第243回:愛玩動物にあらず! 「パンダ」は牛馬のごとく使え
2012.05.04 マッキナ あらモーダ!第243回:愛玩動物にあらず! 「パンダ」は牛馬のごとく使え
イタリア車はトク?
東京の路上でイタリア車を見かけることがある。昨年(2011年)秋に広尾辺りを歩いていたら、12気筒のフェラーリに乗った若い男性が、夫人と思われる女性を明治屋の前で降ろしていた。反対側では神戸屋キッチンの前を「マセラティ3500GT」が内輪差ぎりぎりに曲がっていた。その間にも往年の大衆車「フィアット127」に乗ったおしゃれなお兄さんが日赤病院方面に走り去っていった。これ、たった1分間のシーンである。
ボクがイタリアの路上で12気筒のフェラーリを見たのはかなり前のことだ。フィアット127だって、イタリア政府の相次ぐエコカー奨励金制度による買い替えで、とうに路上風景から姿を消している。
イタリアで日本車がこのくらい趣味の対象としてもてはやされたらあっぱれなのだが、そういうことはあり得ない。イタリア車はトクである。
そうした日本におけるイタリア車のなかで、ボクが本場の姿と最も大きなギャップを感じるのは「フィアット・パンダ」だ。日本を走るフィアット・パンダのほとんどは、愛玩動物のように大切にされているらしく、美しく磨かれている。それに対し、イタリアにおける多くのパンダは徹底的に使われているのだ。
これが本場の「パンダ」だ!
イタリアの街を見回すと本欄でときどき紹介してきた電話会社「テレコムイタリア」の工事用をはじめ、警備会社、保健所……と、さまざまな“働くパンダ”が奔走している。
それらは、ここ数年のイタリア官公庁や企業の財政難による買い替えサイクル延長が反映されて、年季の入ったものが目立つ。
イタリア郵便のパンダはフランスBNPパリバ銀行系のリース会社によるクルマだが、リースカーであるだけに、こちらも新車時代から容赦なく酷使されたムードを漂わせている。
一般人もパンダを徹底的に使う。ルーフレールにさまざまな物を載せるための横バーを追加装着しているユーザーが多いのは、その証拠である。
以前わが家の階下に住んでいた年金生活者のおじさん夫婦は、あるとき郊外に住む息子や孫のもとに引っ越すことを決めた。そのとき、おじさんの役に立ったのは買ったばかりの2代目パンダだった。
新車にもかかわらず、おじさんは車内に家具をバシバシ詰め込んだ。載せきれない椅子や机は、ルーフにくくり付けて運んだ。ボクはその様子をたびたび階上から眺めていたが、結局おじさんはその往復を数年間にわたって繰り返し、見事引っ越しを完了してしまった。
しかしながらイタリア人のパンダ活用法で最も豪快なのは、「トレーラーけん引」である。たとえ4×4仕様でなくてもフックを装着し、貨物用のトレーラーをつなげてしまう。載せるものは暖炉用のまき、庭で伐採した枝、農園で直売してもらったワインやオリーブオイル、さらには狩猟犬を入れたケージ(おり)、と多彩である。
無精なボクなどからすれば「トレーラーを引っ張るなんて面倒くさいなー」と思う。だが、そうした使い方をしているおじさんたちは、その昔トレーラー式のキャンピングカーで遊んでいた世代が多い。そのため小さなパンダで小さなトレーラーを引くことなど楽勝なのである。
イタリアのパンダは使命を終えたあとも人の役にたつ。ボクの住む街の解体工場には古いパンダが目立つところに置かれていることが多い。それを見つけたお客は、自分のパンダでやってきて、ハイエナのごとくパーツ外しにかかる。解体工場に払う金額は、新品パーツを買うより格段に安いからだ。また、以前本欄に記したが、解体寸前のパンダは大学生のお祭りにも供される。
3代目も民衆の味方となるか?
ところで先代の2代目パンダが2003年に登場した直後、イタリア人の反応は散々だった。23年にわたって生産され続けた初代のイメージがあまりに強かったのだろう。
「あんな立派なのはパンダじゃない」から始まり、「どんなに新型が出ても、死ぬまで初代の中古を探して乗り続ける」といった強硬派まで、ボクのまわりではさまざまな戸惑いの声があがった。
ところがどうだ、その後2代目パンダはじわじわと売れ始め、数年後には欧州のセグメントAでトップ販売を記録するようになった。イタリアでは2012年1月、モデル末期にもかかわらず1万441台が登録され、車種別首位を維持した。これは2位の「フィアット・プント」を1800台以上も上回る数字だった。
現行「フィアット500」のときもそうだったが、イタリア人一般ユーザーは最初ブーブー言って、あとから盛り上がる。すぐに飛びつかないのだ。
それはともかく、たとえフィアットが2代目パンダを立派にして、フル装備モデルや「アレッシィ」といったおしゃれモデルを宣伝しても、多くのイタリア人たちは自分たちの生活や財布に合う質素なモデルを買い求め、自分たちなりに工夫して使ってしまった。
最近イタリアの道では、3代目パンダがちらほら見られるようになってきた。イタリア市場でフィアットは、2代目のとき以上に、上級モデルの豊富な装備をアピールしている。だがそんなメーカーの思惑とは裏腹に、またもやパンダを牛馬のごとく使い倒す痛快イタリア人たちの登場を心の底で楽しみにしているボクである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
NEW
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。 -
NEW
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える
2025.10.20デイリーコラム“ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る! -
NEW
BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ(FR/8AT)【試乗記】
2025.10.20試乗記「BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ」と聞いて「ほほう」と思われた方はかなりのカーマニアに違いない。その正体は「5シリーズ セダン」のロングホイールベースモデル。ニッチなこと極まりない商品なのだ。期待と不安の両方を胸にドライブした。