第7回:新人タクシー運転手
2012.05.25 リーフタクシーの営業日誌第7回:新人タクシー運転手
タクシー運転手の勤務形態
3・3W(さんさんダブル)とか3・2Wとか、タクシー業界の用語だが、意味は、「3乗務して公休、2乗務して2連休」=3・2Wである。
1乗務の拘束時間は3時間の休憩を含め最大21時間。イメージとしては、例えば午前8時に出庫したら、帰車はどんなに遅くても翌朝の5時、10時出庫なら帰庫は翌朝の7時で、その日は明け番(公休とは違う)、翌日の勤務に備えて十分に身体を休めるわけだ。これが1乗務で、月に12乗務する隔勤(隔日勤務の略)という勤務形態である。
2人の運転手が効率よく1台のタクシーを稼働させられることから、東京の多くのタクシー会社が隔勤を採用している。しかし、一部には日勤(地方都市のタクシーの多くが日勤)もあって、昼勤者(早朝から夕方まで、最大拘束は1時間の休憩を含め13時間まで)、夜勤者(休憩1.5時間)が1台のタクシーを交代で乗る勤務。これは月に24乗務することになる。
この連載の最初に書いたとおり、僕が東京のタクシー会社に潜入して運転手になったのは今回が2回目。最初の取材期間は3カ月だけだったけれど、そのときの勤務は夜勤だった。そして今回の勤務は隔勤である。
新入り運転手と選ばれし運転手
どの職業でも同じだが、タクシー運転手には序列があって、新入りの運転手にあてがわれる担当車はおんぼろのスタンダード車と相場は決まっている。運転手を募集するタクシー会社のサイトには「ハイグレード車、多数」とか書いてあるけれど、それに乗って営業に出るのは新入りの運転手ではない。
というわけで、某タクシー会社に入社した新入り(=矢貫隆)に与えられた営業車は、走行距離がすでに30万kmをはるかに超えている「日産セドリック」のカスタム車。ハイグレード車(セドリックでは「クラシックSV」というグレードで、一般の自家用車に比べればどこがハイグレードなんだと言いたくなるクルマ)は黒塗りだが、このセドリックは赤と白と紺色が見事にかっこ悪くデザインされた、いわゆる「中央無線カラー」というやつだった。都内のタクシー会社、30社ほどが加盟している中央無線グループのデザインなのだけれど、「実はこの5年間、ただの1度もワックスかけてません、だから肌つや悪いです」という状態のセドリックだった。
運転手として働き始めて間もなく、潜入したこのタクシー会社に黒塗りの電気自動車「リーフ」があることに気がついた。このピカピカの営業車を担当している運転手は斉藤孝幸さんで、彼は、50代、60代の年寄り運転手が圧倒的に多い近頃のタクシー業界にあって、40歳になったばかりの“若手”運転手である。
彼が斉藤という名前だというのは、休憩室に飾ってある表彰状で知った。それは地域の警察署が優良な安全運転のタクシー運転手に贈った賞状で、その横に斉藤さんの写真が添付されていた。しかも彼は、中央無線の指導員ドライバーというのだから、その他大勢のタクシー運転手とはワケが違う。
なるほど会社に1台しかない特別な営業車を担当するだけのことはある。この種のスペシャルな運転手だけがスペシャルな営業車に乗るということか、と、事情を知らない新入りの運転手(=矢貫隆)は、勝手にそう思い込んでいた。
その思い込みは、実は、まるでピント外れだと知るのはずっと先の話で、ましてや、その後、自分がリーフを担当することになるなど思いもしないまま、新入りのタクシー運手は、かっこ悪いデザインのセドリックで都心を走り始めた。そしてあの夜、うわさには聞いたことがあるモンスタークレーマーを乗せたのだった。
(文=矢貫隆)
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矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。