第9回:昼と夜の違い
2012.07.31 リーフタクシーの営業日誌第9回:昼と夜の違い
夜のお客さま
「ここはどこだ!?」
目的地に到着し、「お客さん、着きましたよ」と声をかけても起きる気配のない酔っぱらいは30代半ばの男で、いくら呼びかけても埒(らち)が明かず、タクシー運転手(=矢貫隆)は仕方なしにその乗客を揺り起こした。
「ここは……?」
酔っぱらい男は辺りを見渡し、「こんな場所は知らない」と、また眠りに戻ろうとするのを「お客さ〜んッ」と大声で引き止めた午前3時、通行車両の姿もない路地裏の、暗い道での出来事である。
空車のタクシーが列をなして客待ちをする深夜の新宿。その外れの花園神社にほど近い交差点に止まっていたタクシーのドアをとんとんとたたいたのは、「○×まで。住所は×△。ナビで行って」と言うなり爆睡モードに入っていったサラリーマンふうの男である。
で、今回の物語の結末はといえば、その男の言った住所は少しばかり違っていて、要するに「2丁目13−14」と言うところを「2丁目14−13」と言い違え(運転手は念のため住所をメモ帳に控えた)、そのために、タクシーは本来の目的地とは200メートルから300メートルほどずれた場所に到着し、すったもんだの揚げ句の警察沙汰だ。
例によって、こういう状況で必ず起こる「言った」「言わない」問答が続き、酒の勢いで気が大きくなっている男は「タクシー代は払わない」と言い出し、あ〜めんどくせ〜、となったタクシー運転手は言った。
じゃ、警察に電話しますよ。
「警察!? 呼べるもんなら呼んでみろ」
この日、タクシー運転手は、これまで生きてきた長い人生のなかで初めて「110番通報」というやつをしたのだった。
モンスタークレーマー、前後不覚の大酔っぱらい、たいていは大酔っぱらいだけど、週に1度や2度は必ずといっていいほどこの手の客に不愉快な思いを味わわされる夜のタクシー。取材とはいえ、もう、うんざり、というのが昼勤(第7回『新人タクシー運転手』参照)にシフト変えした理由だった。

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、 ノンフィクションライターに。自動車専門誌『NAVI』(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同『CAR GRAPHIC』(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 『自殺-生き残りの証言』(文春文庫)、『通信簿はオール1』(洋泉社)、 『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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