フォルクスワーゲン・フェートンW12(5AT)【海外試乗記】
新しい大衆のために 2002.06.26 試乗記 フォルクスワーゲン・フェートンW12(5AT) ついに市場に投入されたフォルクスワーゲンのド級フラッグシップ「フェートン」。プロジェクト名「D1」として長く名をしられた“国民車”の高級車やいかに? 自動車ジャーナリストの金子浩久が、ドイツはドレスデンから報告する。堂々たる体躯
ずっと前からプロジェクト名「D1」として写真だけが発表され、2002年のジュネーブショーでようやく実車が披露されたフォルクスワ−ゲン初となる大型高級車「フェートン」。この度、ついに試乗することができた。
試乗コースの起点となったドイツはドレスデン空港には、新しいフェートンがズラリと20数台。写真で見るより、実物の方が断然カッコいい。特に、Bピラーから太めのCピラーにつながる面が立体的かつ建築的で、ひと眼でフェートンと認識できる。
全長5055mm、全幅1903mm、全高1450mm、ホイールベース2881mm。ボディサイズその通りと思わせる堂々とした体躯で、押し出しも十分だ。
反面、クルマの“顔”となるフロントグリルはやや平凡だ。それは、初めてこのマーケットに参入するフォルクスワーゲンの謙虚さの表れなのか。
フェートンの基本構成
フェートンの成り立ちを要約すると、以下のようになる。全長5mを超える大型高級4ドアセダンで、「5人乗り」と「4人乗り」仕様が選べる。エンジンはすでにアウディ「A8L」に搭載されている6リッターW12気筒と、3.2リッターV型6気筒。ヨーロッパでは、追加モデルとして、5リッターV型10気筒TDIのディーゼル仕様も選べる。
駆動方式は、W12とV10TDIにはVW流の(アウディオリジンの)、「前後=50:50」でトルク分配を行なうトルセンデフを用いた4輪駆動システム「4モーション」が標準で装着され、V6は前輪駆動となる。
トランスミッションは、W12にはマニュアルシフト付きの5段AT「ティプトロニック」が、V10TDIには6段AT「ティプトロニック」、V6には6段MTか5段ATがそれぞれ組み合わされる。
エアサスペンションを標準装備していることもフォルクスワーゲン車として画期的だ。もちろん4輪独立式で、ダンピングフォースコントロール機構が付いている。
このサスペンションは、3段階の車高と4つのダンパーモード(「ベース」「コンフォート」「スポーツ」「スポーツ2」)を選択することができる。
アクティブセーフティ関連も充実していて、ESP(エレクトロニック・スタビリティ・プログラム)、ブレーキアシスト、ABS、EBD(電子制御式ブレーキ圧配分システム)、TCS(トラクション・コントロール・システム)、EDS(エレクトロニック・ディファレンシャル・ロックシステム)、EBC(エンジン・ブレーキ・コントロール)と書き切れないくらいの装備が標準となる。オプショナル装備としては、TPM(自動タイヤ空気圧モニタリングシステム)などがある。
車内に入っても装備は盛り沢山。とはいえ、総合的な印象としては、「オーソドクスで控えめ」な感じを強く受ける。初めての大型高級車だから、用意周到に、ソロリソロリとコトを進めているという感じなのだ。メルセデスベンツやBMW、アウディなど先行するライバルたちが、自ら信じる大型高級車像をこれでもかとアピールしているのに対して、フェートンからは、一歩引いた印象を受ける。その分(?)、操作系に特殊なところはなく、使いやすい。
速度感なし
ドレスデン空港から一般道を通り、アウトバーンに乗り入れる。エアサスペンションのソフトな乗り心地と、W12のスムーズかつパワフルな特性に感銘を受ける。ダンパー設定を最もソフトな「ベース」で一般道を走ると、旧東側のドレスデン郊外の舗装のつなぎ目の多い道でも、凹凸など軽くいなす。
アウトバーンはフェートンの独壇場だ。アッという間に高速域に達する。100km/hは、たった1900rpmにすぎない。ハンドル裏のパドルを操作すれば、「D」モードで走行中でも即座に変速できる。ティプトロニックは、アウディやポルシェと同じ使い勝手である。5速で、130km/hは2500rpm、160km/hは3100rpm、200km/hは3900rpm、そして230km/hでは4300rpmだ。タコメーターでは、6000rpmからがレッドゾーン表示になっているが、実際にリミッターが働くのは、6200rpmくらいだ。
いずれの速度でも“速度感”がなく、静かで安定していて、不安感がまるでない。150km/hぐらいよりの速度域では、ダンパーを3つ目の「スポーツ」にするといい。高速で走る大型ボディに安定感をもたらす。
フェートンには様々な新機構が装備されたが、“間接空調”を実現した「4ゾーン・クリマトロニック」もそのひとつだ。吹き出し口から直接的に吹き付けてくる空調を嫌う(フォルクスワーゲンの調査によると、それは特に女性らしい)人が多いために開発された空調システムだという。
オートエアコンで好みの温度を設定し、その温度に近づけるためにエアコンのファンがまわり出すところまでは、これまでのエアコンと同じである。フェートンのエアコン自体は強力なものだから、車内温度と設定温度の隔たりが大きいと、ファンは静かだが猛烈にまわり始める。車内が快適な空気になり設定温度に近付いてくると、突然音もなくエアコンの吹き出し口をふさぐようにウッドパネルが降りてくる。インパネと面一に、見えないようにウッドパネルが格納されていたのだ。それで吹き出し口はふさがれ、乗員に空気が直接吹き付けられることはなくなる。その代わり、空気はダッシュボード上面に細かく穿たれた無数の穴からジンワリと“湧き出て”来るのである。思わず、「お見事!」と拍手したくなる一連の所作だった。
安全かつ快適に
幸運にも(?)試乗中に一時的な豪雨に見舞われた。フェートンが、どんなコンディションでも、どんなスピードからでも、容易に超高速に達し、維持できることがわかった。実力の片鱗を伺うことができた。もっとも、アウトバーンといっても速度制限が敷かれている(旧東側は特に。工事中が多いから)区間が多いから、常にフェートンのパフォーマンスを満喫できるわけではないが。
VWのフラッグシップなら、安全かつ快適に、500kmや1000kmを一気に高速で移動することはわけないだろう。そうした使い道が日本でもできればいいのだが……。
日本仕様の導入は、2003年秋以降の予定だという。
新たに大型高級車マーケットに参入するフェートンの武器は、ハードウエアとしてはW12とエアサス。ソフトウエアは、高級車として控えめなアピアランスとオーソドキシーだろう。
ヨーロッパの高級車は高級車たらんとして、独自の個性を強くアピールするものだが、その辺りに謙虚なフェートンは、意外と道を拡げるかもしれない。フォルクスワーゲン初の大型高級車は、アンダーステートメントなハイテクカーだった。
新しいドイツの価値観
「大衆車をつくるメーカーが高級車をつくってどうする!?」
「フォルクスワーゲン」の意味する“国民車”という会社名に拘泥して、高級車であるフェートンに疑問を投げかける声が聞こえるが、筆者はまるで気にしていない。時代はつねに動いているのだ。
フォルクスワーゲンが大衆車をつくる自動車メーカーとして生まれたのは、第2次大戦直後のことだ。ベルリンが封鎖され、東西対決の緊張が一気に高まった時代のハナシである。旧共産圏と国境を接していた旧西ドイツにあっては、戦後といえども、社会あるいは国家がある種の緊張状態にあったことは間違いない。しかし、1989年にベルリンの壁は壊され、東西対決は消滅した。
それまでの緊張感によって秩序立てられていた自動車メーカーの棲み分けなり、ヒエラルキーがそのまま続くわけはないだろう。なぜならば、旧東ドイツと統一を果たして誕生した新しいドイツには、新しい価値観が生まれているはずだからだ。
「メルセデスベンツとBMWだけが高級車をつくっていればいい時代は早晩過ぎ去る。旧東ドイツが併合された新生ドイツには“高級車に乗る大衆”が誕生してもおかしくない」と、VWグループの総帥ドクター・フェルディナント・ピエヒは考え、フォルクスワーゲンは高級車マーケットに撃って出たのだろう。
だから、フェートンは「大衆車メーカーがつくった高級車」なのではなくて、「新生ドイツの、豊かで新しい大衆のためのいいクルマ」なのではないか。ピエヒのお爺ちゃんにあたるフェルディナント・ポルシェ博士は、ビートルや356もつくりたかったのだろうけど、きっとこういうリムジーネもつくりたかったに違いない。
ヨーロッパの都市とは思えないほど新築の、そして建築中のビルが林立する、ベルリンのポツダム広場でそんなことを考えた。
(文=金子浩久/写真=フォルクスワーゲンジャパン/2002年6月)
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