けて、車内を一瞥(いちべつ)する。Cクラスなのに、後席はない。定員2名。リアシートは40万円のオプションだ。
走ってもすごみのかたまり
こう見えても、走り出すとCクラス・モンスターは意外や優等生だった、なんていう予定調和的なインプレは、このクルマにはあてはまらない。ブラックCクラスは走ってもすごみのかたまりだ。
まず、音。聞こえるのは主に排気音で、腹に響く低音だ。いや、音というよりも、音圧と表現したくなるようなこのサウンドがブラックCクラスのアツイBGMだ。
専用サスペンションに19インチのダンロップ“スポーツMAXXレース”を組み合わせた足まわりもスゴイ。動き始めた途端、公道よりサーキットのほうを向いていることがわかる。乗り心地は決して不愉快ではないが、思いっきり固いことはたしか。タイヤのせいか、メルセデスのお家芸ともいうべき「矢のような直進性」は望めず、高速道路ではステアリングホイールをしっかり保持している必要がある。ステアリングそのものは軽く、微舵応答は鋭い。
1710kgの車重はC63 AMGパフォーマンスパッケージより90kg軽く、パワーは30ps増し。0-100km/h=4.2秒の加速性能は「911カレラS」をわずかにしのぐ。「AMGパフォーマンスメディア」を起動すると、自動で0-100km/hデータがとれる。変速機は2ペダルの「AMGスピードシフトMCT-7」。ローンチコントロールを使わずとも、4.4秒が出た。しかも、スタートからたった66mで、なんてことまでわかる。
それくらい速いクルマだが、しかし決してデジタル的な、無機質な速さではない。ルックスからはじまって、遠雷のような排気音といい、いやってほど固い乗り心地といい、この「ウルトラCクラス」は、速そうでいて、速い。アナログの、血が通った速さだ。そこがすばらしいし、楽しい。
サーキットの匂いを嗅がせてくれる
つや消しのブラックCクラスクーペが最も輝いたのはワインディングロードを走ったときだった。終始、低い排気音を聴かせるオーバー500psのV8はフェラーリのV8とはまったく芸風が違うが、それでもAMG V8としては最も高回転を好む。
トリセツにダンパーや車高の調整方法が詳説される専用スポーツサスペンションは、たとえイージーなコーナリングでも目の覚めるような操縦感覚を与えてくれる。そこにあるのは“レーシングカーっぽさ"だ。現行の市販車のなかで、これほどサーキットの匂いがするクルマはほかにない。考えてみれば、ブラックシリーズのテーマは、F1レースのセーフティーカーである。強いサーキット臭は当然だ。
AMGパフォーマンスメディアの画面では、発生している馬力やトルクもわかる。満額517psのパワーメーターを見ていると、悲しいかな、ふだんはこの超特大パワーをどれだけ宝の持ち腐れにしているかがわかってしまう。合法的な高速巡航中などは、メーターの針がほとんど振れない。しかし、そんなときでも、サーキットの匂いを嗅がせてくれるのがブラックCクラスの魅力である。
都内から箱根へ上がり、アドレナリンドライブを楽しんで、山を下りる。車載コンピューターをチェックすると4.8km/リッターだった。燃費はそれなりだが、F1マシンだって追い越せないセーフティーカーにそんなツッコミを入れるのは野暮ってもんですか。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=郡大二郎)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.6 「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。
-
BMW R12 G/S GSスポーツ(6MT)【試乗記】 2025.10.4 ビッグオフのパイオニアであるBMWが世に問うた、フラットツインの新型オフローダー「R12 G/S」。ファンを泣かせるレトロデザインで話題を集める一台だが、いざ走らせれば、オンロードで爽快で、オフロードでは最高に楽しいマシンに仕上がっていた。
-
NEW
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
NEW
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? -
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】
2025.10.9試乗記24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。 -
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ
2025.10.9マッキナ あらモーダ!確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。