第248回:ミラノ製ブラウン管テレビに教わる「インターフェイス」の大切さ
2012.06.08 マッキナ あらモーダ!第248回:ミラノ製ブラウン管テレビに教わる「インターフェイス」の大切さ
イタリアで初めて買った家電
16年近くわが家で奉仕してくれたブラウン管テレビを廃棄することになった。イタリアの「Mivar(ミヴァール)」というブランドである。
それを手に入れたのはボクがイタリアに来た1996年の秋だった。最初ラジオだけで生活していたのだが、まだ言葉がよくわからぬゆえ「やはりテレビがあったほうが楽しいのではないか?」と考えるようになった。
当時外国人大学のクラスメートには企業研修で派遣されてくる学生さんもいて、そうした方々は家賃に匹敵するような日本ブランドの大型テレビをバシバシ買っていた。しかしこちらは自腹で来た身。もはや奨学金をいただける年齢でもなかった。ましてや単身ではなく新婚の女房と二人身である。したがって予算は極度に限られていた。当時はクルマも持っていなかったから、遠くの量販店まで行ってテレビを買うわけにもいかない。選択肢はなかったのだ。
そうしたなか、ボクが住んでいた旧市街にあったスーパーの家電コーナーにテレビが売られていることに気づいた。売り場面積が狭かったため、「大」「中」「小」の3タイプしかない。それもブランドは一つ……ミヴァールだった。
当時僕らが住んでいたのは1Kの、それはそれは小さな学生アパートだった。テレビ本体が小さくないと居住空間に影響する。デザイン的に何の色気もないが、そんなこと言ってられない。
かくしてボクは、そのミヴァール製14型テレビを買い求めることにした。価格は34万9000リラだった。当時の換算レートでは3万円近くしたと思う。配送料は節約したかったし、それを依頼する単語も知らなかった。したがってシエナの目抜き通りを、箱を抱えて帰ることになった。腰をかがめて歩く己の姿は、その昔所ジョージ氏が「ひとりにとろん」と言いながら「ソニー・トリニトロン」テレビを抱えて歩いていたCMにそっくりであった。
家に戻り、屋根から窓の外にぶら下がっているテレビアンテナをつないでみたものの、よく映らない。狭い部屋で付属の簡易アンテナを延ばすと、自分たちの居場所がなくなった。それでも無愛想な本体のデザインと対照的にリモコンのボタンがカラフルで気に入った。
さらに翌年春になり、F1モナコグランプリが映ったときには、「そうか、昼間見られるのか」とえらく感激し、コース真横に停泊する豪華ヨットの上で観戦しているビキニ姿のお姉さんと同じ優雅さにひたれたものだ。
16年生き延びた
ミヴァールというメーカーについて記しておこう。同社のオフィシャルサイトによると1945年にラジオの組み立てでスタート。テレビ製造へと進出したのは1958年である。1980年代に国内メーカーが次々と撤退するなか、あえて広告宣伝費をかけない戦略をとって巧みに生き残り、現在も数少ない純粋イタリア製家電メーカーの一つとして、ミラノ郊外の工場でテレビ製造を続けている。
再び同社サイトによると、外国ブランド製品を含めたイタリアテレビ市場では34%、国内テレビメーカーのなかでは55%のシェアを維持しているという。
さて後年、わが家は2度にわたる引っ越しを経験したが、このミヴァールのテレビは捨てなかった。貧乏暇無しで忙しくなり、大型テレビを買ってドテ〜ンとしながら鑑賞する時間などなかったこと、イタリアでは年々多額賞金のクイズ番組や低俗バラエティー番組ばかりが増えて、ニュース以外大して見たい番組が少なくなったから、ミヴァール小型テレビで十分だったのである。
また、このテレビは頑丈でもあった。模様替えの最中、布団の上にちょっと置いたのが災いし、タイルの床にゴロンと落ちてしまったことがあった。恐る恐る電源を入れてみたところ、ミヴァールのテレビは何事もなかったかのように点灯した。
テレビの地上デジタル化が進むなかでも生き延びた。幸いシエナには無料のケーブルテレビがあって、普通のアンテナ線をつないでおくだけで、しばらくの間、基本チャンネルが見られたからだ。そのサービスが終わってからも、今度はBSチューナーをつないで衛星ニュース放送を受信できた。
しかしここにきて、ちょっとした不具合がでてきた。老ミヴァールの外部入力は、アンテナ端子のほかは、SCARTと呼ばれる欧州で一般的なAV入力端子ひとつだけである。そのためBSで衛星放送を見たり、DVDを見たりするのには、その都度差し替えていた。SCARTプラグを何個も差して切り替えるデバイスも販売されているものの、古いテレビのためにそこまでお金をかけるのも、どうかと思ったのだ。
そんなことをやっているうちに、SCART入力端子がぐらぐらになり、映像が乱れたり、音声が途切れたりするようになってしまったのだ。そこでいよいよ涙を飲んでミヴァールに引退してもらうことにした、というわけである。
しかし前述のように、わが家で最も早く買った家電のひとつであり、ボクのイタリア文化および風俗学習に限りなく貢献してくれたものだ。ましてや、ボクがプラグの抜き差しをやったばかりに具合が悪くなったのであって、テレビの構造のせいではない。
ゆえに――幸いこれまで女房を捨てていないが――女房以上に捨てるのには勇気が必要だった。
“同じ”というありがたさ
話は変わって先日イタリア北部のあるホテルで、部屋に備えてあるテレビを見たときである。ボクは思わず声を上げた。その部屋の壁に掛かっていたのは、ミヴァールの、それも薄型テレビだった。
以前イタリアの一般家庭やホテルにはたびたびミヴァールのブラウン管テレビがあったものだが、日本や韓国ブランドの薄型テレビ普及と地デジ化によって、ここ数年すっかり見る機会は減っていた。おお、基本的な液晶ディスプレイとはいえ、ミヴァールが薄型にも進出していたとは。
さらなる驚きは、そのテレビを見ようとしたときにあった。わが家にあったのとほぼ同じ、懐かしいミヴァールの“カラフル”リモコンではないか! 古いテレビのリモコンが間違って放置されているだけかと思いつつも、恐る恐る操作してみると、例の薄型テレビが即座に点灯した。
旅の多いボクは宿のテレビのリモコン操作に惑わされ、イライラすることが多い。それに比べてこのミヴァール、わが家の16年物テレビのように操作でき、気持ちのよいこと。
「これだよ! これ!」
とっさに思ったのは、日本と比肩する高齢大国イタリアの現状である。テレビは、おじいちゃんやおばあちゃんの大切な娯楽だ。日本や韓国ブランドのモダンでも妙に難解なリモコンよりも、長年慣れ親しんだリモコンで済めば一番良い。
それを機会に調べてみると、ミヴァール社のリモコンは現在でも4種類だけだ。ひたすら多機能を追求するのもよいが、デザイン戦略としてこういう選択肢もあり、だろう。クルマもしかりだ。スタンダード化したインターフェイスが妙にありがたい瞬間がある。
その代表例はメルセデス・ベンツの灯火類操作スイッチだ。(左ハンドル車の場合)ステアリングコラムの左下にあって、右に回して各種ライト点灯、左に回してパーキングランプ、引っ張って前後フォグランプである。この操作は長年にわたり同じで、それも各モデル共通である。トライ&エラーの勇気も必要だが、オーナーが慣れた操作をそのまま新型でも維持できることのバリューも、作り手は大切にしたほうがよいと思う。
ミラノ製テレビは図らずも、そんなことを考えさせてくれた。
拡大
|
拡大
|
拡大
|
最後にテレビへと話を戻せば、ボクが最も困ってしまうのは「Hotel TV」というやつだ。部屋に入った途端、画面に「Welcome! Mr. OYA」などと表示される小細工があったりするものの、リモコンのボタンがありすぎる。ヘンなボタンを押すと有料チャンネルが始まりそうで怖い。結局、普通の地上波を選択する方法がわからず、そのままチェックアウトの日を迎えてしまったりする。
そういうテレビがあるのは大抵、周辺に空宿がなくて泣く泣く泊まる4ツ星以上のホテルだ。ボクには、ミヴァールが置いてある安宿が向いている。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった 2025.12.4 1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。
